次の仕事
僕達はまっすぐに南へと飛び、エテナを目指す。
途中でロヒとは別れ、アスラの村から一番近い冒険者組合が在る町へと向った。
フィオンという名のその町は、北のこの辺りでも一番大きく、僕も何度か来たことがある。
そのフィオンへと近づくにつれ人通りが多くなってきていた。この雪が深い北の地でも結構な人通りがある。
僕達は飛んで注目されたくはないので街道を歩くことにした。
じいさんの事で僕達は落ち込み、三人共に暗い表情をして歩いている。じいさんの洞窟からここまでは三日ほど掛かったけれど、その間、いつものような会話はなかった。
僕達はまるで他人のように少し離れて歩く。
けれど、最初に立ち直ったのはヴェルだった。突然、ヴェルが立ち止まり、叫ぶ。
「心機、一転、よっ」
「へ?」
アスラがなにごとかとヴェルを見た。
「いつまでも落ち込んでなんて、いられないわよ」
「……それで?」
「だから、心機一転よ」
「意味が判らんのだが」
「面白そうな仕事をやれば、気分も晴れるっていっているの」
「……うん。やっぱり意味が判らん」
僕は吹き出す。
「ぷっ。あはは。うん。そうだね。面白い仕事をしよう」
「……やっぱり二人とも意味は判らんぞ」
そう言うアスラも呆れたような、暗いけれど少しだけ優しい笑顔を浮かべていた。
季節は初冬で、フィオンの町中は白く雪化粧されている。
この町よりも南方にある皇都ではそれほど雪が積もることがない所為か、ヴェルは白い町並みが珍しいらしい。
ヴェルは町並みを見上げるように上ばかりを見ていた。
「きれい……」
そう呟いたヴェルが突然尻餅をつく。足が滑ったらしい。
「いたーい……」
僕が手を引いて引き起こすと、アスラは呆れたようにヴェルへと言った。
「上ばかり見ているからだ。雪が積もっていれば滑りやすいことくらい、いくら皇都生まれでも知っているだろ」
ヴェルはアスラへと膨れっ面で答える。
こんな些細な事だけれど、僕達はいつもの僕達へと戻っているようだと感じることができる。
フィオンで宿を取り冒険者組合へと向った。
ゆっくりとした方が良いのかもしれないけれど、ヴェルが言ったように仕事をしていた方が気分も晴れるだろう。
この町はこの辺りでは一番大きい町だ。町を囲う城壁もある。仕事も多いことが期待できるだろう。
アスラがこの町について説明してくれた。
「このフィオンって町にはこの辺りの領主が住んでいるんだ。俺の村もここの領主の管理下だよ」
「たしか、ここの領主はロフテナ大公殿下だったかしら」
「へえ。よく知ってるな」
「アスラ、私のこと馬鹿だと思ってるでしょ? これでも公爵令嬢なんだけど」
「ああ、そういえばそうだったな。公爵令嬢とは思えない大活躍をするもんで忘れていたよ」
ヴェルがアスラを睨む。
人間の身分を表す呼称は未だに良く判らない。大公というのは公爵より偉い人間のことだっただろうか?
