護衛
朝、目覚めるとアスラとヴェルが僕の部屋に居た。
ヴェルは僕の顔を覗き込んでいたらしく僕の目が開くと同時に驚いたように顔を少し引き、アスラはヴェルの後ろに立ってこちらを見ている。
二人共にあまり明るい顔ではなかった。
「あれ……? どうしたの?」
「どうしたのって、自分じゃ判らんのか?」
「え?」
「手を額に当ててみな」
額に手を当てると熱く、身体を起すと部屋の風景が歪んで見えた。
僕は風邪というものをひいたらしい。
「竜も風邪をひくのね」
「初めてひいた……」
どうやら昨日の罰があたったらしい。これまで生きてきて風邪などというものをひいたことはなかったので竜には無縁の病気なのだと思っていた。
二人は僕が昼近くになっても部屋から出てこないので心配して来てくれたらしかった。
「それでも飲んで、今日はゆっくりと寝ていろ」
「うん」
そういうと二人は部屋を出ていく。部屋のテーブルには冷めかけたスープが置いてあった。
夕方まで眠り、目を覚ますと熱は引いていた。
部屋を出て食堂まで行くとアスラとヴェルも居たので、僕も同じテーブルへとついた。
今日の二人は僕の所為で仕事ができなかっただろう。一応は謝っておこう。
「ごめん。迷惑かけちゃったね」
「いや、迷惑じゃないさ。ラプを裸で飛ばせた責任は俺達二人にもある。……それで、もう治ったのか?」
「うん。もう平気だよ」
僕は夕飯を注文する。熱が引いたらお腹も減ったようだ。
「それで、昨日の夜の話はなにか噂になってたりする?」
僕の質問に二人は顔を見合わせる。どうやら目立った動きはなかったのだろう。
「いや、表向きはいつもと変わらんな」
「あの大公、約束守るかな?」
「どうだろうな……」
「守らなかったらどうするの?」
「ん? 俺はどうもするつもりもないぞ」
「え? 大公を断罪するんじゃなかったの?」
一応は周りの耳を気にして小さな声で尋ねた。大公を断罪などという言葉を耳にした人がいれば僕は衛兵に通報されてしまうかもしれない。
「あんなの、その場で思いついた出任せだ。次にあの屋敷に行ったりしたら大勢の護衛が待ち構えているだろうな」
「それじゃ、昨日、僕達がやったことに意味はなかったのか……」
「そんなことないわよ」
「まあ、まだ昨日の今日だ。そうそうすぐに結果は出ないさ」
「そうよ。約束は五年後なのだから、その時に考えればいいことだわ」
僕はこの三人の五年後がどうなっているのか想像できない。山賊退治を一緒にやったあの先輩冒険者達のようになっているのだろうか?
