八年ぶりの人里
すぐにでもアスラとヴェルを探して会いたかった。
二人はまだ冒険者をやっているのだろうか?
八年という月日は人にとっては十分に長い時間のはずだ。冒険者を辞めていてもおかしくはない。
二人は今、二十三、四歳だろう。冒険者を続けているのであれば、二人ならば中堅冒険者として、かなりの名声を得ているはずだ。
会えたからと言って、また一緒に旅ができるとは思ってはいなかったけれど、でも、まだ二人が冒険者を続けているのであれば、それは可能な事なのかもしれない。
アスラとヴェルを探すという以外に、これといって宛や目的は無かった。
探さず、偶然に出会うことを期待して、それを待つのでも良いのかもしれない。けれど、それでも探さないという訳にはいかないはずだ。特にヴェルには謝らなければならない。
ヴェルは僕を赦してくれるだろうか?
とりあえずは皇都を目指し進んだ。
アスラとヴェルに会うという以外、それほど明確な目的はないので道中はゆっくりと進む。
町や村の中ではノブリへ色々なものを見せては説明をした。ノブリは初めて見るもの、面白そうなものを見付けるたびに顔の表情をころころと変える。
笑顔に、驚いた顔。どの顔もそれを見ている僕まで楽しくさせてくれる。
特に人の食事を食べた時の顔は、驚いた顔の後に、なんとも言えない笑顔を見せ、僕の食事の時間に楽しみを増やしてくれていた。
ミエカと初めて人の村や町を歩いた時の事を思い出す。
ミエカが当時、感じていた気持ちは今の僕と同じなのだろうか?
ノブリへ人の姿で飛ぶ方法を、次の町への道すがらに教えてみる。
浮き上がることはすぐに出来たけれど、僕と同じで、いきなり地面へと突っ伏していた。
「難しいよ」
これまた僕と同じように少し顔を擦剥いている。ヴェルが僕へやってくれたように治療魔法を掛けてあげた。
「難しいけど出来るはずだよ。僕はすぐに飛べるようになったよ」
その日、飛ぶ練習をしながら街道を進む。夕方近くには、なんとか飛べるようになっていた。
人とは違い、竜であるノブリは、次の日には問題なく飛ぶことができている。もう、こけるようなことはないだろう。
「次は竜体でも飛べるように練習しなきゃね」
「これで十分だよ」
そういって楽しそうに、気持ちよさげに僕の周りを飛んでいた。
山を降りてから一ヶ月程を過ぎた頃に皇都へと到着した。
八年ぶりの皇都だ。それ程の変化は感じないけれど、やっぱり、どこかが違っている。
八年という月日は短いようでやっぱり長いのだろう。人にとっては町の様子を変える事が出来るくらいには長いらしい。
ノブリの冒険者登録をしておきたかったので、十日程、この皇都に滞在しなければならない。
登録が出来る日までは皇都をゆっくりと見て回ることにした。
ノブリは、これまでに見てきた町や村とはまったく違う都会の町並みを、始終、目と口を大きく開いて驚いた顔で見ていた。
僕もミエカに連れられて皇都の町並みを初めて見た時は、こんな顔をして見ていたのだろうか?
既に三十年の年月が過ぎ、僕の記憶には残っていなかった。
冒険者登録が出来る日を迎え、ノブリを冒険者組合へと連れて行く。
「ノブリの歳は十五歳だからね」
「うん」
「『ノブリ・ファクタバル』が名前だよ」
「うん。わかった」
「名前、ちゃんと書けるよね」
「うん。たぶん」
「魔道士だからね。剣士じゃないよ」
「うん。まどうし」
冒険者組合の前でノブリへ色々と伝えるが、いくら伝えても心配は尽きない。
ノブリを受付へと送り出した後、一旦は宿へと帰ろうとしたのだけれど、そのまま組合で仕事の掲示板を見て過ごしてしまった。
アスラやヴェル達とあれこれと仕事の値踏みをしていた時の事を思い出しながら。
ノブリは問題なく登録してもらえたらしく、宿への帰りはずっと首から下げている登録証を嬉しそうに眺めている。
僕も貰った直後は、同じように登録証を見ながら歩いていたことを思い出す。
あの時は冒険者になることだけを考えていた。アスラやヴェルと旅をすることになるなんて思ってもいなかった。
そして、三人の旅の終わりがあんな結末だなんて、誰も予想なんて出来なかっただろう。
結末だけじゃない。その途中だって、想像することなんて出来なかった。
これから先、ノブリはどんな旅をするのだろう。
ノブリにも素晴らしい、僕にとってのアスラやヴェルのような、そんな仲間が出来るだろうか?
