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戦闘③

「倒れて、倒れてぇぇええええええ!」


 この魔法に全てを賭ける。全ての力を搾り出し、エレボスの身体を浄化をするイメージを行う。


 この世から存在を消すつもりで、身体の一部一部も跡形もなく消滅させるつもりで、このエレボスという化け物を倒すために魔法を爆発させる。


 エレボスは内部から消滅していっている。部屋の雰囲気は重くなり。エレボスの身体は徐々に黒い塊が光り輝き消えていっている。


 魔法の影響で私は意識がだんだんと遠くなっていく。


 視界には火花が散り、喉に鉄の味が満ちていく。


 そこへエレボスの振り払う腕が、無防備な私の頬を打った。


 エレボスは私から距離をとりながら、エレボスは賞賛をする。


「ーーぐ、ううっ!いまのは効いたよ!」


 弾かれた私は体勢を立て直し、エレボスを睨む。


 《称号スキル・到着者》のおかげで、身体と精神は良好だ。感覚も徐々に回復してきている。


 エレボスは遠くで、身体を動かしながら顔の表情は分からないがニコニコしている。声も大きく上げている。


「ふふっ、ははははは! どうして動けるんだい。 どうして立ち向かえるんだい。いいねっ! 本当に君はすごくいい!」


 そのぎこちない仕草から聖魔法が効いているのが見て取れる。しかし、決定打とまでは言えないようだ。ぎこちないながらもこちらへ歩もうとしている。


 エレボスに一泡吹かせてやったことを感じた私は減らず口を返す。


「どうやら、あなたの暗黒魔法は、私には聞かないみたいですね」


 余裕のふりをするものの、本当は身体全体が悲鳴を上げているほどの疲労だ。


 それでも、私は精一杯の虚勢を張る。


「本当にそうかな? さっきまでは泣いていたじゃないか、無効化するにしても時間がかかり過ぎているしね」


「.....、それはどうかな.....」


 エレボスは私という敵を得て、いまにも歌いだしそうなほど気持ちを昂らせている。


 能面に笑いの歪みを張り付けたまま、こちらへ接近してくる。


 いまの会話の間に、私は自分の【鑑定】をしていた。


『名前』 アルテラ


『種族』天翼族 


『職業』弓兵


 英雄


 HP:1000/1500 +S


 MP:150/2000 +S


 MPは残りわずか。HPはある程度残ってはいる。


 だが、先の無茶な聖魔法がHPでは計り知れないぐらいに身体を著しく害しているのだ。


 それでも、私は魔法を叫ぶ。


「ーー《パージ》ッ!!」


 僅かなHPだが、エレボスを迎え撃つ。


 襲い掛かって来る鋭い刃。


 ギリギリのところで、エレボスの刃を右手の干将で受け止める。こちらは、《マルチタスク》で思考速度が上がっているが徐々に効力が弱まっているにも関わらず、エレボスの動きについていけている。聖魔法でエレボスの動きも悪くなっている。


