戮
フィオンの町へと帰って来た時には、アスラもヴェルも疲れ果てていたようだ。
片道二時間くらいの雪のある山道だったけれど、それが原因ではなく、初めて人と戦ったということが疲れの原因なのだと思う。
山賊達を町の衛兵へ引き渡し、冒険者組合へと報告へ行き、先輩達とは組合で報酬を分け合うとすぐに別れた。僕達もすぐに宿へと帰る。
夕飯を三人で取るが、疲れからかあまり口を開かない。
先に食べ終わったアスラが、ぼそりと言った。
「あの人から『本当は皆殺しにするつもりだった』って言われたよ……」
「あの人って、あの先輩達のリーターみたいな人? ひどい……」
「山賊に恨みを持っているようだったし、それに、貰える金が同じなら、わざわざ山賊達を連れて山を降りるなんて面倒な事だしな。俺は先輩達の気持ちも判るよ」
理由はそれだけではないのだろう。生きて捕まえるということ自体、力の差に余裕がなければできないことだ。
あの先輩達の方が普通の冒険者らしい考えだと僕は感じる。ヴェルは、それにアスラまでも、殺さなくても良いのであれば殺したくはないらしい。
この二人の実力であれば、これからもそれは可能だろうけれど……。
僕はこの二人に従うつもりではあるけれど、それは少しだけ危険な事のようにも感じてしまっていた。
でも今は、まともに冒険者としての仕事を問題なく終えられたのだから、水をさすことはやめておこう。
「僕達は殺さずに捕まえる事ができたんだから、それを誇ってもいいんじゃないかな」
「そうよ。殺さなくても捕まえられるのだから、私達はこれからもそうしましょうよ」
アスラがヴェルへ呆れたような顔を向ける。水をさしたのはアスラだった。
「簡単に言うなよ。そんな甘いことを言っていたら次に殺されるのは、ヴェル、お前の方になるぞ」
ヴェルは叱られた子供のように俯く。
アスラが見兼ねたように言った。
「まあ、どちらにしても賊連中は死罪だ。だからヴェルが言うように俺達が殺さなくても済むのであればそれでもいいさ。でもこれから先、それじゃ済まない事も有るってことは忘れるなよ」
アスラの言葉は、自分達の手を汚したくないと言っているように聞こえた。
僕は仕事であれば、殺すということにそれほど躊躇いはない。
海賊達を虐殺してしまったのは怒りに任せてやってしまったことで、それはミエカから教わった仕事としての行為ではなかった。殺し自体が仕事なのであれば、そこに問題があるとは思っていなかった。
けれど、アスラやヴェルのような考えが人の考えなのだろう。
僕が人の中で暮らすためにはそんな考え方をする必要があるのかもしれない。
ヴェルはアスラの言葉に返事をすることなく食事を続けていた。
朝になり町を出て南への街道を次の町を目指して進んでいた。
朝一番に組合へ行ってみたけれど、やっぱり仕事は無い。同じ町に居るよりはエテナへ向おうということになり僕達は町を出た。
雪が積もり歩きづらいので地面すれすれを浮いてゆっくりと進む。
今日は風が冷たく、飛ぶと余計に寒さを感じるので、あまり早くは進めない。ほとんど歩くのと同じ速さだ。
今日は朝からほとんど口を開かず、黙ったまま何かを考え込んでいたヴェルが、突然、大きな声を出した。
「やっぱり私は殺さないようにする」
僕とアスラがヴェルへと目を向ける。
「昨日の続きか?」
アスラの問いにヴェルは目を剥いて答えた。
「うん。そう。昨日からずっと考えていたの。殺されそうになればそんなこと言っていられないということも判るけれど、やっぱり殺す必要がなければ殺さない。私達はそれが出来る。もちろん気を緩めないし、絶対に殺さないとは言えないけれど、でも殺さない」
「殺すのが嫌ってだけだろ……」
「そうよ。嫌なのよ。だから殺さないのよ。理由としては十分だわ」
「……好きにすればいいさ。でも忘れるなよ。強い剣士は魔導士が魔法を撃つ前に相手を斬ることができる。お前一人が斬られただけでも俺達二人にも危険が及ぶ可能性だって考えられる。絶対に気を緩めるな。相手を舐めて掛かるな」
目と鼻の穴を大きく開き、興奮しているようにヴェルは答えた。
