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旅する竜  作者: 山鳥月弓
過去との邂逅
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城の跡

 朝、アスラの家を出発し、昼食にアスラの母さんが作ってくれた弁当を食べ、さらに飛ぶ。

 目指す魔王の城までは、どこかで一泊、野宿をする必要があるらしい。

 魔王の城や変質した魔素が消えただけではなく、昔、この辺りに居た魔獣や、更には、その北に居た魔族までもが消えてしまったようだ。

 実際には魔獣はまだ居るらしいが、変質した魔素が無いため、だんだんと数を減らし、今ではほとんど見る事が無くなったとアスラは説明してくれた。


 そろそろ夕方という時間になるとアスラが地上へと降り、ここで一泊しようと言った。

「なんとか魔獣の森を抜けた所まで来れたな。明日からは西へ飛ぶぞ。ヴェルがもっと早く飛べれば、一日で着くんだがな」

 恨めしそうにアスラを睨むヴェル。

「遅くて悪かったわね。なんなら私を背負って飛んでもらっても構わないわよ?」

「そんな事できるか」

 アスラは少し顔を赤くして答えていた。

「僕が背負おうか?」

「いいわよ。冗談よ。それにそんな事したら、いくらラプでもバランス崩しそう……」

 確かに僕より背の高いヴェルを背負って飛べば、飛び辛いかもしれない。


「さて、ヴェル。狩りと夕飯の用意をお願いできるか?」

 アスラが少し意地の悪い顔をしてヴェルへと訊いた。

「……わかってるわよ。それで、どうすればいいの?」

「どうすればって、まず獲物を見付けて狩るんだよ」

「どうやって見付けるの? 教えてくれるって言ったわよね?」

「……なんで俺が問い詰められてるんだ……。判ったよ。とりあえず獲物を探そう。ラプ、ここで火を見ていてくれるか? 二人でいってくるよ」

「うん。よろしく」

 アスラとヴェルは雪の深い森の奥へと入っていった。


 三十分もしない内に、森の奥から二人が帰ってきたのは意外だった。

 アスラとヴェルの手には、それぞれ一羽ずつの野兎が握られている。

 野兎の耳を握りしめているヴェルの顔は憔悴しきって、今にも泣きだしそうだ。

 多分、狼退治の時と同じように、かなりの葛藤があったのだろう。

「早かったね。もっと掛かるかと思ってたよ」

「ああ、運よく兎が居たからな」

「二羽ともヴェルが狩ったの?」

 ヴェルは少し俯き、目が赤く充血している。その顔は狼退治の時に見せた、涙を必死に堪えている顔を思い出させた。

 僕の問いに答えないヴェルの代わりにアスラが答える。

「ああ。二羽ともヴェルが狩ったぞ。二羽が近くにいたから雷光一発で両方仕留められたよ。……ヴェル。次は調理だ。まあ調理っていっても焼くだけだから、その前の解体が主な仕事だけどな」

 アスラの解体という言葉に、ヴェルの目が大きく見開かれ、アスラの方へと顔を向ける。

 だけれどヴェルはアスラを見ているだけで、なにも言わない。

「どうした? 解体してくれ」

「……どう、やるの?」

 諦めたようにぼそりと答えたヴェルへアスラは小刀を持たせ、「まず、内蔵を取りだして、血抜きをする」と言い、小刀で切る場所を指示していた。

 ヴェルは始終泣き出しそうな顔と、気味が悪いというような顔を繰り返しながら、なんとか最後まで解体を終えることができたようだった。


「ヴェル。もう焼けてるよ。食べないの? それ以上焼くと苦いと思うよ」

 木の枝に刺した野兎の肉を火に翳しながら、ぼんやりとその火を見ているヴェルへと声を掛ける。そろそろ食べないと炭になってしまいそうだった。

「……あげるわ」

 火に翳していた野兎の肉を僕へと渡そうとすると、アスラがそれを取り上げ、ヴェルの目の前へと突き出し言った。

「だめだ。ヴェルが狩った野兎だ。お前には食べる義務がある。食べないのなら何故狩った」

 狩ったのはヴェルだけではなくて、僕とアスラの為でもあるのだし、そんな義務があるとは知らなかった。

 ぼんやりとそんな事を考えたけれど、それでもやっぱりアスラの言葉は正しいと感じる。

「食欲がないのよ……。口に入れたら吐いちゃいそう……」

「いや、だめだ。明日も一日飛ぶんだぞ。倒れられちゃこっちが迷惑だ」

 ヴェルはしぶしぶと肉を受け取り、おそるおそる口にする。泣き出しそうになるのを必死で耐えながら食べるヴェルは、その自分で狩り、捌き、焼いた、少し血抜きに失敗して匂いが残る野兎の肉を、最後の一切れまで吐くことなく飲み込んだ。