「触れれば、いくら君でも僕の暗黒魔法は避けられないよ!」


 エレボスは両手をいろいろな武器に変形させ、片方の手を凶刃を私へ飛ばしてくる。


 干将莫邪をクロスさせ受け止めるのに精一杯だった私に黒い液体が付着する。


 そして、手の感覚が狂い、手に持っていた双剣を落とし直前に、《到着者》のおかげで双剣を持ち直した。


「ははああああぁぁああ!!」


 強く握り締めて、双剣をがむしゃらに振るう。そして、そのまま、エレボスの胴体を両断しようとする。


「ーーっ!」



 腕を飛ばしたすきは消すことができない。


 その腕がガードにくる前に斬りはらう。


 再生しきっていないエレボスの肘先が切断される。黒い塊が宙を舞う。


 斬られたことを理解したエレボスは一旦大きく飛んで後退をした。


「やるねっ! 本当に僕の魔法が効かないのかい、これからがたまらないね!」


 エレボスは取れた腕を再生しようとするが速度が遅い。腕の治る速度は最初に比べ四分の一ぐらいしか治っていない。


「さすがに、再生はしないよね」


「そこらへんは、戦いの中で確認すればいい」


 私は、エレボスの様子から、今攻めでば勝機があると感じて飛び込む。


 -----------


「私に暗黒魔法はもう効かない。」


 そう言って、私は干将・莫邪を構えながら、再生途中のエレボスの腕を斬りはらう。黒い液体が宙を舞う。


 私はスキルの《称号スキル・到着者》があるから問題ないと判断をして、それを浴びながら距離を詰める。


「いいね、さっきまでとは大違いだ、君の『冷静さ』、『判断力』、『勇気』が邪魔だな」


 エレボスは私から距離をとりながら笑う。


 そして、私の身体に異常が出る。だがそれは、徐々に緩和され、頭がすっきりしていく。


 私のスキルの《称号スキル・到着者》が発動したのだろう。いくらスキルで耐性ができたからと言って、エレボスの暗黒魔法の状態異常は完全に無効化することができない。


 だが、いま攻め込まないとこの戦いの勝機がないと第六感が訴えている。


 私は湧き上がる残りの力を振り絞る。


「もう、一度、再生できないくらいに斬り刻んでやる」


 エレボスに双剣術を繰り出す。


 何度も何度の斬りかかるが、そのすべてを片手の刃で受け止められてしまう。


「動きが単純になってきたね」


 私の動きに合わせて、カウンターを入れられてしまい、蹴り飛ばされる。


 あと少しというところで失敗してしまう、あと少しで勝機が見えてくる。私は頭に血を上らせる。


 感情のままにエレボスに突進していく。


「ア、アルっ、落ち着いて!!」


 そこで、後ろに下がっていたレイナから声があがる。


 その声がひどく鬱陶しい。あともう少しで、あの化け物を斬り刻めるというのに邪魔しないでほしい。


「うるさい、私は落ち着いているよ!」


「落ち着いてない、動きが単調になってる!!どう見ても正常じゃない!」


 正常じゃない?


 そんなはずはない。いらだち苛立ちを何とか抑え込み、ステータスを見る。


(ステータスオープン)



『名前』 アルテラ


『種族』天翼族 


『職業』弓兵

 英雄


『状態』感覚失い (小) 興奮 (小)


『感覚失い』と『興奮』の表示を確認する。


 私はいまの状況に陥った自分に舌打ちをした。


 だが、それでも、身体の疼きが止まらない。

 頭の爽快感がなくならない。落ち着こうと思えば思うほど頭が茹で上がっていく。


 《称号スキル・到着者》で打ち消せてくれない。


「やっぱり打ち消せていないようだね!だが落ち着く暇を与えないよ!」


 エレボスは戸惑う私へ襲い掛かる。片手で黒い液体をまきながら、片方の腕の刃で襲い掛かってくる。


 降りかかる液体をすべて避けながら戦うことが出来ないと判断して、私は液体を避けるのを無視をして、迫りくる刃だけに集中する。


「避けなくていいのかい?---暗黒魔法《******》」


 魔法名が聞き取れない、聴覚にも感覚失いになっているにか?


 さっきの魔法の効果なのか、興奮が高まって来る、あらゆる抑えがきかなくなる。血が滾り、目の前の敵と斬り刻みたい、斬り結び続けたくなる。


「うっ!」


「いい目をしてきたね!やはり、人間は目の前の欲望に忠実じゃないといけないね!」


 身体が勝手に前に進む。身体に調子が良すぎて、歯止めが利かない。


 ぐつぐつと煮えたぎる脳内が、敵を倒せと叫ぶ。


 確かに、剣の速度も威力も上がっている。けれど、技や駆け引きを考えられない。


 双剣と刃が何度もぶつかり合い、火花が散り咲く。


 その間にエレボスの黒い液体が容赦なく、私の身体を侵食し続ける。


「ねえ、いいよね、生きるか死ぬかの戦い、これが生きているとはこのことなんだよ!!」


 エレボスが謳うように語りかけてくる。


 そして、それが否定できない自分がいる。この世界に来てからはその言葉を実感することがあった。いま私は戦うことが楽しくて仕方がない。


 これがエレボスの思惑通りだとしても止められない。正面のぶつかり合いがどれだけ苦しくても名残欲しい。


 退くことを考えることができない。


「ふふ、はははははっ!!」


 エレボスの笑い声が、黒い液体が、私の正常な思考を洗い流していく。自分の意志が削がれているというのに不快感がない。それどころか爽快感さがある。


 私から、感覚が削ぎ剥がされ落ちていく。


 駆け引き、勝算、計画も、いままで磨き上げていた何もかもしがらみも必要ない。


「駄目 アル!! このままだとーー!!」


「うるさい、レイナァァア!!」


 後方からの制止の声が聞こえる。私は反射的にそれを拒絶した。


 この幸せな時間を邪魔するものは全て敵のように感じてしまう。


「アル!!」


 背後から声が近づいてくる。


 それでも私は双剣を振り続けることを止められない。振り返らない。


 命が削られていく、精神がおかしくなっていく。長引けば長引くほど、私の双剣のキレが悪くなっていき、形勢は悪くなっていく。このままでは敗北するとわかっていながら、戦法を変えようとは思えない。


 エレボスの刃が私の双剣を防ぎ続ける。


 必然と。エレボスの刃が私の身体へと近づく。徐々に形勢が悪くなっていく。


 そして、ついには決め手となるエレボスの刃が私の首へと振るわれる。


 終わりがきたようだ。我武者羅に攻撃しかしない私の限界だ。


 無茶な突進のツケがまわり、身体に力が入らない。隙らだけだった。その隙を狙い、エレボスの刃が私の首へとーー


 ーーー届く前に、レイナの身体が間に割り込む。


 ---------


 身体をすべて飛び込ませて、レイナは私を守ろうとする。


 鮮血が暗闇に舞う。


 エレボスの放った刃はレイナの胴体を斜めに切り裂いた。それでもレイナは倒れず私の前から引こうとしないもう一太刀、二太刀が降りかかる、三斬り目にはレイナの反撃は当たるわけがなく空振り、その刃は三太刀で斬り飛ばされる。


 レイナは血まみれになって倒れていく。


「ーーあ、あぁ」


 血まみれのレイナを腕に抱きしめる。


 今までの興奮が嘘のように鎮静化する。


 それどころか心に何かが空いてしまったような感覚に陥った。


 ーーーレイナが死んだ??


