バカの歌
貴女、影法師、私が愛することを拒むこともなくそれでいて受け入れない。
貴方、影法師、愛さずにいることを拒みながらそれでいてすべて受け入れる。
高くて白い塔の屋上でたくさんの蝋燭が強風に喘いでいる。
貴女は白い服をきて消えそうで消えない火を見てた。
命の火、命の灯火、貴女が泣いたら落涙に触れて火が消えるだろう。
だからあなたは泣かないのだ。
命のトンネルを潜り抜け貴女は確かに私の名前を呼びました。
愛していないことなど知らんぷりしながらあなたが嵌めた手枷が重い。
貴方は私を愛しはしない、そう言いながら愛していると蒼ざめる。
繰り返し見る夢の夜陰、そんなことを考えていたら、思考の隙間に落っこちてしまった。どうして自分はこんなに愚かなんだろうと騒々しく思う。
騒々しく思いながら静けさも欲するバカなのだ。
自分で自分が嫌になる。
散歩に出た。行き先は無いつもりなのにカフェーに足が向く。
ざっくばらんなつもりでも、君は常に私を警戒している。鮫のような警戒心と目白のような囀りに私はいつもサヨナラと言ってみたくなる。
サヨナラ、サヨナラ、サヨウナラ。
手を振って風来坊、カタカタ鳴らして靴の音、そうして自由になったつもりで得意気に歩いて行って君が追いかけて来ないことに逆上して、けれどそんなこと一言も言えないで、そうやって人生が進んでることを矢にして自分に射し通す。
命は切符。カッチン鋏入れられて時が経つ毎に終着駅が濃く浮き出てくる。
泣いてみました。
笑ってみました。
裂いてみました。
共に朽ちる人などいない。
いるとすればそこは戦場。
だから戰などしてはならぬと思うのだ。
君にサヨナラと言いたい。
そうすれば楽になる。
私が減った世界で君はなんの苦もなく生きて行く。
それで良い。それが良い。
珈琲が苦い。砂糖を入れ忘れただけ。私の切符、握り締め過ぎて撚れた。
手の中におさまる切符。私はこれを持って生まれて来た。
慟哭と雷鳴とチョコレートと驟雨。
誰だってそうやってるんだ、と誰かが怒鳴る。
誰かって誰だろうとまた誰かが訊いてくる。煩い。まるで蚊のようだ。
耳元で蚊が飛んでいるような不快感が堪らない。
君が私の足枷に、手枷に首枷になれば良い。繋いで閉じ込めて出さないでそのまま。そして君は日に一度、私のそばでほんの少ぉし話をしてさ、壁からジャリジャリ鎖を持って『おやすみ』って言ってくれたら良い。
また思考の隙間に落っこちた。これはこれは重症だ、と頭を抱える。
切符、切符、切符はどこだ。
いやに切符が気になる。破いて棄てたい。ああ、これを自棄という。いけない、いけない。行き先に惑って彷徨ってしまう。
誰だ、誰だ、煩いのは誰だ。
それはつまり、私じゃないか。
気が揉める。こんな日々を紡いで、こんな日々を繋いで、どうして生きて行かれるだろう。
もうどうして良いかわからない。
どうにでもなってしまえよ、こんちくしょうめ。
泣いて喚いてグシャグシャで、無様で無骨、不器用で不細工、当たり前。屑、愚者、阿呆、私の拙いレトリック感覚が全部狂う。外れる。
真っ直ぐに歩けぬ。酔いどれか。違う。酔いどれ破落戸なんでも良い。そのほうが良い。こんな虚空に絵を描いて惨めったらしい朋輩を入れる筒などありはしない。
私は知ってる。君は知らない。術も予感も屈辱も泥濘も塗れることの苦さも、憎悪も呪いも祈りも純潔も、断末魔、警笛、すり抜ける猫の柔さ、狂喜も狂気も私は一つ盃にどばどば入れて飲み干して、からっけつのそう、最初に戻って単なるバカ者なのです。
誰だ、恋など見つけたやつは。
また誰誰誰誰に戻る。
断じてそんなもの見つけていない。
私は赤墨で絵を描いている。帯にぽんっと魂込めて、悪鬼から護ってください。
手鞠、雪紋、細石。なんでも描きます。
君が私の欠けた世界でも笑っていられることを知っている。
切符をぎゅっと握り締めるから、私は時折停車場を間違えて、乗り遅れてしまうのです。
乗り遅れたかと思えば先走り、君が遥か後ろにいたり魚眼レンズのようにうようよしたりするのです。
サヨナラ、サヨナラ、サヨウナラ。
少なく四文字、多くて五文字。
これが汽車のレールを変える。
爪が手のひらに食い込むよう強く握りしめると驚くほど血が出ることを君は知らぬままでいるのでしょう。不知火、狐火、人魂、爪鬼。
てらてら赤い林檎飴のような手のひらを、君は知らずにいるのです。
少なく四文字、多くて五文字。
花降る季節はいつと訊かれたら、君はなんと答えるだろう。
誰かの答えなんぞ蚊柱同様。
鬱陶しいことこの上なく、けれど越えていけないことを知る。
思考の隙間に落っこちて、粉々だ。野党と野犬に食いちぎられて涅槃に飛ばされたとして、輪廻の輪から抜けたならきっと美しい滝のようになれるだろう。
サヨナラ、サヨナラ、サヨウナラ。
少なく四文字、多くて五文字。
光も闇も混ぜ込んで、少なく四文字、多くて五文字。
切符に行き先浮かび上がる、牡丹燈籠灯る頃。薄明るい芒輪の縁に浮かぶ行き先にすがる。
瑞々しくしずる。
甘く、酸い、苺で染めた唇を描く。
それだけで、良かった。