「五年も待つ必要はないさ。大公が行動を起せば賊どもも少しは大人しくなるはずだ。大公が動いたかどうかは、ひと月もしない内に判るだろうよ」
「大公が約束を守るのであれば、この辺りから山賊も海賊も一掃されるのよね? すごい事だわ」
ヴェルは自分がやったことに酔っているようだ。
だけど、アスラがそれに水をさす。
「……いや、一掃は無理だろ。どう頑張っても賊が居なくなることなんてない。それが出来るなら皇都周辺で賊が出ることはないだろうさ」
「……それは、……そうね」
ヴェルは酔いから醒めたようだ。
「それじゃ、守れない約束をさせたの?」
「……ああ、まあ、そうなるな。勢いってやつだ」
アスラはそういうと笑う。
大公にとっては笑いごとではないだろう。
「それじゃ五年後、僕はまた大公に会いにいくことになるんだね」
「先刻も言っただろ。あの屋敷はこれから厳重な警備がされるだろうから俺達じゃもう忍び込めないよ。自分が殺されるかもしれないっていうのに、なにも手を打たないってことはないはずだ」
「そうか……」
「まあ、次こそは公爵ご令嬢様が証拠を皇王様へ差し出してくれるだろうさ」
僕とアスラがヴェルを見る。
「まあ、それは……、その時が来たら考えるわ」
ヴェルは少しだけ残念そうな顔をしたけれど、すぐに思い出したかのように楽しげに話だした。
「でも昨日は楽しかったわ。二人も、そうよね?」
僕とアスラは顔を見合わせ、笑った。
次の日も僕は部屋から出るなと言われ、一日中を寝て過ごす。
アスラの話では病み上がりで寒い外を歩くなんて無茶はさせられないということだった。
初めて風邪などというものをひいたので僕にはよく判らない事だけれど、従っていた方がいいのだろう。
眠ることもできず、ベッドでじっと天井を眺めていると、ヴェルが部屋へと来てくれた。
「どう? 風邪の調子は」
「もうまったく問題ないよ。寝ころがっているだけって、これほど退屈だと思わなかった。アスラはどうしてるの?」
「冒険者組合で一日過ごしているわ。新しい仕事があればすぐに受けられるようにって。私は町をぶらついていろって言われたけど、昨日も見て回ったから、もう見たい所はなくなっちゃった」
「それでここへ来たんだ」
「うん」
ヴェルが部屋へ来たところで動けない僕達はこれといってやることはない。
ヴェルは椅子に座って、窓の外を眺めていた。
「ねえ。ヴェル。お願いしてもいいかな?」
「なに? 遠慮しないで言っていいわよ。どうせやることもないのだし」
「うん。実は念話の練習がしたいんだ」
「念話? ああ……。ええ。良いわよ。どうすれば良いの?」
「ヴェルはそこに座っているだけで良いよ。僕が念を送るから、なにか聞こえたり感じたりしたら教えてくれるかな?」
「判ったわ。いつでもどうぞ」
ヴェルは必死でなにかを感じようとしているらしく、いつものように目と鼻の穴を膨らませて僕を見詰めている。
まるで、にらめっこだ。
「ぷっ。あはははは」
「な、なんでラプが笑うのよ」
「ははは……。ヴェル、ヴェルはなにもしなくて良いんだ。僕を見ている必要もないよ。先刻みたいに窓の外でも眺めていてよ」
「……そうなのね」
それから一時間程はヴェルへと念を送っていたけれど、ヴェルは僕の念を感じることはなく、途中で眠ってしまっていた。
それからは眠ったヴェルを念話で起そうと夕方まで頑張ってみたけれど、まったく伝わる気がしない。
僕が念話を使えるようになる日はくるのだろうか。
夕方になりヴェルと二人で食堂へと行くと、アスラが冒険者組合から帰ってきていた。
「ラプ、もう外を歩いても平気だよな」
「うん。今日も平気だったと思うよ」
「それじゃ、明日から仕事だ」
「え? 良い仕事、あったの?」
「ああ、でも組合からの仕事じゃない」
なんでも護衛の仕事を先日の先輩冒険者達から譲ってもらえたらしい。
先輩達はこの冬は十分に稼いだといって町を離れたがらなかったそうで、僕達を代わりとして依頼主へ紹介してくれたらしかった。
「こうやって顔が知られて評判が上がっていくのね。これからも仕事をいっぱいしなくちゃ」
「失敗すれば、評判も落ちるけどな」