「あぁ、ああああああああぁぁ...」


 助けると決めた友達が、一緒に居て心地よかった、私に大切な友達が壊れていく。


 走馬燈のように私とレイナと出会った時のことを思い出す。


 最初は、出会い方はよくはなかったが、一緒に買い物に行ったり、迷宮に潜ったり、居た時間は少なかったが楽しかった。


 レイナがどう思っているかはわからなかったが、そうあってほしい。


 ーーーでも、私の腕の中でレイナは動かない。


 失いたくない、私の数少ない大事なものが壊れてしまう。


 それは...


 許せない、レイナを斬ったエレボスが許せない。それ以上に、守るといって守れなかった自分が許せない。


 さまざまな感情が混ざ合い、濁流のように感情が頭を震わせる。


「レイナぁぁぁぁぁ!!」


 レイナの瞳は動かない。


 だが、顔はここに不愛想な幸せの顔をしていた。


 レイナを守ると一方的な願望を押し付けていたのかもしれない、レイナは助けを求めていると思っていたのかもしれない


 けれど、たぶん、いや、分かっていた。気づかないふりをしていた。無意識に助けを求めていたのは、ずっと私だった。一人が好き、自由を手に入れるために力を手に入れると言っときながら人に近づいた。森の中だったら一人で過ごせて行けたのに。


 本当は誰でも良かった。


 迷宮に一人で挑戦したくなかった。いくら強いスキルを持っていようが、こんな世界で一人は嫌だった。


 レイナと会ったときに思ってしまった、一緒にいるときに思ってしまった、何かに怯え、憎しみ、死にいそいでいた、レイナを見て私は安心をしてしまった。


 あ、弱くて何かを奪われた人の目だ、と


 弱い私は考えてしまった。


 ここでレイナが死んでしまえば、私は迷宮で一人.....


 この薄暗い迷宮の話ではない。このいまだ知らないこの異世界で、二人で味わった時間さえも何もかも失う。


 レイナと一緒にいた。これからもずっと。


 いままで満たされた感情が散っていく


 レイナの身体はひどく冷たい。いまだに大量の血が流れていく、死が近づいているのが一目瞭然だ。


「美しいね.....君もしかして泣いているのかい?それが死んだぐらいで」


 ーーそれ..... それって、レイナのこと?


 この戦闘狂は何を笑っているんだ。何がおかしいんだ

 手を出すわけでもなく、じっとこちらを見ている。


 私はレイナをそっと地面に置いて、立ち上がる。双剣を魔法で消し、エレボスと相対する。


 思考を奪った状態異常は消え去った。


 それは友人の死に対する絶望によるものだ。怒りが込み上げてくる。


 勝算は薄い。けれど、負けるとは思わなくなった。


 ーー私の大切なものを失った、だから私はもう何もいらない。


「双剣をどうしまったんだい?戦いを諦めたかい、いや、そういう顔はしてないね」


 ーーすべてを代償に捧げる。


 その瞬間、莫大な魔力が大地を震わせた。


「追憶魔法 《デア》」


 私を中心とする光の泡が幻想的な光景を彩っている。直径数メートルに及ぶ大量の光が、所狭しと空間を埋め尽くしている。


 私はそこで何かが身体の中に入ってくるのを感じた。


「なッーー!」


 エレボスが目を見開く。


 そこには懐かしい姿の人が見えた。この世のものとは思えないほどの美しい容姿。背中には純白な翼。あの笑顔。


「あ、あ、マリスさ…ま?」 


 エレボスはさっきまでと違い戸惑っている。


 無数の光の泡が広がりエレボスを包み込んでいく。


「マリス様、マリス様、私です! エレボスです。ずっとあなたに会いたかった。あなたを貶めた人間ども殺しました。でも、、マリス様の言いつけを守り、人間どもを滅ぼしてはいません」


 そのとき、エレボスは自分の身体が徐々に消滅していくのを感じ取った。


「あっ、そうか、ここで消滅するのか.....」


 そこで、エレボスはアルテラを一目した。


「キ、君の勝ち、だ」


 そして、荒れ狂っていた光はだんだんと静まっていく。


「ありがとう、最後に最愛の人に会えた」


 満足したようにエレボスは言葉を放つ。


(あなたは私のためによく頑張りました。だから、もう安らかに眠りなさい。愛しのエレボス)


 やさしい声音、懐かしい人に腕の中でエレボスは安らかに生涯を終えていく。


「あ、あ、私もです。マリスさ、ま」


 エレボスは嬉しそうに笑った。


 最後はあっけなく終わった。


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