講習二日目
「講義中にさ……」
講習が終わって宿屋に戻り、夕飯をアスラと食べながら白竜公の娘の事を話だした。
本当の事か判らない、僕の想像でしかない事なので、あまり気が進まないけれど、話しておいた方が良いに決まっている。
「ん? なに?」
アスラは、講義中はほとんど眠っていたのだから、なんの事かまったく判らないだろう。
「あの、白竜公の娘がね……、なんといえばいいのかな? その、たぶん、アスラを見ていたんだ」
「へ? へぇ、そお」
なんだかアスラは嬉しそうだ。
「アスラはさ、今日一番の火炎塊を見せただろ? 多分、それで、アスラの事が気になっていたんだと思う」
「へぇー、そうなんだ」
さらに嬉しそうな顔になるが、たぶん、僕の話している意図が伝わっていない。
「いや、そうじゃなくて」
「ん? どういうこと?」
「多分、見ていたのは好意からではなくて、嫉妬心からじゃないのかなって……」
「嫉妬?」
「うん。見ていたというより、睨んでいたと言うべきだったかな」
「……」
一転して不機嫌そうな顔になるアスラ。
「多分だよ。本当にそうかは判らない。でも注意しておいた方がいいのかなと思って」
「注意って?」
「あの娘、権力も金も持っているって言ってた奴がいたでしょ。逆恨みでもされて、なにか嫌がらせとかされるかもしれないと思って……」
「ふーん。なるほどね……。大丈夫だろ。そんな事されたら、こっちだって……」
アスラは皿の上のじゃが芋をフォークで突き刺すと、口に放り込む。
「復讐するさ」
もぐもぐと食べながら、そう言って、少しおどけたような顔をした。
「そう……」
復讐とはいっても相手は公爵だ。なんの権力もない冒険者がどうにかできるものではないだろう。
それくらいは僕にだって判る。
次の日も登録のために組合本部へ行かなければならない。
二人共、早めに眠ることにしたが、今日の講習中に居眠りをしていたアスラはこんなに早くから眠れるのだろうか?
そんな事を考えながら眠りについた。
早めに眠ったので今日は朝早くから目を醒す事ができた。
今日は剣士としての冒険者登録だ。
早くに起きたので僕もアスラの隣で剣を振ってみる。今日は剣士としての登録なので、やっぱり少しは剣に触れておいた方が良いだろう。
隣で剣を振っているアスラは眠そうだ。きっと眠るのが遅くなったに違いない。
昨日と同じ朝食を食べ、昨日と同じくらいの時刻に宿屋を出て、昨日と同じように冒険者組合本部へと歩く。
「ところでラプの剣技は、どこの流派?」
「流派? 流派って?」
「えっと……、ラプに剣を教えてくれた人って、誰?」
「父さんだよ」
「その父さんは、どこかの道場に行っていなかったか?」
「道場?」
「そこからか……」
アスラから剣技とは、その流派に伝わったものなのだと教えてもらう。
ミエカが教えてくれた剣の技に、そんなものがあったのか聞いた事はない。
「それじゃ、我流ということなのかな?」
「我流?」
「その父さんが考えて、自分自信で作った剣技ということさ」
「そうなんだ」
「いや、そうなのかもしれないということさ。誰か訊けそうな人がいれば、その内、訊いておくと良いよ」
「うん……」
僕にそんな人はいない。
「アスラはなに流なの?」
「俺は、い……」
アスラは言葉を飲み込んだ。なにを言おうとしたのだろう?
「い?」
「あ、いや、俺も同じ我流だな。母さんに教えてもらったんだ」
飲み込んだ言葉が気になるけれど、その内に判ることもあるだろう。僕の中に一つの単語が浮かびはしたのだけど、アスラが言い出すまでは僕から口に出すことはしない方が良いはずだ。
「へえ、そうなんだ」
そういえば、朝の鍛錬以外で、アスラが剣を抜いた所を見ていない。
アスラの剣技に少しだけ興味が湧いていた。
冒険者組合の本部へ着くと、昨日と同じように南側の入口から入る。今日も既に二人が窓口に並んでいた。
「どうする? また並ぶ?」
「いや、その辺りに座っていよう」
並んでいる二人以外に人はいない。長椅子があったので、そこに座って待つことにした。
そしてまた、昨日と同じように職員から用紙を配られたが、並ばずに部屋の隅に座っていた僕達二人が最後に用紙を受け取ることになった。
その時点で記入用のテーブルは、既に一杯になっていたので、しばらくは待たなければならない。
「まあ、急ぐ必要はないさ」
「うん。そうだね」
テーブルがあいたので、また二人並んで記入を始める。
昨日と同じ事を書くだけだが、今日は剣士の項目へ記入する必要があった。
「流派って項目もあるんだ」
「うん。昨日見たから、それで朝訊いてみたんだよ」
「そうだったんだ」
アスラの用紙を見ると『我流』と書いてある。
それを真似て僕も『我流』と書き込んだ。
書き終えた用紙を提出する。また昨日と同じように歳を訊かれるのだろうか?
