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旅する竜  作者: 山鳥月弓
そしてまた、僕達は歩き出す
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楽しい悪行

 真夜中、僕達は飛んで大公の屋敷があるフィオンの町まで戻った。

 町は寝静まっている。町中に人の姿はまったく見えなかった。

 大公の屋敷に隣接する森へと降り、隠れながら屋敷の様子を伺う。ここまで飛んで来たけれど、それ程の距離は無いとはいえ、真夜中の、それも冬の寒さは二人共にかなり堪えているようだ。

 そういう僕もかなり寒さを感じている。しかも僕は服すら着ていない。素っ裸だ。

 今晩はそれほど風が強くなく穏やかな天候だったのは助かった。

「寒すぎるわ……」

「ヴェルがやるって言ったんだろ。……本当にやるのか?」

「ここまで来ておいて、今さら何を言っているのよ。昨日、さんざん話し合ったじゃない。アスラも腹を括りなさいよ」

「……最後にもう一度言っておく。このことがバレれば白竜公であるお前のおやじさんの首まで飛びかねないんだぞ。それでもやるんだな?」

「ええ。やるわ。昨日も言ったことよ。大丈夫よ。私達にはラプが居るのよ。白竜様の孫であるラプが。私には白竜様が大公を断罪すべきだと言っているようにさえ感じるわ」

 アスラは呆れた顔をする。

 僕が白竜の孫だから大丈夫だというのは、今一つピンとこない。罪を許せないというヴェルの熱意に押されて僕は今、ここに居た。


 僕はちょっとした不安を感じていた。

 大公が罪を認めたとして、それが事実だとは証明できないし、竜である僕が問い詰めるという恐怖から、ありもしない罪を認めてしまったりしないだろうか。

 この方法が本当に良いことなのか、僕には判断できなかった。

 もちろん僕は人間の吐く嘘であれば、それが嘘だと判る事が多いけれど、完全なものではないのでやっぱり不安だ。二人には判るなんて言わなきゃ良かったのかもしれない。

 まさか、こんな性急な行動を起すなんて思いもしなかった。


「まあ、良いさ。俺も腹を括るよ。俺の村の領主が賊連中と組んでいるなんて、怖くて道も歩けなくなっちまう。それが嘘であっても、嘘か真実かを確かめるという意味はあるだろう。でも忘れるなよ。俺達がこれからやろうとしていることは賊連中がやっていることと変わらない、押込み強盗みたいなことなんだって」

「判ってるわよ。でも、それを言うのなら、相手が死罪だと決定しているからといって殺してしまうのも悪行だと私は考えるわ。きっと悪行を止めるための悪行は許されるのよ」

 ヴェルの考えはよく理解できないけれど、ヴェルの頭の中では、真面な、筋が通った考えとして纏まっているのだろう。

 それにアスラだって、本当に嫌なのであれば嫌だと言うはずだ。それどころか、二人にはどこかこの状況を楽しんでいるような雰囲気すら感じてしまう。

 そして僕の中にも小さな不安と同居して、なにか得体は知れないけれど、楽しいことのような、そんな気持ちが存在していた。

 そう考えてみると、今の僕達は罪を犯そうとしていることを楽しんでいるようだ。その行動がヴェルの考える正義のためであったとしても、やっぱり罪を犯そうとしているのは変わらないはずなのに。


「……大公が居る寝室はどの辺りかしら?」

 皇王の血族だけあって屋敷というよりは城に近い。敷地内にはいくつか建物が在り、その中でも一際高く大きい城のような建物が大公の居る建物だろう。

「こんな広い屋敷なんて入ったこともないんだ。どの辺りが大公の寝室かは公爵ご令嬢様の方が詳しいんじゃないのか?」

 ヴェルがアスラを睨む。

「入ったことも無い屋敷のことが判るわけないでしょ……」

 そのまま話を続けるが自信は無いようだった。

「あの一番高い建物の一番上辺りかなぁ……。とりあえず飛んで、あの辺りの部屋を片っ端から見て回れば判るんじゃない?」

「それしかないか……」

 こんなことで大丈夫なのだろうか。


「ところで、ラプ。寒くはないの?」

 僕は竜体に変化する必要があるらしいので、裸でここまで飛んできた。もちろん寒いけれど、我慢できないということはない。

「うん。寒いよ。やるのなら早めに終わらせよう」

 毛布でも羽織ってきたほうが良かったかもしれない。

 ヴェルはやっぱり僕の方へと顔を向けたがらなかった。


 飛んで、屋敷の一番大きな建物の上から下へと順に部屋の中を覗き込んで大公を探す。

 屋敷の敷地内を見まわすと、数人の衛兵が見張りをしているけれど、空へと目を向ける者はいそうにない。皆、寒そうに篝火の周りから離れようともせずに、見回りすらしていないようだ。