いつものようにアスラがヴェルへ水をさし、いつものようにヴェルがアスラを睨み返していた。
次の日、僕達は護衛する商人との待合わせの為に広場へと向う。
広場へと着くと町長の遺体は既になく、代わりにロフテナ大公からの告知が貼り出されていた。
人集りが出来ていて近づいて読むことができない。
「大公が賊連中の壊滅に乗り出したらしい」
アスラが町の人から話を聞いてきたらしく、告知の内容を話し出した。
「賊を捕まえた者に生死を問わず、一人頭、金貨二枚。賊の住処を通報した者に銀貨五枚の報奨金を出すそうだ」
ヴェルの顔がぱっと明るくなる。
「やったじゃない。効果があったのよ」
アスラも満足そうな顔をしていた。
「ああ、まあ、そうだな。とりあえず意味はあったんだろうな」
言葉ではそれ程嬉しさを感じないけれど、それでも十分に嬉しいようだった。
待合わせをしていた依頼主と会うと、いつものように訝しげな顔をされてしまう。
「君達、三人だけ?」
「はい。任せてください。貴方にも荷物にも傷一つ付けさせません」
「……まあ、彼等の推薦だから信用することにするけれど、本当に頼むよ……」
彼等というのは先日の先輩冒険者達のことだろう。あの先輩達は、この商人からかなり信頼されているようだ。
馬車はその商人さんが御者をする荷馬車が一台だけで、隊商というほど大きなものではなかった。
「馬車一台に先輩達四人が付いていたのかしら?」
「そうらしい。量じゃなくて高価な物でも積んでいるのかもな」
行き先はエテナとの国境の町までで、宿代は出してもらえるらしく、途中で野宿をすることもないらしい。
「もしかして、凄く楽な仕事じゃないかしら」
ヴェルが嬉しそうに言っているがアスラが少し怒ったようにヴェルを嗜める。
「気を抜くなよ。襲われる時は俺達護衛から先に殺されるんだぞ」
ヴェルは少し驚いたような表情をする。その表情はすぐに真剣なものへと変わった。
「うん。判った。気を引き締めます」
僕達は町を出るとすぐに、事前に話し合って決めたそれぞれの場所へとつく。
先頭をアスラが進み、荷馬車の横にヴェル、馬車から少しだけ距離を置いて僕が最後尾に付いた。
街道はある程度の雪掻きがされているので歩けないということはなかったけれど、僕達は歩かずに地上より少しだけ浮いた状態で進む。
「話には聞いていたが、本当に飛べるのだな……」
僕達が浮いて見せると、商人のおじさんは目を丸くして驚いていた。
当然、道中は話など出来ないので僕はあまり楽しくはない。
目的の町までは一週間ほど掛かるので、アスラとヴェルにとっては、ただ街道を進むだけの退屈な時間になるだろう。
一応、僕は前を進むヴェルへ念話を送る練習に使える。
だけど半日もやっているとさすがに飽きてきた。ヴェルが反応してくれればちょっとはやる気もでるのだけれど……。
護衛初日は二つの町を通り過ぎただけで、退屈な時間だったという以外は問題無く終わることができた。
その晩、最初の宿で僕達三人と商人のおじさんとで食事をとる。
「君達、すごいね。驚いてしまったよ。三人共飛べるなんて。聞いてはいたけどこの目で見るまでは信じられるものじゃない」
僕達が飛べるということは先輩達に聞いたらしい。アスラは少し眉を顰める。
「あまり他の方へ言わないようにして頂けますか? そんなことで目立ってしまうと持っている高価な魔道具が狙われかねませんので……」
「おお、そうか。それじゃあまり口にしないようにするが、それじゃ仕事を取り辛くなるんじゃないかい?」
「そうですね……。でも、まあ、俺達は飛べるということ以外でも実力はあると思うんで大丈夫ですよ。すぐに一流と呼ばれるくらいにはなってみせます」
「そうか。それは頼もしいな」
おじさんは楽しそうに酒を飲んでいた。飛べるということは、それだけで高位の魔導士だということは判るらしい。
最初の印象とは違って、かなり安心していたようだった。
次の日も、次の日も同じように雪が積もった街道を進む。
馬車は途中、何度か雪に車輪を取られ動けなくなることもあったけれど、それ以外は寒いというくらいで、大きな問題もなく前進していた。
残念ながら、相変わらず、僕の念話は伝わらない。
僕達は護衛開始から五日目を迎えた。