早く、アスラとヴェルに会いたい。
皇都にある白竜公の屋敷へ寄ればヴェルの居所も判るかもしれないけれど、あの人の話は長くなりそうだったし、あの屋敷は居心地が悪いので、寄ることはせずに次の町を目指すことにした。
目指すはアスラの故郷であるクラニ村だ。
ノブリも飛べるようになったので、急げば数日中にはクラニ村へ着くのだけれど、ノブリへ冒険者の仕事というものを経験させたかったし、人の住む町や村を見て慣れて欲しくもあったので、僕達はゆっくりと歩いて進む。
冒険者の仕事とはいっても、僕もノブリも十歳程度にしかみえないので畑仕事や薪拾い、家畜の世話に、鼠退治など、冒険者とは言い難い仕事ばかりをやりながら進んだ。
「なんだか想像してたのと違う……」
最初の内は初めての経験だったからか、どんな仕事でも楽しそうだったノブリは、流石に途中からはそんなことを言い出すようになった。
「こんなものだよ」
僕が笑いながら答えると口を窄めて不機嫌そうな顔をしていた。もっと冒険者らしい仕事もさせてあげたいけれど、こればかりは仕方がないことだ。
クラニ村へ着く頃にはノブリも旅に慣れ、人が住む町や村の雰囲気にも馴染んできたようだった。
クラニ村へと辿り着いたのは、僕達が山を降りた日から四ヶ月が過ぎ、夏本番となる季節になっていた。
クラニ村は一度だけしか来たことはなかったけれど、以前とは少し雰囲気が違うと感じる。
皇都と同じで、具体的になにがとは言えないのだけれど、道だけははっきりと違う事が判った。
以前は土が踏み固められただけの道が、今ではクラニ村へと入る、そのかなり手前から石が敷き詰められている。
別段、土だから歩きづらいということもないのだけれど、雨が降ればまったく印象が変わるだろう。
村の中に入っても石畳は続いていて、アスラの家へと続く道までもがずっと石畳だった。
そして、アスラの家が見えてくると、僕は道を間違えたのだと考えるようになってしまった。
場所的にはアスラの家なのだと思われるその家は、以前見た家とは違っている。違うというより、まったくの別物だった。
かなり遠くから見えだしたその屋敷といえるほど大きな家は、まるで皇都で見掛ける貴族が住むような屋敷のように大きく立派だ。
これは道を間違えたなと思いながらも、どこで間違えたのかまったく判らないので、とりあえずはその屋敷を目指して歩く。
周りを見回しても、畑だけは以前に見た景色に見え、遠くに見える屋敷だけが異質なもののように見えてしまう。
仕方無く、その見えている屋敷まで行くことにしたけれど、どれだけ考えてもどこでどう間違えたのかは判らなかった。
どうしたものかと考えながら歩いていると、その屋敷から馬車が出てくるところが見えた。二頭立てで、かなり立派な屋根付き馬車だ。
そろそろすれ違うという時、僕はノブリと一緒に道の端へ寄り、馬車が通り過ぎるのを待った。
その立派な馬車には旗が立ててあり、白地に二つの黒っぽく太い線が描かれている。その太い線に見えていた部分は、僕達の横を通り過ぎる時によく見ると、二つの片翼のようだった。
どうやら竜の翼に見えるけれど、上下の翼は同じものではなく、下段の翼の方が少しだけ細目に描かれている。
面白い旗だ。面白いというよりは変だとすら思ってしまった。
馬車が僕達の横を通り過ぎると、僕達は道へと戻る。けれど、どうしよう。どう考えても先に見えている屋敷はアスラの家ではないだろう。
たぶん、アスラの家はどこかの貴族か大金持ちに売られ、今見えているあの屋敷はその人が建てた屋敷なのではないだろうか。
こんな北の果てに屋敷を構えるなんて、よっぽどの変人なのだろう。人間の貴族や金持ちの考えなんて、僕には思いもつかないことだ。
まったく面倒なことになってしまった。あの屋敷でアスラの事を訊こうにも、訊く間もなく、門前払いになるだけではないだろうか。面倒だけど、今来た道を戻らなければならない。
「ごめん。もうアスラの家は無くなったみたいだ。戻ろう」
まだ昼を少し過ぎた時刻だけれど、早めに宿を見付けなければ、この辺りの村に宿屋があるかは判らない。
僕達は今来た道を戻ることにして歩きだす。
それにしても困ってしまった。
村の人に訊けば、なにか判るだろうか?
駄目ならば、皇都に戻って白竜公からヴェルの居場所を訊く他に宛はない。こんな事なら皇都に居たときに白竜公の屋敷へ行っていたのに……。
突然、すれ違った馬車が止まった。急に止まったからだろうか、馬が嘶いている。
馬車の車窓からは誰かの顔が飛び出し、こちらを向いた。
その顔には覚えがある。
「あっ……」
僕は思わず声を上げた。ノブリはその馬車から突き出された顔を見た後、僕の顔を見て「あの馬車にもラプが乗ってるよ」と言った。
そう。その顔は僕と同じ顔だった。
ロヒだ。
「アスラに会いに来たのだろ? 私もアスラの所へ向うんだ。一緒に行こう。馬車に乗ってくれるかい?」
その柔らかい笑顔はロヒが竜であった頃と変わっていない。
ロヒの言葉に従い、僕とノブリは馬車へと乗り込む。
馬車にはロヒしか乗っていなかった。
「すれ違いにならなくて良かったよ。今、あの家にはラプ君の事を知っている人間は皆、留守にしていてね。全員、アスラの所へ行ってしまっているんだ」
ロヒがあの屋敷から出てきたということは、あの屋敷には今もアスラの家族が住んでいるのだろう。
もしかするとアスラは、遊んで暮らせるくらいの大金を手に入れたのかもしれない。
「えっと……、前とは家の様子が違ってるみたいだけど、なにかあったの?」
「え? ああ、そうだね。……まあ、そのあたりはアスラに直接訊くといいよ。私から話すより、その方がいいだろう」
ロヒは意味ありげに笑みを浮かべている。
良かった。悪い事が起きたという訳ではなさそうだ。




