同行者
「俺はアスラだ。皇都まで行くところなんだけど、君は?」
「僕も皇都へ行くところです。僕はラプといいます。あ、ありがとうございました。なにかお礼をしなければなりませんね」
「いや、俺はたいしたことはしていないよ。俺が居なくても君一人で問題なさそうだったし」
気絶している山賊三人を道の端へと移動させ縛り上げると、二人で並んで山道を下りだした。
さすがに腕を斬り落したままでは、あの頭目は出血死してしまうだろう。腕を縛って軽く止血程度の治療魔法は掛けておいたが、警邏隊が来るまで持つかは判らない。
道の途中、巡回中の警邏隊が登ってくるのが見えると、駆け寄って山賊に襲われたことと、その山賊を縛って道の端へと置いてきたことを告げる。
「二人だけで捕えたのか?」
「はい」
二人の警邏隊員は驚いていた。
確かに二人共に、まだ子供と言っていい歳に見えるだろう。
「急いだ方が良いと思います。頭目と思われる人の腕を斬り落したので、死んでしまうかもしれません」
「そ、そうか。ご苦労だった」
そう言うと、警邏隊員の二人は駆け出していった。
「驚いていましたね」
「そうだな。……俺はまだ子供だけど、君は何歳なんだ?」
「……えっと」
どうしよう? まあ、これからは十五だと言い張るのだし、ここも十五だと言い張ろう。
「十五です」
「え? あ、そうなんだ……。俺と同じ歳だな」
僕の背の高さはアスラのお腹辺りまでしかない。それ程の差がある二人が同い年だと言われると、かなり可笑しく感じた。
「アスラさんは背が高いですね。十七歳くらいかと思っていました」
「うん……。確かに十五にしては高いかもしれないけど、君は……、あ、ごめん」
「いえ、気にしないでください。僕はかなり低いですよね」
まあ、仕様がない。僕は竜なのだから人と比べる必要がないのだし、気にすることはないのだ。
途中に川があったので、返り血を洗うために河原へと下りる。
本当は竜体になって水浴びをしたいところだけれど、アスラが居るので服や身体に付いた血を洗い流すだけにした。
「ラプは皇都になにをしに行くんだ?」
川辺で顔や身体の血を洗い落としながら話をする。
「冒険者登録に行くところです。明後日、登録の為の講習会というのがあるらしいので急いで皇都へ向かっていたんです」
アスラは少し驚いたような顔をする。
「へぇ。奇遇だな。俺も同じ理由だよ」
「そうだったんですね。アスラさんは魔導士として登録するのですか?」
「俺は両方で登録する」
「え? 両方登録できるのですか?」
「うん。二回受講する必要があるらしいけど、両方受けることにしている」
「そっか。そんなことができたんだ」
「ラプは? やっぱり魔導士?」
この質問に違和を感じた。なぜ「やっぱり」なのだろう?
僕はアスラに会ってから魔法は一切使っていない。
山賊達とやりあった時ですら剣でしか立ち回っていない。
「僕は魔導士ですかね」
「うん。やっぱりそうなんだ」
「どうして僕が魔法を使えると判ったんですか?」
「え? あっ。いや……」
僕たち竜は魔力を感じる事ができるし、魔素もぼんやりと見えるので、その人が魔法を使えるかはなんとなく判る。アスラの周りには魔素がぼんやりと見え、人としては強力な魔力を持っていると感じ取れていた。
人間の中に魔力を感じ取れたり、魔素が見えたりする者がいるという話は聞いたことがないけれど、もしかしたら、そういう人間もいるのかもしれない。
「その……。そう、なんとなく判ったんだ。背が低いのに冒険者になるということは剣術じゃなくて魔法が使えるのかなと思って」
アスラの顔からは、かなり苦しい言い訳をしているように読み取れる。実際、アスラは僕が剣で山賊の腕を斬り落した所を見ていたはずだ。
あまり魔力や魔素を感じたり見えたりということを公言したくはないのかもしれない。
「そうだったんですね」
それ程興味がある事ではないし、あまり追求する必要もないだろう。
完全に血を洗い落とすことはできなかったけれど、夕方には皇都に着いていたいので、ゆっくりもしていられない。
再び、二人で並んで歩きだす。
「ところで、なんでアスラさんなんだ。アスラでいいよ。それと丁寧な言葉遣いもやめて普通に話そうぜ」
「え? ああ、そうか。同い年だった」
「うん。俺もなんとなく年下のような気がしてしまうが、同い年なんだから気にせず話してくれ」
「うん。そうするよ」
顔を見合わせると二人して笑いだしていた。
最初にアスラから感じた危険な気配は、今はもう感じない。
「先刻の話だけど、ラプも剣士として登録したらどうだ?」
「……僕の腕で剣士なんて名乗れるのかな?」
「え? 先刻の山賊の腕を斬り落した立ち回りは紛れなのか?」
「いや、一応は考えた行動だけど……」
「普通、考えた行動なんて、ほとんど役に立たないよ。何度も経験して身体が覚えていないと動けないはずだ」
「うん。そうだね。確かに同じような動きは何度かやっている」
そうは言っても相手はミエカ一人だけだ。自分の剣が剣士として役に立つのかは判らない。
「大丈夫だと思うぞ。講習は受ければ殆ど問題なく登録してもらえるらしいから」
「それじゃ、両方受けてみようかな」
「まあ、どちらか片方だけでも、冒険者として問題になることは無いらしいけどね」
皇都へと着いたのは夕方を過ぎ、そろそろ足元を見ることができなくなる程の暗さになっていた。
皇都の南門を潜り、町の中へと入る。町を取り囲む城壁の外とは違い、その内側は明るい街灯が夜の町を浮かび上がらせていた。
「俺、皇都は初めてなんだ」
アスラは物珍しそうに、目を輝かせて辺りを見ている。最初に見せた危険な気配とは違い、今は年相応の顔をして皇都の町を眺めていた。
僕は皇都に住んでいたこともある。
皇都に詳しいという訳ではないけれど、宿屋が在る場所くらいは知っていた。
「そうなんだ。それじゃ宿屋は僕が決めちゃっていいかな」
南門近くにある宿屋へ向い歩きはじめる。
ミエカに連れられ、人として暮らし出した町は、この皇都が初めての場所だ。
成長がとても遅い僕が、一箇所で住むのは周りの目が気になるので同じ場所に一年も居ることが無かったが、この皇都だけは最初の二年を過ごした町だ。
もう二十年も前のことなので、少し町の様子は変わっているけど、それでも懐かしい町並みがそこにはあった。
「ここにしよう」
一軒の宿屋を見付け、そこを提案する。
僕等は中に入り、宿を取った。