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旅する竜  作者: 山鳥月弓
そしてまた、僕達は歩き出す
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来襲

 山道を登っている時だった。

 この辺りはあまり人通りもなく、僕が山賊ならこの山道辺りで狙うだろうな、と思っていたら、本当にその通りになってしまった。

 森の奥からがさがさとした人の気配を感じ、それが近づいてくる。十人くらいは居そうだ。

 アスラもヴェルも気付いてはいないようだ。馬車は止まる気配がない。

 あまり戦力にならないと思われているのか、僕の存在は無視されているようで、その気配は馬車へと集中しているようだ。

 僕は少しだけ高く浮き上がり、馬車へと飛んだ。


 アスラとヴェルへ報せようとした、その時、森の中の気配が静まったかと思うと、荷馬車へと三本の矢が飛んできた。

 狙ったのは荷馬車ではなく、その横についていたヴェルだ。

「ヴェル、よけて」

 僕はすでに全速力で飛んでいたので、矢は風魔法の射程内にある。風魔法を放ち、矢を落とすことはできたけれど、逸れた矢の一本がヴェルの足元へと刺さった。

 なにが起きたのか判然としていない様子のヴェルは、矢が自分へと飛んできたことに気付くと、その場にしゃがみ込んでしまった。


 僕は荷馬車の前を進んでいるアスラへも届くように大声を張り上げる。

「ヴェル、アスラ、山賊だ。周りを警戒して」

 僕の声と同時に荷馬車の前へと、森から矢を放った奴等とは別の四人が飛び出してくる。剣を抜いて御者をしているおじさんへと向っているようだった。

 アスラは僕の声に反応し、その四人へと向っているようだ。アスラならばあの四人くらい、問題なく対処してくれるだろう。

 僕はそのままヴェルへ矢を放った、まだ森の中に隠れている奴等を目指して飛び、そこに居た三人へと雷光を落とした。

 パンという音と同時に稲妻が三人へと落ち、そのままぱたりと倒れる。

 少し強すぎただろうか。僕はヴェルへ矢を放ったという怒りを感じていたけれど、なんとか自制して弱めに撃てたはずだ。


 すぐに荷馬車の方から雷光を撃った、乾いた音が響いてくる。

 アスラが撃ったのだろう。荷馬車へと振り返ると山賊二人が倒れていた。

 御者をしていたおじさんは大丈夫だろうか? 荷馬車の影になっておじさんの無事を確認することはできない。

 ヴェルを見ると驚いているのか恐怖を感じているのか、まだ頭を両手で抱え込んだままで蹲って、アスラの方を見ているようだった。

 僕は逃げ出した残りの山賊二人を目指して飛ぶ。

「ヴェル、しっかりして」

 ヴェルへ声を掛けると、はっと我に返ったように立ち上がり、僕と並んで山賊の方へと飛んだ。


 少しだけ飛ぶと御者をしているおじさんが見える。おじさんは驚いた顔をしているけれど怪我などはしていないようだ。

 アスラはおじさんを守るように、その側で剣を構えていた。

「アスラはそのままおじさんを守って。残りは僕がやる」

 そう言うとアスラは、逃げ出した山賊達から、森の方へと目を向けた。

 ヴェルは僕と併走し山賊を追っている。


 逃げ出した二人は、それぞれが別方向へと走っている。雷光一発では倒せないほど離れてしまっていた。

「ヴェル、右に逃げたやつをやって」

 僕は左側へと逃げている男へ雷光を落とし、その音に少し遅れて、ヴェルが撃った雷光の音が森へ響いた。


 飛び出してきた山賊達はこれで全部だ。だけど、これで山賊全員ではない。

「森の中にあと二人居る。倒した奴等を縛っておいて」

 そうアスラとヴェルへ言い残し、僕は森の中へと飛んだ。


 森の中へと入るとすぐに矢が僕へと飛んでくる。

 既で避け、そのまま山賊二人へと突っ込んでいくと、すれ違いざまに剣で一人の腕を斬り落とした。

「落ち着け、僕は獣じゃないんだ……」

 僕は僕自身が興奮している事に気付く。矢を放った三人を倒して冷静に戻れたけれど、矢を放たれた事で、また怒りがぶり返したらしい。斬りつけた時に一瞬、首を狙っている事に気付いて既で狙いを腕へと変えていた。

 すぐにその場へと止まり、深呼吸をすると振り返りざまに雷光をもう一人へと落とす。

 戦闘はこれで終わりのはずだ。

 もう一度深呼吸をして、腕を斬り落とした男へと剣を突き付けた。

「森から出て街道へ降りてください。従ってくれないと、次はその首を落とすことになる」

 その男は引き攣った顔で森から街道へと転がるように降りていってくれた。


 僕は雷光で気を失ったもう一人を引き摺って街道へと降り、縄を貰うと二人を縛った。

 ヴェルを見ると、その顔にはまだ緊張が見え青ざめている。

「ヴェル、その人の止血をしてもらえるかな」

「うん……。は、はい」

 少しぼんやりとしていたヴェルは、僕の声に驚いたように返事をすると、腕を無くした男へと目を向け緊張した顔をする。ヴェルが恐る恐る近づきだすとその男はヴェルを睨んだ。

