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旅する竜  作者: 山鳥月弓
そしてまた、僕達は歩き出す
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子竜探し

 家畜小屋は既に残骸が片付けられ、竜の形跡を見ることはできなかった。

 被害は牛一頭だけで、他の家畜は殆どが逃げだしてしまったらしい。

「逃げ出した家畜も、すぐに殆どが回収できたんだ。今は村の中に入れているが、また襲われるとなると、今度は人へも被害が及ぶかもしれん」

 辺りを見ると竜の足跡らしきものが見付かる。

 確かにあまり大きくはなく、僕と同じくらいの大きさではないだろうか。

「大きな、なにかが壊れるような音がして、近くに住んでいる奴が見に来たときには竜が森の奥へと戻っていくところだったらしい。その竜の頭の位置は、その木のあの辺りにあったそうだよ」

 アスラの師匠さんが指差す場所は、見上げるくらいには高さがあるけれど、それ程高くはない。やはり僕と同じくらいの背丈だろう。

 つまり歳も僕と同じくらいだと推測できる。

「確かに子供みたいですね」

 僕の言葉に感心したような顔をしてアスラの師匠さんは頷いた。


「とにかく、その竜を探してみよう」

「大丈夫なのか? アスラは飛べるだろうが、その二人には危険ではないか?」

「え? ああ、大丈夫ですよ。二人も飛べます」

 アスラの師匠は驚いた顔をして「世界とは広いものだな」と言って僕達を見ていた。


 僕達は足跡を見失わないように低く飛ぶ。

 森の奥へと入って行くが、そこは木々や草が生い茂り、浮いていても前に進むのが困難になってしまう。

 それでもなんとか足跡を追うが、川へと出ると見失ってしまった。

「上空から探そう」

 アスラはそう言うと、木々よりも高く飛んで辺りを探し回る。

「ヴェルはここに居て。飛べても竜の吐く炎は避けるのが難しいんだ。たぶん平気だとは思うけど、子竜が飛べなくても早く飛べないヴェルには危険がある」

 僕はそうヴェルへ言い残すとアスラを追って飛んだ。

 その日は夕方まで探したけれど竜の姿を見付けることはなく、暗くなったところで村へと帰ることになってしまった。


 その帰り、アスラとヴェルの考えを訊いて確認しておくことにした。

「アスラ。アスラはどう思っているの? 今回のこの竜は殺すべきだと思う?」

「……オトイさんだっけ? あの青竜。あの竜の竜心を突いた時、思ったんだ。これで俺も伯父さんと同じ、人殺しだって」

「竜は人じゃないよ」

「それはそうだが……。ラプはどう思っているんだ?」

「僕は殺してしまっても構わないと思ってる……。人のものを盗んでいるんだ。盗賊であれば死罪なんだから、人と変わらないのであればやっぱり死罪でもしかたがないんじゃないかな」

 それまで黙ったまま僕達の話を聞いていたヴェルが口を開く。

「駄目よ。……海賊や山賊が死罪なのは人を殺しているからよ。まだこの竜は人を傷付けてはいないのよ」

「ヴェルらしい考えだと思うけど、相手は竜なんだよ。それが例え、まだ子供であったとしても、生け捕りにできるような動物じゃないんだ」

「ラプは平気なの? 同族なのよ。竜なんて人と変わらないじゃない。少なくとも私の目の前に居るラプは私達と変わらない。人にしか見えないわ。その竜を殺すなんて人殺しと同じだとしか思えない」

 それから二人は黙り込んでしまった。僕も黙って飛ぶことしかできない。

 アスラの師匠さんの屋敷が見えてくるとアスラが言った。

「ヴェルの言う通り、俺の目の前にいるラプは人と変わらない。俺も人だと思って接している」

「つまり、アスラも殺したくはないってことだね……」

「……できればな」


 人であるアスラとヴェルの考えは殺すことを拒んでいる。

 もしも殺さずそのまま放置すれば、この村の人々と戦うことになるはずだ。

 この村が無くなれば、次は食料を求めて北上しエテナへと向うことになるだろう。

 竜であれば、例えそれが子供であっても、数十、もしかすると数百人の被害者が出ることになると思う。炎を吐けば小さな町など簡単に焼け野原になってしまうだろう。

 アスラもヴェルもそんな事は判っているはずだ。

 それでも殺したくはないと言う。

 二人は僕を人と同じだと言ってくれた。僕は殺すべきだという考えだったけれど、これは僕の中の人ではない、獣の考えなのだろうか?


