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旅する竜  作者: 山鳥月弓
過去との邂逅
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 目が覚めるとヴェルが僕を見詰めていた。

 僕を見詰めるその目には涙が溜っている。

 僕は「なんで泣いているの?」と訊いてしまった。その瞬間、青竜の火炎塊で気を失った事を思いだす。

「うぅ、うああぁー」

 ヴェルは大きな声を出して泣きだしてしまった。

「ヴェル……」

 なんと声を掛ければ良いのか判らず、身体を起すだけしかできない。

「……ごめん。また心配をかけたんだね……」

 僕はまだ裸のままだったけれど毛布で包まれている。気を失っていた間にヴェル達が毛布で包んでくれたのだろう。心配だけではなく、迷惑まで掛けてしまったようだ。


「それだけじゃないぞ。勝手なことしやがって……」

 後ろを振り向くとアスラが座っていた。口調は怒っていたけれど、顔には呆れたという表情が浮かんでいた。

「まあ、そのお陰で倒せたけどな」

 アスラの視線の先を見ると一体の竜が倒れていた。身体は僕が竜体になった時の倍以上あるだろう。あの時、アスラが居なければ僕は殺されていたのだ。そう思うとぞっとする。


「あ、箱は?」

「あの箱はなんなんだ? 俺じゃどうしようもできないから、落ちた場所にそのままだよ」

「僕にもなんだか判らないけど、放っておくわけにはいかないよね」

「でも、どうするんだ。雷光なんかで壊れるかな?」

「どうだろう。安全な場所まで運べないかな?」

「かなり重そうだったぞ。ラプが竜の姿でなら運べるかもしれんが、安全な場所ってどこにあるんだよ……」

 アスラはそう言うと立ち上がり、倒れている青竜の方へと歩きだした。箱はその先にあるらしい。


「大丈夫なの? あの竜、死んでいるの? 近づいても平気?」

 まだ鼻をぐずぐずとさせながらヴェルが訊くが、ここからでは良く判らない。

 僕は立ち上がり毛布を身体に巻き付けてアスラを追って歩きだすと、ヴェルも立ち上がった。

「ヴェルはここにいて。あの箱、変質した魔素の固まりみたいなものだから危険かもしれない」

「え? そうなの……」

 僕はヴェルを置いてアスラを追った。


 箱はアスラが竜心を貫いた時に落としたらしく、青竜からは少し離れた場所に落ちていた。

「アスラは、変質した魔素は平気なんだよね?」

「多分な。でもこれだけ濃いと、少し怖いな。これ程濃い魔素は見たことがない」

 竜が脇に抱えていたので小さいのだと思っていたのだけれど、間近で見るその箱の大きさは大人の人間が両手で抱えなければ持てないくらいの大きさがあった。少し蹴ってみたけれど見掛け以上に重いらしく、びくともせず、簡単には運べそうにはない。