「大公って皇王の血縁って意味だっけ?」
「ええ、四代前……、あれ? 五代前だっけ? まあ、そのころの皇王様、弟君の血族よ」
「六代前でございます。公爵令嬢様」
アスラの慇懃な態度に、またヴェルがアスラを睨む。今度は顔を赤くしていた。
冒険者組合は大きく、部屋も広かった。
だけど、人は少ない。部屋へ入って数えるまでもなく、先客は三人しか居ない。
その瞬間、僕は嫌な予感を感じる。
そして掲示板を見て、その予感が的中した事を知った。
ヴェルが肩を落として呟いた。
「……三枚しかないんだけど」
「見れば判るよ……」
アスラも力無く答えた。
一つは薪拾い。一つは雪掻きの手伝い。最後の一つは隊商の護衛だった。
「いってくる」
ヴェルが隊商の護衛の募集要項を剥し、受付へと向った。
「どう思う?」
僕の問いにアスラは即答する。
「だめだろ」
アスラの予想は当った。まあ当たり前だけれど。
ヴェルは受付から戻り、募集要項を掲示板へ戻すと、当然というような顔をして言う。
「次の町は今日中に着けるかしら?」
「やる気を出すのは良いが、もう宿は取ってるんだぞ。明日の朝にまた来て、駄目だったら出発しよう」
「まだ日は高いのよ。時間も宿代ももったいないわ」
「……この大きな町でこれなんだ。隣の町はもっと少ないと思うぞ。兎に角、明日の朝まで様子を見た方がいい。焦るなよ」
金はそれほど心配いらないだろう。海賊退治の報酬は思ったよりも多く貰うことができていた。
でも、この大きな町でこれでは、これから先の町に仕事が有るのか疑問だ。
最悪、なんの仕事もしないまま、エテナへ着いてしまうのではないだろうか。
僕達は宿へと戻ることにして、組合の部屋を出口へと向った。
その時、冒険者らしき四人組が組合へと入ってくる。四人組は歩きながらガヤガヤと話をしていた。
「なんで、勝手なことをするのよ。この時期に人が集まる訳ないでしょ」
「しょうがないだろ。もう二ヶ月も仕事が無かったんだぞ」
「選り好みばかりしてるからだろ。俺は畑仕事でもよかったんだ」
「この仕事ができれば冬は越せるんだ。なんとかしようよ……」
そんな話をしながら歩いている冒険者達の横をすれ違う。一人が女性で、他の三人は男の、まだ若い、とは言っても二十歳くらいだろうか、そんな冒険者達だ。
会話の内容から察するに、なにやら問題を抱えているらしい。
僕はアスラとヴェルから少し遅れて歩いていたので、その四人組みの一人が、ヴェルとすれ違った途端になにかに驚いたような顔をしたことに気付く。
その、なにかに驚いた一人はヴェルへと振り返り二人へと声を掛けた。
「あんたら、白竜公ご令嬢一行だろ?」
アスラとヴェルはその男へと振り返り、きょとんとした顔をしている。
「え? ええ、リマー家の娘ですが……」
「よし。ついてるぞ。あんたら、俺達と組まないか? いや、俺達も仲間に入れてくれ」
「えっと、話が理解できないのですが……」
「そんな難しい話をしてんじゃないよ。あんたら三人に俺達四人を入れてくれればいいってだけさ」
ヴェルはアスラを見る。
アスラは僕を見て苦笑いを浮かべた。
僕達は急いでいる訳でもないので、とりあえずはその人の話を聞くことにして、組合に置かれているテーブルへとつく。
ヴェルとアスラへ声を掛けた四人組の一人が僕達三人と同じテーブルへとつき、向かい合った。この人が四人組のリーダーなのだろう。
他の三人は近くの椅子を持ってきたり、隣のテーブルへと腰を掛けたりして、僕達のテーブルを囲むように話を聞いていた。
「どうだい。俺達と組むってのは。こう見えて俺達は結構やり手の冒険者として知られてる方なんだぜ。まだ若いからそれ程凄そうには見えないかもしれないけど、これでも同世代のやつらよりも経験は積んでる方だ」
その四人組は、二十代前半くらいだろうか。中堅冒険者ならば三十前後と言われているので、それ程やり手には見えない。
アスラはあまり乗り気という顔ではなかった。
ヴェルはきょとんとした顔でアスラへと訊く。
「どうするの?」
「どうするって……」
アスラは目の前に座っているリーダーと思しき男へと訊く。
「どうしてヴェルが白竜公の娘だと判ったんだ?」
