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旅する竜  作者: 山鳥月弓
そしてまた、僕達は歩き出す
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寂しさ

 それから僕はノブリに、ノブリが置かれている状況を説明する。

「家畜? 俺は逃げない動物、食べただけだよ」

「それは人が飼っている動物なんだ。僕達、竜がかってに食べちゃ、今度は人から僕達が殺される」

「……でも、俺、動物は、狩れない……。全部、逃げちゃう」

「うん。判ってる。僕もまだ狩れない。でも人の姿になれば狩りもできるようになるよ」

 僕が人の姿へと変化してみせると、ノブリは驚いた表情を見せた。

「君……、ラプ、なの?」

「うん。僕はラプ。人の姿へ変化することができるんだ。この姿なら狩りは簡単だよ。失敗することは少なくなる」

 僕は人の姿になっても念話を使った。竜体よりも魔力が落ちるので通じるのかは判らないけれど、人の声で話す言葉はまだノブリには理解できないだろう。


「どうすれば、できるようになるの?」

 どうやら僕が人の姿でも念話は通じたようだ。これまでの練習の成果だろうか?

「練習しなきゃできない」

「れんしゅう?」

「うん。練習」

「どう、やるの?」

「僕と一緒に練習する? すぐに出来るようにはならないから暫くは一緒に練習することになるけど」

「……うん。れんしゅう、やる」

 僕はこの子竜の先生になることになった。

 氷竜のじいさんのように教えることが出来るだろうか? 不安しかないけれど、それしか良い方法は思い付かない。


 僕はノブリをその場に残し、アスラとヴェルの元へと戻った。

「話ができたよ。僕はあの竜へ人への変化の方法を教えることにした」

 僕の服を渡しながらアスラが訊く。

「変化って……、すぐに出来るようになるものなのか?」

「うーん。判らない……」

「判らないって。どれくらいかの見当は?」

 僕は渡された服を着ながら考えるけれど、見当なんてまったく付かない。

「……まったく判らない」

 そう答えるとアスラとヴェルは顔を見合わせる。


「それじゃ、ここに数日は居るということね……」

「え?」

「え? 違うの?」

「さすがに数日じゃ無理だよ。僕は一ヶ月くらい必要だったんだ」

「それじゃ一ヶ月くらいはここに居るってことね」

「それも違うよ。二人はこれまでのように旅を続けて。僕はあの竜と一緒に山奥で暮らすから」

 二人は目を大きく開き驚いていた。

「僕はこの辺りのことをよくは知らない。だけど僕が生まれた山なら人が来ることもほとんどないし、勝手が判るから僕だけでも暮らしていける。だからそこであの竜が人へ変化する練習をさせるよ」

 二人の顔からはまだ驚きの表情が消えていない。少しの間、沈黙が流れる。


 最初に口を開いたのはヴェルだった。

「……前にも言ったでしょ。私達は仲間なのよ。仲間ならば一緒に行動すべきよ。ラプ一人に押し付けるなんて出来ないわ」

「何十年もかかるとしても?」

「え?」

「青竜の里で話していたことを覚えている? 僕は先生が良かったから数ヶ月で覚えられたんだ。他の竜であれば数年、もしかすると数十年も掛かる可能性があるんだよ」

「……」

 負けん気が強いヴェルとはいえ、さすがに数十年も山奥で暮らすなど無理なことだ。強い気持ちだけで数十年を人里離れた山奥で暮らすなんて、人ではできないことのはずだ。


「ヴェル、気にすることはないよ。僕は竜なんだ。山奥で暮らすことに何の問題もない。それに一人って訳じゃない。あの竜と一緒なんだから」

「でも……」

 ヴェルは諦めが付かないらしい。必死でなにかを考えている。

「ヴェル、僕達竜にとって数十年はそれほど長い時間じゃない。でも人にとっては途方もない時間でしょ?」

 それまで黙って話を聞いていたアスラが口を開いた。

「ヴェル、諦めよう。俺達がラプの側に居てもなんの力にもなれない」

「なにを言っているのよ。ラプはあの竜を殺さずに済む方法をこんな形で解決したのよ。人間にとって途方もない時間なら竜にだって途方も無い時間だわ。こんな事になったのは私とアスラが殺したくないとラプに言ったからなのよ。なんの責任も取らないなんて出来るわけないじゃない」