「雷光か火炎塊でもぶつけてみるか」

「やめておいた方がいいかも。なにが起るか判らないよ」

「そうだな……。これはほっとくしかないか。ラプが飛んで運んでも、あの竜みたいになっちまう可能性もあるんだろ?」

「良くは判らないけど、その可能性はあると思う。今はこのままにしておこう。竜体でなければ運べそうにないけど、僕は竜体ではまだ飛べないし……」

「え? 飛べないのか……」

「うん……。パウレラさんに会って相談しよう。多分、もうサタマに着いていると思うから僕が行ってくるよ」

「ああ、悪いな。俺やヴェルじゃ数日かかっちまう」

 僕は一人、サタマの町へと飛ぶことになった。


 一人で飛ぶので高さも速さも自分の自由にできる。ヴェルならば四、五日は掛かる距離を、日を跨いだ夜中の内にサタマへと辿り着くことができた。

 だけどまだ夜中なのでパウレラが居る宿は明かりも見えず静まりかえっている。パウレラも眠っているだろう。

 パウレラの部屋は二階にあるので、部屋の窓まで飛び、外から窓を何度か叩いて起さなければならなかった。

 驚きながら僕を部屋へと入れてくれたパウレラだったけれど、青竜の事を話すとそれまでの眠そうな顔が驚きと不安が入り混じった表情へと変わった。

「あの青竜、オトイさんでしょうか?」

「……判らないな。とにかく行ってみよう」

 そういうとパウレラは服を脱ぎだす。

 裸のままで、部屋に掛けていた服を僕へと渡しながら言った。

「私は竜体で飛ぶので服を持っていてもらえるかい」

 僕とパウレラは宿の窓から、まだ寝静まった町の上空へと飛び上がった。


 僕はパウレラの後に付いて飛ぶ。パウレラは雲を突き抜けて更に高く飛んだ。

 ある程度の高さまでくるとパウレラは上昇をやめ竜体へと変化し、念話で話し掛けてきた。

「ラプ君、私の背中に乗りなさい。人の姿で飛ぶのでは早くは飛べないだろ」

 僕は竜体へと変化したパウレラの背中に乗る。この竜の背中に乗るのは二度目だ。

 一度目は二十年程前の事だった。二十年も経つのに僕は竜体で飛ぶ事もできない。竜である僕が竜の背中に乗って運んでもらうなんて、なんだか惨めだ。

 竜体で飛ぶ竜は早かった。

 アスラとヴェルが待つ場所までは僕が来た時の半分くらいの時間しか掛からず、朝方には着いてしまった。


 パウレラが地上へと降りていくと、そこには三人の人の姿があった。

 アスラとヴェルの他にロヒが居る。パウレラと僕に気付いたのはロヒが一番早かったようで、ロヒが二人へと話し掛けると三人が並んでこちらを見ていた。

 一番驚いているヴェルは目を大きく開き、口までも開けている。竜の知識はあっても、見るのは初めてなのかもしれない。

 初めてみるヴェルの顔に僕は吹き出して笑ってしまった。

 地上へと降り立ち、パウレラが人の姿へと変化すると、そのヴェルはなぜだか後ろを向いてしまった。ヴェルは竜が人の姿になって裸のままでいるところを見たくないらしい。

 僕はパウレラへ服を渡す。


 僕が不思議そうにロヒのことを見ていたのでアスラが説明してくれた。

「ロヒ(にい)は巨大な魔力を感じて、ラプが行った後すぐに入れ違いで来てくれたんだ。ラプが大きな火炎塊を撃っただろ。たぶん、あれをロヒ兄は感じたんだよ」

「ラプ君。私の姿を見るということは、辛い事を思い出させてしまうかもしれないけれど、少し心配になって来てみたんだ。三人が無事なことが判ったから私は帰ることにするよ」