 僕が剣を突き付け「大人しくしてください。この子は貴方の傷を治療してくれるのですよ」というと顔を引き攣らせながら下を向いた。

「ヴェル、気を抜かないで。暴れたら雷光でも火炎塊でもいいから撃って。殺しても構わないよ」

「う……ん」

 ヴェルは緊張した顔のまま男へと治療魔法を使っていた。


 アスラが四人、僕が五人の、縄で縛った山賊達を受け持ち、自分達の前を山賊達に歩かせ、次の町へと向う。

 すれ違う人々は奇異な視線を僕達へと向けた。なんだか恥ずかしい。

 町へと到着してすぐに衛兵へ山賊達を引き渡す。残念ながらこの町はロフテナ大公領ではないようで報奨金は貰えないらしい。


 その日の夕飯時、商人のおじさんは上機嫌だった。

「いやあ、凄いね。山賊を一人も殺さず生け捕りにするなんて、初めて見たよ。アスラ君が言っていたように、君達はすぐに一流の冒険者になれる。うん。私が保証しよう」

 おじさんは九人の山賊相手に、まったく損害を出さず、誰も怪我一つ負わなかった事がかなり嬉しかったのだろう。

 酒を呷るように飲んで、そのままテーブルで酔い潰れてしまっていた。


 酔い潰れたおじさんを支えながら部屋へと歩く僕とアスラ。その後ろをヴェルがついて歩く。

 よろよろとふらつきながら宿の階段を登る僕達にヴェルが悄気た顔をして言った。

「アスラ、ラプ……。ごめんなさい……」

「ん? ヴェルじゃこの人は支えられないだろ。こういうのはヴェルにやらせるつもりはないから気にするな」

「そうじゃないの。昼間のことよ」

 酔い潰れたおじさんを支えるのは背の低い僕には、少し難しい。

 ヴェルへと振り向くこともできないけれど、聞こえてくるヴェルの声は暗く沈んでいた。


「昼間って?」

 アスラが面倒そうに答える。おじさんを支えることが面倒なのか、ヴェルの話を聞くことが面倒なのかは判らなかった。

「私、また、なにも出来なかった……」

 アスラが少し同情したような顔をする。

「……気にするな。……俺だって大したことはしていない。山賊達が近づいて来ているなんて、まったく気付かなかったよ」

 一瞬、アスラが僕へと視線を向け、すぐに逸らす。

「アスラは二人、ヴェルは一人、倒したじゃない。僕一人じゃこのおじさんを守れなかったよ」

 二人は口を開かない。

 気まずい雰囲気が宿の廊下に漂った。


 おじさんを運び終え、部屋を出る。

 僕も昼間の事はあまり上手くやれた気がしていない。

 明るい話をしたいところだけれど、反対に、正直な気持ちを口にしてしまっていた。

「僕も、昼間は……、また、暴走しそうになっていたんだ……」

 二人が僕を見る。

「そう……。それであの時、少し怖い顔をしていたのね」

「多分、僕はミエカに指示されて動いていた時には、指示に従うだけだったから素直に、冷静に動けたんだと思う。自分で考えて動くということが、あんなに冷静さを失わせるなんて考えた事もなかった……」

 アスラが俯いた顔を上げ、少しだけ明るく言った。

「まだまだ三人共、新米ってことなんだろうさ。それぞれが考えるべき事をこれからの課題にすればいいさ……」


 アスラは更に明るく話を繋げる。

「それに今日はラプが活躍していたけど、別段、俺もヴェルも失敗したって訳じゃないんだ。これからはもっと上手くやれるさ。新米冒険者にしては上出来のはずだ。まあ次は、驚いてもその場にへたり込んだりしないでくれよ、ヴェル」

 最後の方で少しおどけたアスラの言葉にヴェルはなにか反論するかと思ったけれど、今日のヴェルは素直にその言葉を受け入れたようだ。

「……うん。……次こそは、……がんばる」

 俯いたままそう答えていた。


 それから目的の国境の町までは順調に、なに事もなく進むことができた。

 おじさんは無事に辿り着いたことに上機嫌で喜んでくれて、報酬も少し上乗せしてくれたようだ。

「次の仕事がないようなら私の所へ来なさい。他に護衛が必要な奴等を紹介することもできる」

 別れ際にそんなことを言われ、僕達は少しだけ自信を取り戻すことができた。

 僕達はまだまだ新米冒険者なのだろうけれど、きっと少しずつでも前に進んでいるはずだ。


 僕達はそのままエテナ国へと入り、国境の町で一日を休んで過ごすことにした。


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