「うん。胸に刻みつけておく」
僕はその可笑しな顔を笑う前に、アスラはどう思っているかと考えていた。
昨日の様子ではアスラもヴェルと同じ考えなのではないだろうか。
二人の実力であれば可能なことだと思うけれど、それは慢心を呼んでしまいそうで、僕は怖い想像をしてしまう。
街道は泥混じりの雪があり、馬車の轍も見える。
毎日、衛兵達が街道の雪掻きをしてるらしいけれど、それでもすぐに雪は積もって歩く事を困難にしていた。
街道を少し外れれば土も木も雪で覆われ、景色は真っ白な世界になっている。
ゆっくりと進んでいると街道の先から馬車がこちらへと向ってくるのが見えた。馬車を先導している、馬に跨った騎士らしき人物も見える。
よほど偉い人物が乗っている馬車なのだろう。
その馬車が僕達の目の前まで来ると、ヴェルは立ち止まり、僕達の横を通り過ぎる馬車を眺めながら言った。
「馬車かぁ。いいなぁ。私も馬車に乗りたい」
「乗合馬車は結構な金が掛かるぞ。次の町まで昼頃には着くんだ。我慢しろ」
「あ、あの旗、大公のだわ」
ヴェルの言葉に馬車へ付けられ、はためいている旗へと目を向けた。
黒い旗に白い竜と二本の剣が描かれている。
「皇王の旗に似てるね」
「そりゃそうよ。皇王の血族なんだから」
「あの旗に描かれている竜は白竜なんだよな。ラプが白竜の孫だって言ったら乗せてくれるんじゃないのか?」
アスラが笑いながらそう言うとヴェルが「それはいい考えね」と真顔で言った。
「冗談だよ。それより公爵令嬢様が挨拶した方がまだ可能性があるだろ」
「それはいやよ。……あの大公、あまり良い噂を聞かないってお父様が言っていたし……」
「へえ。どんな噂だ? 俺の村の領主様なんだ。そういう話は聞いておきたいな」
「たとえば昨日の山賊なんだけど……。ああ、やっぱりやめとく。噂だし、陰口みたいなことしたくないわ」
「……気になるな」
馬車を見送ると、僕達は次の町を目指してゆっくりと進んだ。
町へ着いたのはお昼を過ぎていた。
この町は、フィオンの町程は大きくはない。けれど、城壁があり、北のこの辺りでは大きな方だろう。
この先はエテナ国境付近まで、ほとんど大きな町はない。街道を外れれば鉱山の町や交易船の港町があるけれど、エテナまで進むには遠回りになってしまう。
この町で仕事がなければ国境付近までは仕事など見付けられないかもしれない。
「お腹がへったわ。早く宿を探してお昼を食べましょ」
宿を探しながら町の中を進む。この町はなんだかざわついているように感じた。
中央広場らしき場所へと出る。この寒いのに人集りができていた。
なにかの祭でもあるのだろうか? それにしては様子がおかしいように感じる。
近くに立っていた人へとヴェルが訊いた。
「なんの集りなのですか? お祭りでもやっているのですか?」
暗い顔をしていた町の人は、訊かれた瞬間に憤りを感じたかのように首を横に振る。
「いや……。町長の処刑があったんだ。良い人だったのに……」
「え?」
ヴェルの顔から血の気が引いていた。
宿を探し、遅い昼食を取る。
食堂で話をしている他の客は、皆同じように処刑された町長のことを話しているようだった。
アスラも町長がなぜ処刑されたかを町の人から聞いてきたらしく、僕等へと話す。
「山賊の討伐に三十人の衛兵を使ったからだとさ」
「え? どういうこと? 衛兵の仕事なんだからなにも悪くないように思うのだけど」
「大公は衛兵の仕事は他国からこの皇国の町を守ることだって言ったそうだ。賊相手に勝手に衛兵を使ったことに対しての処罰らしい」
衛兵は国民を守る為のものであり、相手が賊かどうかなど関係はないだろう。だけど領主によっては山賊や海賊を相手にすることでこちらに被害が及ぶことを嫌う者もいるらしかった。
冒険者に賊退治の依頼がくるのは、そんな要因もあるらしい。
「そんな……。それでも死罪はひどすぎだわ」
「その討伐中に衛兵が三人、死んだそうだ。大公に黙って衛兵を使い、被害まで出した罪は死罪に相当するといって、広場で公開処刑にしたらしい」
「……」
ヴェルは真っ青な顔をして黙り込んでしまった。