 ロヒの言葉にアスラが少し暗い顔をして下を向く。僕よりもアスラの方が気にしてしまっているようだ。

「いえ。僕は平気ですから気にしないでください」

 辛いことだとは思わないけれど、やっぱりロヒの顔を見るのは、なんだか変な感覚ではある。だけど、そんな事を言ってもしかたがないことだろう。


 人の姿へと変化したパウレラが悲しそうな顔をしながら倒れている青竜を見詰めていた。

「やっぱりあの青竜はオトイさんなんですね?」

 なんとなくオトイではないかと思っていた。まったく根拠は無かったけれど、行方不明だと聞いていたからだろうか。そう考えていた。

「ああ、オトイだ……。あ、君達はオトイの死に責任を感じることは無いよ。君達は自分の身を守っただけなのだから」


 ロヒが言う。

「あの竜、まだ生きてますよ」

 アスラが驚いた顔をして反論した。

「え? でも俺が竜心を貫いて……」

「うん。少しだけ傷付いているようだけど、ほとんど無傷じゃないかな」

「そうか、背中から刺したから俺の剣じゃ届かなかったんだ」

「しかし、竜心が傷付いたということであれば、オトイはもう……動くことはできないだろう……」

 パウレラの言葉を聞いて、なにかを思い出したようにヴェルが訊いた。

「創成の竜と同じなのですね?」

「ああ。そうだな……」

 パウレラはほんの少しの間を置き、はっ、と驚いたような顔をして質問を返す。

「君は創成の竜を知っているのか?」

「はい。ヴェセミア様の、私の先祖の手記にありました。竜心というものは知りませんでしたが」

「そうか……。そう、オトイは、この竜は、目が覚めても創成の竜と同じように二度と動くことはできないだろうな」


「治せるかもしれませんよ」

 ロヒが惚けたような顔をして言う。

「ロヒ君、こんな時に冗談を言うのはやめてくれ」

「いえ、冗談なんかじゃ……」

「え? 治せるのか?」

「ええ。確かなことはまだ判りませんが、たぶん……。とにかくやってみますね」

 ロヒがオトイへと近付く。僕はそれを止めた。

「待って。その前にあの箱をどうにかした方が良いと思う」

 その場に居た全員が箱の方へと視線を向けた。

「そうか、オトイはあの魔素に当てられて正常じゃなくなったんだな」

 パウレラの言葉にまたロヒが惚け顔で答える。

「それじゃ、まずはあの箱を止めるね」

 このロヒはどこまで信用して良いのだろう。

「え? 箱を止める?」

「うん。変質した魔素を出さないようにすれば良いのでしょ? 壊すことになると思うけど、たぶん出来る」

 そう言って、箱の方へと再度向かった。


 ロヒは箱へと手を翳す。ぼんやりとあわい光が箱を包んだかと思うと、すぐに光は消え、それと同時に魔素の流出も止まった。

「いったい君は……。この箱の事を知っているのか?」

「いえ、初めて見ました。でも構造はなんとなく判りましたよ」

 魔素の流出が止まった箱は、今ではただの黒い箱になっている。

 僕等が唖然としたまま箱を見ていると、突然、箱が黒い霧のようなものへと変化して空中へと霧散して消えてしまった。

「ゼノが作った変質した魔素の発生装置みたいです。ゼノが消える前に回収していたようですけど、これは忘れられていた一つだったんでしょうね」

 ロヒは淡々と語り「さて、次はあの竜ですね」と言ってオトイへと近付いていった。


 ロヒは箱の時と同じようにオトイの腹へと手を翳すが、箱の時とは少し様子が違っていた。ロヒは眉を寄せ、難しい顔をしている。

 僕等は見守る事しかできない。

 ロヒが手を翳しているのは腹だが、アスラが剣を突き刺したのは背中だった。なんとなく傷のあたりへ手を翳すのかと思っていたので、僕はアスラへと訊いてみた。

「あの腹の辺りに竜心があるの?」

「ああ、腹の右寄に竜心がある。背中から刺したから届かなかったんだな。結果的には殺すことにならずに良かったけど……」

 ロヒが額から汗を流しだす。竜心を治すというのは大変な事らしい。

「……」

 黙ったままロヒが手をおろした。

「終わったのか?」

 パウレラがロヒへと訊いた。幼馴染であるオトイの事が心配なのだろう。その顔には不安と期待が入り混じっている。

「いえ……まだです。思ったよりも難しい。少し休ませてください」

 そう言うとロヒは近くの岩へと腰を下した。


「治せそうかな?」

 アスラが不安そうな顔をしてロヒへと訊く。自分が倒した竜なので死んで欲しくはないのだろう。

「うん。少し難しいかも。あれ程複雑だとは思わなかった……」

 皆の顔が曇った。

「多分、剣先がほんの少しだけ触れた程度の傷なんだが、その傷の部分だけでもとんでもなく複雑なんだよ」

「それじゃ、無理なのか……」

「いえ、時間は掛かると思いますが、たぶん治せます」

 パウレラの顔には少しだけ希望が戻ったようだった。


「時間が掛かるって、どれくらい?」

 アスラの問いに少しロヒは考え込む。

「……正確には判らないけど、……三日くらいかな」

「それじゃ、三日はここに居ることになるんだな」

「そうなるね」

 それから僕達五人は、三日間を雪が深い森の中で過ごすことになった。


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