 大公らしき人物はすぐに見付ける事ができた。屋敷の最上階付近に在る寝室がそれらしい。

 部屋の中には大きなベッドに寝ている人が見える。その横で眠っているのは大公の奥さんなのだろう。

 ざっと下の方まで見て回ったけれど、寝室らしい場所はここにしかないので間違えなさそうだった。

 部屋の外は大きなバルコニーがあり、そこへと僕達は静かに降りる。

 僕が竜体へと変化するとバルコニーの床がミシミシと音を立てた。

「床、落ちたりしないわよね」

「今の所は平気みたいだな。あまり余裕はなさそうだけど」

 アスラとヴェルはひそひそと話しながら、僕の正面側からは隠れて見えないように僕の背中へと登った。

「ちょっと狭いわね。アスラ、もっと端へいってよ」

「これ以上は正面から見えちまう。我慢しろ。てか、ヴェルは乗る必要なくないか? 顔を確認したらバルコニーに隠れてろよ」

「なにいってるのよ。立案者が立ち会わなくてどうするのよ。アスラが台詞を忘れたらちゃんと助ける役も必要でしょ」

 僕が立っているので二人は何処かにしがみ付くしかない。僕の背中にしがみ付けるような場所は翼しかないはずだ。もぞもぞと動く二人は隠れるだけでもかなりの苦労をしているようだった。


「ラプの背中、暖かいわ。これから寒い時にはラプに運んでもらおうかしら」

 なんだか緊張感の無い事をヴェルが言っているが、内心はきっと緊張しているのだろう。背中越しにそわそわとしている二人を感じる。

「これでラプが竜のまま飛べれば完璧なんだがな」

 僕は竜体では声も出せないし、まだ念話も使えない。勝手なことを言う二人に文句も言えなかった。

 まあ緊張を解す為に言っていることなのだろう。文句を言うつもりはない。


 二人のもぞもぞとした動きが止まる。

 少し緊張しているらしいアスラの声が小さく聞こえた。

「ラプ。いいぞ。……いこう」

 バルコニーへの扉は鍵が掛かっておらず、軽く引けば簡単に開きそうだった。

 まさか自分が賊に襲われるなどとは考えてもいなかったのだろう。こんな北の端では敵国となるであろう南のエテナ国への警戒も必要はない。

 僕は扉を引いて開き、部屋の中へと静かに入る。

 部屋の中は暖炉に火が入っていて暖かい。部屋へと入ってきた風が暖炉の火を揺らしていた。

 大きな屋敷だけあって天井も高いけれど、僕の頭は天井に当ってしまうので少しだけ屈んだ姿勢をとらなければならなかった。その屈んだ状態でも首は斜めにしなければ天井に当ってしまう。


 眠っている大公の側まで近付くと、背中に乗っているヴェルが大公の顔を見られるように、僕は身体をひねる。

 ヴェルが灯りとなる火炎塊を浮かせ、眠っている男の顔を覗き込んでいるらしい動きを感じるけれど、なにも言わず黙ったままだ。

 なにも言わないヴェルにアスラが声を掛けた。

「……どうだ?」

「よく判らない……。暗いし、見掛けたのなんて五年くらい前の事だし……」

 一応は大公本人であることを確認しておいた方が良いだろうということで、最初に顔を知っているヴェルに確認してもらうことになっていた。だけど、あまり意味がなかったらしい。