それからヴェルはほとんど食事を口にせず黙ったまま座っていた。それを見てアスラが口を開く。
「で、どうする? 組合に行くか? 今日はもう休むか?」
アスラは顔色の優れないヴェルのことを気にしているらしい。アスラが自分から休むと言ったのは初めてだろう。
それまで俯いていたヴェルは顔を上げて言った。
「少し話があるの。ラプの部屋へ行きましょ」
僕達は僕の部屋へと集ることになった。
「どうして僕の部屋なの?」
「一番端だから、ここなら誰かに聞かれることもないわ」
僕は部屋の椅子へと座り、アスラとヴェルはベッドへと座っている。
それほど人に聞かれたくない内容というのは想像できないけれど、多分、町長が処刑された事に関係する事なのだろう。
「それで、話って?」
「……朝の話、覚えている?」
「朝? なんの話だ?」
「大公の噂。話したくないって言ったでしょ」
「ああ、そんなこと言っていたな」
「あの大公、山賊や海賊と繋りがあるかもしれないって話をお父様から聞いたことがあるの」
「繋りって?」
「山賊や海賊に大公自身が手を出さない代わりに、そういう賊から幾らかの上納金を貰っているって話だったわ」
「それが噂ってやつか。……それで?」
「町長が山賊退治に皇国の衛兵を使ったかどうかが問題じゃなくて、山賊退治をした事に対しての見せしめではないかと思ったの」
「……どうかな。あくまで噂なんだろ? まったく証拠がない」
「町長だけじゃないわ。昨日、山賊の親玉が処刑されずに逃げ出しているって聞いたじゃない。あれも大公の指示なら納得できるわ」
アスラはヴェルの話を少し呆れたような顔をして聞いていた。
「それで? 例えそうだったとして、俺達になにか関係あるのか?」
ヴェルはなにかを言おうとするが、悔しそうに口を閉じてしまった。
「それに、大公がそんな事をしているという証拠がなけりゃ、単なるヴェルの妄想ってことになる。……まあ、公爵ご令嬢様としてはそんな悪行を見逃せないのかもしれないが、それこそ、おやじさんに話した方が解決策としてはまっとうだろうな」
「無理よ。公爵が大公の、皇王様の血筋に嫌疑をかけたりしたら、その瞬間にこちらが処罰の対象になってしまうわ。そんなの完全な証拠が無ければお父様でもなにもできない……」
「それじゃ、諦めるんだな。俺達じゃどうしようもない」
「証拠があれば白竜公がどうにかしてくれるの? それじゃ証拠を見付ければいいんじゃないのかな」
僕の言葉にアスラとヴェルは僕へと顔を向ける。僕を少しだけ見詰めたかと思うと二人ともに大笑いを始めた。
「――ははは。どうやって見付けるんだ。大公が親玉だったとしても、直接、賊達と言葉を交わしている訳じゃないだろ。大公に辿り着くまでに大公配下の貴族連中が指示を出していたってことで終わりになるのがおちだ」
「大公に直接訊けばいいと思うんだけど」
「……」
二人ともに黙ってしまい、僕をただ見詰めるだけだった。
ヴェルの顔が突然ぱっと明るくなった。なにかを思いついたらしい。
「そうよ。それよ。ヴェセミア様と白竜様がやったことをやればいいのよ」
「いや、ヴェルの祖先がやったことがどんなことかは知らんが、その公爵に『お前は悪人か?』って訊いて『はい』って答えると思うか?」
「嘘だったら僕は判ると思うよ。人の表情や言葉の中の感情は、その人がどういう心境なのかが含まれてる。人には竜の表情が変化しないように見えるらしいけれど、僕は人も竜も、表情から心境を少しならば読むことができるよ」
またもや二人共に驚いたような顔をして僕を見詰めていた。
「氷竜のターゲさんが言っていたでしょ? 念話って相手の心を読むことができるって。強い念でなければ明確に判る訳ではないけれど、嘘かどうかくらいなら判ると思うよ」
「……おいおい。俺達もラプに嘘は吐けないってことか……」
「嘘であれば、そう感じることはあるよ。……僕に嘘を吐くことがあるの?」
「いや……、そんなつもりはないんだが……」
二人は僕を少し怖いと思っているらしい。二人の表情から、そう読み取ることができた。




