皇都案内
朝、目覚め、宿の中庭を見ると、既に起きて剣を振っているアスラが居た。
やはり剣士として冒険者となるには、あれくらいの努力が必要なのだろう。
宿の一階にある食堂で朝食を取っていると、鍛錬を終えたアスラがやってきた。
僕の前に座ると僕と同じものを注文する。
「……本当に美味しそうに食べるな」
「うん。美味しいよ。目玉焼き、おいしいよ」
昨晩も同じように僕が食べる所を見て、少し笑いながらそう言っていたが、美味しいのだから美味しそうに見えるのは不思議なことじゃない。
僕が食べる所を見て微笑を浮かべるアスラを見ていると、同じようにミエカが僕を見ていた事を思いだす。
人間には美味しそうに食べる事が不思議に感じるものなのかもしれない。僕にとってはそっちが不思議なのだけれど。
「今日は、なにか予定はある?」
アスラが食べながら僕に訊く。
講習は明日なので今日一日はなにもすることは無かった。
「なにもないよ。皇都を案内しようか?」
それ程知っている訳ではないけれど、人がいっぱい居る所へ行けば良いはずだ。それくれいなら僕でも案内できる。
「うん。それをお願いしようと思っていたんだ」
この日は皇都を見て回ることになった。
見て回るとは言っても、南から北へ、一本道を歩くだけのつもりだ。
皇都に居たのは、まだ人間というものが良く判っていない頃で、殆どをミエカに付いて回ったことくらいしか記憶にない。
二年もの間にこの皇都で見たことがある所というのは、借りて住んでいた家の周りと数カ所の誰もが知っているような場所だけだった。
そして、その誰もが知っていて、この皇都で一番有名だと思う場所へと一番に向かった。
その場所は広場になっていて、観光名所になっている。
今日もまだ朝早いというのに、結構な人が広場には居た。
入る事はできないが、広場の奥にある大きな門の先には、この国の象徴であり誇りである宮殿が在った。
「あそこに見えるのが二百年くらい前に建てられた宮殿だよ。『白竜宮殿』って呼ばれているみたいだね」
宮殿の方を見ながら説明するが、知っている事はこれくらいだ。
その佇まいは、流石に立派だと思う。
この国の人々が誇りにしているのも頷ける。
長さ百メートルを超える二十階建ての白い建物では公務が行われ、それは白竜が横たわった姿とされている。輪郭は緩やかに波うっていて、柔らかな印象を感じた。
その奥にそびえ立つ黒い三角形の建物は、竜の翼を模していて、底辺部分が四十メートルほどで、高さが七十五メートルほどあるらしい。その最上階付近が皇王一家の住居になっていると聞いたことがある。きっと登るだけでとても疲れてしまうのではないだろうか。
宮殿前の広場には、高さが十メートル程ある白い卵形のモニュメントが立っていて、白竜が生んだ卵を表しているようだ。ということは、あの卵はロヒということになるのだろうか? 僕は白竜の子供がロヒ以外に居るのか知らない。
竜の僕が言うのも変なことだけれど、人間が僕達、竜から連想する事は、猛々しい獰猛な生物じゃないのだろうか?
目の前の白竜を象った建物からは、そんなことは感じることができない。
この建物を作った人は、いったいどんな想像から、こんな優しそうな形にしたのだろう?
「あそこに皇王ってのが居るんだな。ラプは皇王って見たことがあるのか?」
「ううん。無いよ。どういう人なんだろうね?」
皇王は、その祖先が白竜から魔法を使えるようにされたのだと聞いたことがある。
きっと国を収める程なのだから、強大な魔力を持っているのだろう。
僕よりも強い魔力だったりするのだろうか?
白竜に会う機会があったら訊いてみることにしよう。
ふとアスラを見ると、なにやら案内板を読んでいるようだった。
「建てた人は『白竜公、ヴェセミア・ヘッテ・リマー』という人らしい。女性だってさ」
「女性?」
「うん。そう書いてあるね」
あの優しい形は女性だから作れた物なのだろうか?
「なんでも白竜に乗って空から現れて、建設中の宮殿の上に舞い降り、『この宮殿では駄目だ。私が素晴らしい宮殿を建てることにしよう』って言って、あの宮殿を作ったらしいよ」
「なんだか凄い人なんだね」
「うん。そうだな。その後、エテナへ行った時に、このヴァルマー国とエテナ国との間に勃発寸前の戦争を食い止めて、その時に知り会ったエテナ国の公爵家の子息と結婚したらしい」
目の前にある立派な建物を建て、戦争すら止めてしまった、二百年も前に生きた女性の事を考えながら、ぼんやりと思う。
二百年前ならロヒもその女性を見たことがあるのではないだろうか?
宮殿から北へと伸びる一本の大通りを進むと、そこにも広場がある。宮殿前の広場よりも広く、中央には竜の銅像が在った。
近づいて案内板を見ると『白竜』となっている。
翼を広げ、今にも飛び立ちそうな瞬間を象ったものだ。
「白竜って見たことある?」
アスラは案内板を読みながら訊いてきた。
「うん。あるよ」
そう答えると、案内板を読むのを止め、こちらを見詰めた。
「え? そうなんだ。いいな」
「この町に住んでいれば、見る機会はあると思うよ」
この町に住むどれくらいの人々が白竜を見たことがあるのかは知らないが、遠く離れた町や村に居るよりは確率は高いはずだ。
「それで? なにか良いことあった?」
この皇都周辺で言い伝えられている迷信のことだろう。
白竜を見ることができれば、その日一日を幸せに過ごせるといわれている。
「うーん。別段……」
「そうなんだ……」
さすがに僕のお爺さんだと言うことはできないが、白竜にそんな御利益があるのであれば、僕自身にもそれなりの御利益があるのではないだろうか?
アスラが僕と出会った事で幸せを感じてくれるのであれば、その御利益はあるのかもしれない。
僕とずっと一緒に居てくれたミエカが幸せだったのならば、確信しても良いかもしれないけれど、もう訊くことはできない。機会があれば、このアスラから訊いてみたい。
それからは通りをさらに北上して、商店に並んでいる商品を見たり、別の広場の銅像やモニュメント、そこでやっていた大道芸などを見たりして過ごしていると、あっという間に夕方になっている。
北門まで続くこの大通りの三分の一程しか進むことが出来ないで一日が終わってしまった。
住んでいた時には気付くことが無かったが、この町には見ようとすれば膨大な数の見るべき場所があったのだと気付かされてしまう一日だった。
明日は講習がある日だ。
いったいどんな話を聞かされるのだろう。