「ん? ああ、君は昨日の……」
よかった。覚えてもらえていたようだ。
「はい。おねがいします」
「流派は我流なの?」
「はい。駄目ですか?」
「いや、構わないよ。我流なんて珍しいから、少し気になっただけだよ。それじゃ、その扉の先にある中庭へ行って指示を待ってください」
部屋の奥には中庭があるらしい。
今日はそこで剣を振ることになるのだろうか?
僕は中庭へは出ずにアスラの受け付けが終わるのを待った。
「おお、君は昨日の……」
受付職員の反応は僕の時と似ているけれど、僕の時とは少し違う。
「今日は剣士志望なんだね。素晴らしい、剣まで扱えるのか」
「はあ、まあ……」
アスラは褒められることに少し困惑したような顔をする。
「期待しているよ。それじゃ、その奥の――――」
受付が終わり、こちらへ歩いてくるアスラの顔は、まだ困惑顔のままだ。
「なにに期待してるんだか……」
僕にそう呟くように言って、苦笑いをすると中庭への扉を開いた。
中庭には既に二十人程の受講者らしき人々が居る。
昨日の魔導士は僕達二人を含めて八人しか居なかったので、魔導士というのは本当に希少なのだろう。
「それでは、これから講習を開始します。これから皆さんには、この木刀で私に打ち込んできてもらいます。あまりに酷いようであれば冒険者登録をすることが出来ませんが、それ程、心配する必要はありません。これまでも、まったくの初心者でも問題無く登録許可されています」
今日の職員さんは昨日とは違い、かなりがっちりとした体躯を持ち、背も二メートル以上あるのではないかと思うほど高く、剣術も強いように見えた。
アスラもその職員さんを見て目を輝かせながら言う。
「あの人、強そうだな。ちょっと手合わせしてみたいな……」
アスラは昨日より楽しそうだ。
昨日と同じように順に名前を呼ばれ、木刀を渡される。職員さんは木刀を頭上で水平に構えて打ち込まれるのを待った。
「やー」とか「どー」などと掛け声を発しながら打ち込んでいく受講生達。
中には打ち込んだ瞬間に、体勢を崩して尻餅を付く者までいた。
それでも合格なのらしい。
あまりにも意味が無いように感じ、アスラへと訊いてみる。
「あれって基準があるのかな? どうやれば不合格なんだろう?」
「誰も不合格にはならないのかもな。でも、流石に両腕を無くした人には無理だろ。そういうのを見る為なのかもしれないな」
そんな事は見れば判ることなので、わざわざ打ち込ませる必要はないように思うが、中には木刀すら持ち上げられない人も居るのかもしれない。
そうこうしていると僕の名前が呼ばれる。
木刀を受けとり「いつでもどうぞ」という職員さんへ、木刀を構えた。
ふと気付く。このまま打ち込めば背の低い僕には、職員さんの頭上にある木刀まで届かないだろう。
そうか、これは僕のような者を落とす為の試験だ。背が低い者が剣士として不利なのは間違えない。
「飛び上がっても良いのですよね?」
「もちろん構わないよ。さあ、いつでもどうぞ」
良かった。
背が低くても、跳躍力さえあればなんとかなる。
この試験は、そういう所を見るということなのだろう。
僕は職員さんへと突っ込んで行き、少し手前で飛び上がる。
木刀を振り下す瞬間というものは意識する事なく、自然と体が動く。これまで何度もミエカに対してやって来たことだ。飛び上がったからといってその瞬間を逃す事はなかった。
振り下された木刀が職員さんの木刀へと打ち込まれ「かーん」という音があたりに響いた。
「うん。綺麗な振り方だね。我流となっているけど、誰かに教わったのかな?」
「はい。父さんに習いました」
「その父さんも我流なのかい?」
「さあ……。よく知りません」
「はは。そうか。合格だよ」
僕は剣士としても冒険者を名乗って良いらしい。