「なんだよ。結局、判らないのかよ」

「しょうがないでしょ。会話も交わしていない相手の顔なんて覚えられないわよ」

「……どうするんだ?」

「……最初の手筈通りにやりましょ。たぶん歳からして大公だと思うわ」

「大丈夫かよ……。ラプ、足元まで移動しよう」

 僕が眠っている大公の足元まで移動すると、アスラが小声で「ここでいい」という。

 僕は立ち止まり、大公へと身体を向け睨むように見詰めた。普通の人間ならば子供の竜ではあっても、少しは恐怖を感じるはずだ。

 けれど僕の頭は天井に触れて首が斜めになっているので、なんだか間抜けな見た目ではないかと感じてしまう。


 アスラが眠っている大公へと呼び掛ける。部屋の外へは聞こえないくらいの声でわざと低くしているので、あまり大きな声ではなかった。

「ロフテナ大公よ。起きよ」

 側でアスラとヴェルがあんなに話していても目覚めなかったのだから、かなり深い眠りなのではないだろうか。

 大公は最初の呼び掛けでは起きず、アスラは二度三度と呼び掛ける必要があった。

 最初に目覚めたのは大公だった。

 目覚めた大公は僕を見て何度か目を擦るが、まだよく状況が理解できないらしく、夢を見ているのだと思っているようだった。

 僕が首を斜めにしているからだろうか。大公もそれに合わせて首を斜めにして、細く開いた目で僕を見詰める。片目はほとんど開いていない。

 その薄く開かれた目が段々と開き出し、最後にはかっと見開くと同時に口も大きく開いていた。

 やっと竜である僕が目の前に立っているのだと気付いた時には、恐怖で声も出ないらしく、ベッドの端に立ち上がり、大きく目と口を開いて僕を見ていた。

「おま……お……なん……」

 言葉にならない声をぽつりぽつりと出すが、聞き取れないし、意味をなしていなかった。


 僕の背中にしがみ付いているアスラが、大袈裟に声を低く張る。

「私は白竜の使いだ。白竜は昨今、この辺りで頻発している賊どもの行こないの数々に憤りを感じ、私を使わされた」

 大公の表情は強張ったままで、状況が理解できていないようだ。

 隣で眠っていた大公の奥さんも目を覚まし、僕へと目を向ける。けれど、僕と目が合った瞬間に声を出すこともなく静かに気絶したようだ。

「訊く。なにゆえ賊どもを使い、人々を虐げる」

 少しの間を置き、唾をごくりと飲み込むと、大公は答えた。

「お、おっしゃる意味が……理解できませぬ。……なにを根拠に……わ、わたくしめが、そのようなことを――」

 嘘だと感じた。必死で平静を装おってはいるけれど、目は焦点が定まっておらず、言葉の中に含まれる感情には後ろめたさや罪悪感が読み取れる。

 上手く感情を隠されては僕にも読み取ることは出来ないけれど、この大公の言葉は嘘だと感じることができた。

 寝起きで、まだ心の準備ができないのであれば感情を隠すことも出来ないだろう。夜中に忍び込んだのは正解だったようだ。


 僕はアスラ達との打ち合わせに従って右の翼を少しだけ上げる。嘘の合図だ。

「白を切るな。白竜の目を誤魔化せると思っておるのか」

 アスラの一喝に大公は背筋を伸ばし、頭を後ろの壁へとぶつけた。

「正直に話し、行いを改めると言えば、これまでの事は咎めず、目を瞑ると言われていたが、どうやら私はお前の命を断たなければならないようだ」

 僕は口を開き、炎を少しだけ見せてみる。

 大公の顔の前まで伸びた炎は、大公に結構な熱を感じさせているはずだ。

「ひぃー。おたすけを……」

 大公はベッドの上へと顔を埋めるように平伏し、情けない声で答えた。

「お赦しください。今後は賊などとの関係を断ち、……皇国民の安寧にこの身を捧げ、……皇国の繁栄の為に身を粉にして働くことを……約束いたします」

「白竜へ誓うか?」

「はい。誓いまする」

「信じられんな」

 ここからはアスラの独断での即興劇になった。アスラはそのまま赦す気がないらしい。

「初めからそのように自分の罪を認めておればそのまま赦しておったが、一つの嘘はお前の言葉から信用を消し去ってしまった。その言葉だけで赦すという訳にはいかないだろう」

 アスラは結構、演技の才能があるのかもしれない。


「……しかし、……わたくしめは、ど、どのようにいたせば、赦されましょうか?」

「まだ赦しを乞うか。往生際の悪いことだな。今のお前を赦す為にはどうすればいいのかだと……」

「後生でございます。お赦しいただけるのであれば、いかなる事でありましても、成し遂げさせていただきます」

「なるほど。いかなる事柄であっても成し遂げるか。……では、今後五年でお前の領内に巣喰う賊どもを一掃せよ。これならば、その言葉が嘘であっても五年後には判るだろう。嘘であれば再びお前の元を訪れ、その罪を断罪することにしよう」

 大公は平伏したまま答える。

「はひ。仰せに従いまする」

「うむ。確かに約束したぞ。私はこれにて去るが、これが夢ではないという証拠を残しておくことにしよう。奥方を連れ、この部屋を出よ」

 大公は顔を上げると、不安そうな表情をこちらへと向ける。

 その不安そうな顔を僕へと向けたまま、隣で気を失っている奥さんを揺り起こした。

 目を覚ました奥さんは、跳ねるように身体を起すけれど、僕を見てまた気を失ってしまい、再度ベッドへと倒れ込んでしまう。

 大公はしかたなく奥さんを背負うと逃げるように部屋を出ていった。


 大公と背負われた奥さんが部屋を出ていったことを確認するとアスラが言った。

「ラプ。それじゃ頼むよ」

 僕はゆっくりと息を吸い込み軽く炎を吐く。部屋の中をまんべんなく焦がすように身体を回転させながら一周すると、今度はアスラとヴェルが氷結魔法を部屋の中へと放った。

 一瞬にして炎は消え、炎の代わりに氷が部屋中を覆う。部屋の中の家具や調度品などは、どれも焦げた状態で氷漬けになっていた。

 これならば夢とは思わないだろう。脅しとしても効果があるはずだ。

「よし、逃げよう」

 僕は人の姿へと変化しバルコニーへと出ると、三人で空へと舞い上がった。


 冬の夜空は寒かったけれど、二人の顔には楽しそうな表情が見える。

 僕達がやった事が悪行なのか善行なのかも判らない僕も、二人と同じように楽しいという気持ちで飛んでいた。


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