「違うよ、ヴェル。僕がそれを選択したんだ。二人に責任なんてない。それにあの竜も僕と同じように数ヶ月で覚えられるかもしれないよ。そしたらすぐに二人に会いにいくよ」

 辺りは既に暗くなっている。時間としてはまだ宵の口だけれど、人にとっては夜中と変わらない暗さだろう。


「とりあえず二人は村へ戻って。これ以上遅くなると師匠さんが心配する。続きはまた明日、話そうよ。僕はあの竜と一緒に居るから」

 ヴェルは折れなかった。それからまた一時間程同じ問答を繰り返すけれど納得してはくれない。

「ヴェル。とりあえず村へ戻ろう。また明日、ここへ来よう。そろそろ帰らなきゃ村の人達が心配しちまう」

 アスラの言葉にヴェルはしぶしぶと従う。

「居なくならないでよ。ちゃんとここに居てよ」

 別れ際にそう言って二人は村へ戻ったけれど、アスラには僕の考えが判っていたらしい。

 僕へと伝わるように、強く念じた「すまない」という感情を僕へと伝えてきていた。


 僕達はここで別れ、もう会うことはないかもしれない。人の一生なんてそれだけ短いものなのだ。

 冒険者なんてやっていれば、数年後には死んでいる可能性だってあるだろう。

 飛んで離れていく二人の後ろ姿を、見えなくなるまで僕は見送った。


 朝を待つ事なく、僕とノブリは北東を目指し歩きだす。

 僕とロヒが暮らした山はその方角にあるはずだ。けれど、辿り着けるのかはかなり不安なことだった。

 朝方まで歩くと大きな川へと当たる。

 エテナの町からこちら側の森へと来るときに渡った川だろう。その時渡った場所からはかなり上流のはずだ。

 元々大きな川なので、上流ではあっても川幅は結構な距離がある。


「ノブリ、この川、泳いで渡れる?」

 昨日一日で僕の念話はかなり上達したようだ。ほとんど問題なく伝わっている。

「うん。たぶん、平気」

 この川まではかなり急いでノブリを歩かせた。かなり疲れているのではないだろうか。その所為で川を渡ることを嫌がるのではないかと思った。

 疲れていないとしても、つい数時間前に初めて会った竜の云うことを聞いてくれていることに不思議ささえ感じてしまう。

 この子竜は親に捨てられ、突然、一人で生きなければならなくなった。きっと寂しかったのだろう。僕はそれに付け込んでいるらしい。


「なるべく水に潜ったままで向こう岸まで行ってね。人は見当たらないけど、あまり人目につきたくないから」

「うん。やって、みる」

 僕は水上を低く飛び、ノブリを誘導しながら進む。

 上がる川岸は少し上流にして、足跡が残らない岩場を探し上陸させた。

 ノブリは素直に僕の云うことを聞いた。上陸するのに良さそうな、足跡が付かない足場を探したので結構な距離を泳がせることになったけれど、それでも僕の後を黙って泳いで付いて来る。僕はそれをなんだか嬉しく感じていた。

 この子竜の寂しいという気持ちに付け込んでいることに罪悪感があるけれど、それもこの子竜のためなのだ。そこに嘘はない。

 ノブリの歳は判らないけれど、僕が人であったならば、弟が出来たのだと感じるのだろう。


 川岸から少しだけ森の奥へと入り、休憩を取る。

 ノブリが人間だったならば、この距離を歩くには数日が必要だったはずだ。

 ヴェルは今、僕を必死で探しているだろう。黙って姿を消したアスラを追い掛けた時と同じように、今回も僕を追い掛けているはずだ。

 ヴェルとアスラは、多分、今の川で僕達を見失ってくれるだろう。

 それは意図通りなのだけれど、二人にもう会えないかもしれないと思うと、寂しさを感じてしまった。


 それから一週間ほどを掛け、僕が生まれた山の洞窟へと辿り着くことができた。

 幸い、人が居る街道などはほとんど通ることなく、人目など気にする必要もなかった。

 ミエカが僕を北の青竜の里へと連れていってくれたことに比べれば、ほとんど苦労なんて無いに等しいことだっただろう。

 ミエカは僕を何ヶ月もかけて北の果てまで連れていってくれたけれど、たった一週間の旅ですら僕はへとへとに疲れてしまった。

 ノブリを青竜の里へ連れていかなければならないとしたら、僕には不可能だと、諦めていたはずだ。

 改めてミエカに感謝という想いを抱いてしまう。

 ミエカが死んでしまった今では、その想いを伝えることができないのが悔しい。ミエカの苦労など考えず、ただ楽しく過ごしていた僕は、その過去の自分に怒りすら感じてしまっていた。


 ロヒと暮らしていた洞窟へと入り、一息つくとアスラとヴェルの事を想う。

 アスラとヴェルは諦めて旅に出てくれただろうか?

 アスラは僕が黙って消えることを見抜いていたようだけれど、ヴェルは僕が嘘を吐いたことを怒っているはずだ。

 僕の事は忘れて、楽しく旅を続けてくれれば良いのだけれど……。


「ここで人への変化の練習をするよ。今日からここが僕とノブリの住処だ」

「すみか?」

「そう。人の言葉でいえば『家』だね。これからは人の言葉も覚えなきゃいけないね」

 それから僕とノブリはこの『家』で長い月日を過ごすことになった。


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