「その板さ」
男はヴェルの背嚢に付いていた板を指差す。
「あんたら皇都辺りじゃ結構な噂になってるんだ。白竜公の娘とその御付きの魔導士が二十人の野盗を捕まえたとか、百人近くの海賊をあっというまに壊滅させたとか」
ヴェルが少し驚いたような顔をした。目立たないようにしてきたつもりだったけれど、そうはいかなかったようだ。
アスラは御付きと言われた瞬間、明かにむっとした顔をする。口角が下り歪んでいた。
その男は話を続けた。
「そして、その噂の冒険者達は背嚢に小さい板を付けていて、それを使って空を飛ぶことができるって。あんたら二人の背嚢に付いてる板をみてピンときたって訳だ」
アスラは不機嫌そうに答えた。
「悪いが、俺達の仲間になるには最低、その飛べる事ってのが条件なんだ。他を当ってくれ」
僕はヴェルへと小声で訊いてみた。
「そんな条件、あったの?」
「初耳だわ」
ヴェルは少し笑いながら答えていた。
男は難しい顔をするが、僕を見て言う。
「そこの小っこいのは飛べないだろ? その証拠に板を持ってない。それにあまり冒険者としては役立ちそうには見えない。だったら経験豊かな俺達の方が絶対に役に立つって」
アスラは少し呆れたような顔をして僕へと言う。
「ラプ、見せてやれよ」
「え? いいよ。僕は飛べないし、役立たずで」
「それじゃ、こいつらが納得しないだろ」
僕は目立ちたくないのに……。
組合の中では風魔法を使うと色々な物を飛ばしてしまうので、仕方無く組合の外へと出る。
大きな通りなので人通りも多い。あまり人目を引かないように低く浮いて十メートル程を飛んで見せると、すぐに地上へと降りた。
「どう? 判ったかな。あんた達も飛べるっていうのなら考えるけど」
「……驚いたな。飛べる奴がいるなんて、この目で見るまで半信半疑だったよ。……判ったよ。仲間っていうのは諦める。でも一つだけ頼みを聞いてもらえないか」
「頼み?」
「ああ、実は昨日、仕事を受けたんだけど、その仕事が山賊退治なんだ。その山賊達は十数人いるらしいのだが、安全に捕まえるにはそれと同数以上を揃えなきゃならない」
十数人を捕まえるのであれば二十人くらいは欲しいところだろう。こちらに被害が無いくらいの安全策を取るのであれば三十人くらいは欲しいかもしれない。
「でもこの時期に、この辺りで人を集めるのは少し難しい。皆、南の方へと移動するからな。それに、そんなに人数を揃えちまうと報酬の取り分が目減りしちまうだろ? なるべく少数でやりたいんだが、ざっと見てもこの町に居る冒険者でやろうとするとどうしても二十人以上は欲しくなる……」
その男は少しアスラの顔を伺い、話を続けた。
「だけど、俺達とあんたらの七人であればいけると思うんだ。あんたらは三人で海賊百人を壊滅させたくらいなんだから、三人でも問題ないくらいなんだろ?」
アスラが僕へと視線を移す。海賊退治の話は僕が気にしてしまうと心配してくれたのだろう。
僕は「大丈夫だよ」と少し笑って見せた。
アスラは安心したように、その男へと訊く。
「七人でやったとして、一人分の報酬はいくらになるんだ」
その男は募集要項をアスラへと見せた。
「一人頭、三ヶ月分くらいの稼ぎか……」
ヴェルも募集要項を覗き込む。
「へえ。山賊退治って結構いい報酬を貰えるのね」
ヴェルは嬉しそうな顔をしていた。
「ラプ、どうする?」
「うん。やるのは良いと思うけど……。ヴェル、出来るの?」
「え?」
ヴェルから笑顔が消える。
「……えっと、山賊って人よね?」
「あたりまえだろ」
「そうだよ。人だよ。人と戦える? 殺すことになるかもしれないし、一歩間違えば殺される可能性もあるよ」
ヴェルは少しだけ俯いてなにかを考えた後、顔を上げた。
「……やれると思う。いえ、やるわ。その覚悟はもう海賊の時にやったことだもの」
僕達の話を聞いていたリーダーらしき男は少し小首を傾げ訊いた。
「あんたら、本当に三人で海賊を百人も倒したのか?」
「ああ、本当だよ。二十人くらいなら、このラプ一人で十分なくらいだ」
「そ、それは頼もしいな……」
僕達は次の日、この四人の先輩冒険者達と共に山賊退治へと向うことになった。