 夕飯をアスラの師匠さんと共にする。

 師匠さんの家族も一緒で、その家族十人と僕達三人の、総勢十三名が同じテーブルで食事をすることになった。

 これ程の人数で食事をするのは初めての経験だった。常に誰かが話をしていて、団欒というよりは喧騒という方が相応しいと思うほどだった。

 アスラへと小声で訊く。

「アスラの家族も多いと思ったけど、それ以上だね」

「人の家族なんて、これくらいが普通だよ」

 竜は一人前になれば親の縄張りを追い出されてしまう。人間のように何代にも渡って子供達が同じ場所で暮らすということは青竜でなければ見ることができない光景だ。

 ヴェルがアスラの村で言っていた「家族を大切にしている」というのはこういうことなのだろうか。

 喧騒の中にも暖かさを感じるこの食卓は、ロヒやミエカとの二人だけの生活とはまた違った暖かさがあった。

 つくづく、僕は人のことを知らないのだと実感してしまう。


 アスラが食事を終えた師匠さんへと話し掛けていた。

「あの、良ければ、昔、この村に居た竜の、ロヒの事を教えてもらえませんか?」

 アスラは僕の為にロヒの事を訊いてくれたのだろう。

 きっとロヒもこの暖かな食卓を経験しているはずだ。ロヒも僕と同じように暖かさを感じていたのではないだろうか。

「ん? ロヒの話か。ロヒは――――」

 今から八十年前、この村から外へと出て冒険者となった人物が連れてきたのがロヒだった。村の人々はロヒの事を余所者扱いし、あまり関りたがらなかったらしい。

 ロヒを連れてきた冒険者は、この村の総代、つまり萎竜賊流剣技の師範の弟で、その冒険者自身も萎竜賊流剣技の使い手だった。

 その冒険者の指導によりロヒはみるみる腕を上げる。半年ほどすると村でロヒに敵う者はいなくなってしまった。

 半年での成長とは思えないその剣技に村の人々からは妬まれ、村に居場所をなくしてしまったロヒは連れてきた冒険者と一緒に村を去ることになってしまう。


「明日にはこの村を去るという日だった。一体の竜が現れたんだ」

 その竜は村の上空で旋回し、ロヒの前へ降り立った。

「念話という魔法を使うのだったか? 竜同士の会話は。あの辺りに降り立ったそうだよ」

 アスラの師匠は視線でその竜が降り立った場所を教えてくれる。既に暗くなった外は見えはしないけれど、昼間に見たその辺りは広場になっていて、剣を振っている人を誰かしらは見ることができた。

 なんでも朝から夕暮れ近くまで、ほとんど人が絶えることはないらしい。


 念話を使いその竜とロヒは話す。

 降り立った竜は村へ危害を与えるつもりはなく、縄張り近くに居たロヒが危険ではないかと心配し、ロヒへと会いに来たらしかった。

 ロヒはその竜へ、縄張りを侵すつもりはないこと、剣の修行のために来ただけだということを告げる。

 その竜は「お前が竜体にならないのであれば、見なかったことにしよう。しかし、あまり森の奥へは入るなよ。この村より南は俺の縄張りだ」と言って飛び去ってしまった。

 それを目の当たりにした村の人々はロヒのことを、竜を追い払った英雄として称えた。

 ロヒはそれが心苦しくなり、自分も竜であることを打ち明ける。

「それからロヒは村の人間に溶け込み、この村で二年を過ごしたそうだよ」


 話し終えたアスラの師匠さんが僕達を見る。その顔は驚いていた。

「ラプ君。どうしたんだ。なぜ泣いているのかね?」

 僕は過去のロヒが、僕が今居るこの村に居たという事実を考えると嬉しくなっていた。ロヒと一緒に旅はできなかったけれど、今、そのロヒの後ろ姿に追い付いたような気がしてしまい、嬉しさのあまり涙を流していたらしい。

 アスラとヴェルが誤魔化してくれたけれど、おかしな子だと思われてしまっただろう。


 次の日の朝、外のざわついた気配で目を覚ます。

 居間へと行くとアスラの師匠さんから「例の竜にまた家畜を襲われた」と言われ、僕達は急いでその竜を追うことにした。

 今朝、襲われた家畜は前に襲われた時の生き残りで、村の中に在る家の側に繋がれていたらしい。

 幸い、人には危害を及ぼすことなく去ってしまったけれど、もしも村の人が剣を抜き、その竜に手を出していたら、無事では済まなかったかもしれない。

 その竜は前回の竜と同じくらいの背丈だったそうで、やはり同じ子竜のようだ。

「昨日の話に出ていた、この村に降りてきてロヒ様と会ったという竜ということはないの?」

 ヴェルの疑問は今回の竜が子供だということで否定できる。

「その竜は飛べたんだから違うと思う。今回の子竜は、多分、僕と同じくらいの歳なんじゃないかな。ロヒがこの村に居るよりも後に生まれているはずだよ」

「そうなんだ」

 もしもロヒと会ったという竜の縄張りがこの辺りなのだとすると、この村を襲った子竜はその竜の子供かもしれない。そうなると僕達はその親竜とも接触する必要があるだろう。


 足跡を追う。

 だけど、前日と同じく、川で足跡は追えなくなってしまった。

「探そう。まだ近くに居るはずだ」

 アスラが高く飛び上がる。

 僕も飛び上がろうとするとヴェルが僕を止めた。

「今日は私も探すわ」

「え? だめだよ。危険すぎる」

「お願い。ただじっと待っているだけなんて、そんなの来た意味が無いじゃない。心配しないで、絶対に危険なことはしないし、探すときも高く飛んで上空から探すから」

「判った。それじゃヴェルは僕と離れずに探して」

 アスラを見ると、既に森の奥深くまで飛び去ってしまっていた。

「あっちを探そう」

 僕とヴェルは川の上流へと向って飛んだ。


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