講習初日
講習の日の朝、昨日と同じように宿の中庭でアスラは剣を振っている。
毎朝やっているのだろう。感心してしまう。
僕はミエカが死んでから朝夕の鍛錬はやらなくなってしまった。怠け癖が付いたようだ。
昨日と同じように朝食を取っていると、アスラがやってくる。
「講習の場所は判る?」
「うん。西門の近くにあるから、ちょっと歩かなきゃならない。なるべく早めに出るようにしよう」
「ああ、判った。俺が食べたら、すぐに出よう」
それからアスラが食べ終わると、僕等はすぐに西門へと向かって歩き出した。
講習は、この皇都に在る冒険者組合の本部で行われる。
場所はミエカに連れられて何度か来たことがあるので知っていた。
小一時間程歩くと、その冒険者組合本部が見えてくる。
その建物は大きいがかなり古く、昔から変わらない姿で、そこに在った。
建物の前まで来ると案内板が建ててあり、講習会の場所は建物の南側から入るように指示されていた。
「南側の入口から入るみたいだね」
「なんだ。ここから入れないのか」
その大きな建物の正面玄関からほんの数分を歩かなければならないが、アスラはそれが面倒なようだ。
「あとちょっとだよ。行こう」
南側の入口から建物へと入ると受付カウンターのような場所があり、既に二人の少年がそこへ並んでいた。
「あそこで受け付けるみたいだな。俺達も並ぼう」
並ぶ必要があるのか疑問が湧く。
「え? 並ぶ必要があるのかな? まだ受付開始までには三十分以上あると思うんだけど」
「でも、並んでいるぞ? 一日の受付人数に制限とかあるかもしれないし、やっぱり並んだ方が良いんじゃないか?」
「うん。それじゃ並ぼう」
それから三十分ほどを立ったままで待ち続ける。その間にも列に並ぶ人は増え続け、受付開始時刻には三十人程が列を作ることになった。
開始時刻になるとカウンターの奥から職員らしき人が出て来て、声を張り上げて説明を始めた。
「えー。皆さん、おはようございます。これから冒険者講習の受付を開始します。今から配ります用紙に必要事項を書いて提出してください」
そういうとその職員さんは、自分の一番近くに居た列の最後尾から順番に用紙を配りだし、並んでいた全ての人へと配り終ると「書き終わったら、そちらの窓口へ提出してください」といって、奥へと引っ込んでしまった。
カウンターに近かった僕達は記入用のテーブルから離れていて、列の後ろの人達の方が早く記入することになった。
「やっぱり並ぶ必要はなかったみたいだね」
「……」
アスラは苦笑いで答えた。
やっとテーブルがあき、アスラと並んで記入をする。
項目はそれ程問題ないことばかりだ。
名前、歳、そして志望職。志望職は『魔導士』と『剣士』のどちらかへ印を付けるようになっている。
「今日は魔導士の方を受けるんだよね」
「うん。そうだよ」
ふと、アスラの記入している用紙を見ると『魔導具』の欄の『有り』に印を付けていた。
「アスラは魔導具を持っているんだ」
「うん……。十五になった日に親から貰ったんだ……」
そう言うと、有りの印を二重線で取り消し、『無し』へと印を付け直した。
「え? どうしたの?」
「うん。やっぱり使わないことにした」
「どうして?」
「たぶん、使わなくても問題ないと思って……。大切な物だからね。背嚢に仕舞っているけど、出さないことにしたよ」
良くは判らないけれど、大切な物なので無くしたくないということなのだろう。
二人共に書き終わり、窓口へと提出すると職員から訊かれる。
「君、本当に十五歳?」
やはり訊かれた。
「はい。十五です」
「あ、そいつは本当に十五ですよ。俺の幼馴染ですから」
アスラが咄嗟に機転を効かせてくれたようだ。
別に年齢制限は無いということだったので、信用してもらう必要もないのだけれど。
「そう。まあ、いいのだけどね」
受付を済ませると「あの辺りで待っててください」と言われ、その方向を見ると、そこには五人の受講者が居た。
確かに、その五人は魔素を纏ってはいるが、かなり薄く、魔力もあまり感じ取れない。
人が纏っている魔素であれば、あれが普通なのだろう。アスラの纏っている魔素とは比べるまでもないくらいに薄かった。
確かにあれくらいで問題ないのであれば、アスラは魔導具など必要ないだろう。
アスラも受け付けを済ませると、さらに別の人が窓口に提出する。その時、入口の扉が乱暴に開かれた。
僕は突然の音に少しびっくりしてしまい、思わず肩を竦ませてしまう。
僕と、僕の方へと歩いて来ていたアスラは同時に入口の方へと目を向ける。そこには見た事が無い程に真っ白な服と、高価そうな帽子を被った娘が居た。
その娘は、着ている上品な服装に不相応な、結構な大股で、踏ん張るように一休みというように、膝あたりに手を付いて前屈みになり、肩で「はあはあ」と息をしている。
歳はアスラと同じ十五くらいだろう。アスラや僕と違って、見た目通りの年齢であればだけれど。
その娘は部屋の中を見回すと、つかつかとカウンターへと近づき、奥の職員へと大声で訊いた。
「まだ、受付……、冒険者、登録の……、受付、できますか?」
ここまで走ったのだろうか? まだ息は荒く、かなり疲れているようで、途切れ途切れの声しか出せないようだ。
「これは、リマー様。はい。まだ大丈夫でございます。用紙へ記入して頂ければ問題ございません」
多分、この受付に居る職員で一番偉い人なのだろう。カウンターの一番奥に座っていた職員が慌てたように奥から出てきて、その娘の側へと駆け寄り、丁寧に両手を添えて用紙を差し出す。
その職員は記入用のテーブルへとその娘を案内し、記入中も側に付いて説明をしていた。
「説明なんて必要な項目、あったか?」
アスラは呆れたように呟く。
「なんだか、特別な子のようだね」
僕がそう答えると、後ろから声が掛かった。
「あいつは白竜公の娘だよ。金も権力も有り余るくらいに持っているんだ。冒険者なんてならなくても良いのに」
その声の方へと振り向くと、そこにはこれまた十五歳くらいの少年が居た。
白竜公の娘というその子を見る目には、あまり良い感情を感じることはできない。