 僕はヴェルを見ていて気付いた事があった。

 狼退治の時もそうだったけれど、ヴェルはあれ程泣き出しそうになるのを堪え、気味が悪そうな、本当に嫌だという顔を始終していたけれど、絶対に「嫌だ」とか「やらない」と言い出すことはなかった。

 ヴェルは怠けてばかりの僕なんかより、よっぽど本物の冒険者へ成る事への執念が強いようだ。

 そしてもう一つ。アスラはその見た目とは違って、結構、面倒見が良い。


 次の日は西を目指して飛ぶ。

 アスラが言っていたように、この辺りは寒い。

 僕は体温を調整できるので、そこまで辛くはないけれど、アスラもヴェルもいつもより遅く飛んでいる。

 かなり着込んではいるようだけれど、とても寒いらしく見たこともないような表情になって飛んでいた。

 半日ほど飛ぶと森を抜け、広大な雪原へと出る。

 遠くに低く崖が見えるけれど、かなり広大な雪原だった。

 その雪原へ入るとアスラが止まり、僕等へと言った。

「この雪原の先に城があったんだ。もう少しで着くぞ」

「あの崖がある所かな?」

「ラプ、見えるのか?」

「え? あ、うん。崖が見えるよ」

 アスラは呆れたような顔をしていた。


 雪原の端までくると崖へと突き当たる。

 その崖には谷になったような場所があり、そこを通って崖の更に奥まで行くことができた。その突き当たりに魔王の城があったらしい。

「本当になにもないわね」

 アスラに「ここが城の跡地だ」と言われた崖まで来てみたけれど、本当になにも無かった。

 僕はその崖の上まで飛んで見る。その先にも広大な雪原があるだけで、城らしきものはなにも無い。一面が雪で覆われた大地だけが見え、その遠くに海が見えた。

 僕の後を追って飛んできたヴェルが呟いた。

「……うん。多分、ここね」

「なにが?」

「ヴェセミア様の手記に書かれていたの。魔王ゼノが、巨大な空を飛ぶ船を、城の在る崖の上で作っていたって。たぶんこの雪原がそうだと思う」

 僕には巨大な空を飛ぶ船というものが想像できない。


「船なんて遅いし、酔っちゃうだけじゃないか。魔王はなんでそんなものを作ったの?」

 僕の言葉に二人は声を上げて笑った。

「別の星へ行くためらしいわよ。その船も酔うのかは判らないけど、たぶん水の上を走る船よりは早いんじゃないかしら」

 ロヒを創ることが出来る魔王というものは、そんなよく判らないものまで作っていたらしい。

 なんだかちょっと会ってみたくなった。


 その晩は、崖の下のあまり風が当らない場所を見付け、そこで眠ることにした。

 もちろんその前にヴェルが狩りと夕飯の支度をしなければならない。

 崖の上の北側は森になっていて、獲物はなんとかなりそうだった。今日も僕は焚き火の番で狩りはヴェルとアスラに任せる。

 昨日と同じように二人はすぐに帰ってきたけれど、今日は兎ではなく鹿を狩れたようで、アスラが肩に担いで戻ってくる。

「運ぶのはアスラなんだ」

「ヴェルに運ばせてちゃ遅くて日が暮れてしまうからな」

 そう言うアスラをヴェルが睨む。だけど、昨日よりは憔悴してはいないように見えた。

「さて、解体してくれるかな。ヴェル」

「判ってるわよ。ちゃんと教えて」

「昨日と同じだぞ?」

「大きさも形も全然違うじゃない」

「……わかったよ」

 やはりヴェルは昨日と同じように気味が悪いという顔はしていたけれど、昨日よりも手際はよくなっていて、泣き出しそうな顔ではなく、真剣な顔へと変化していた。


 やはり今日も血抜きに失敗しているらしく、少し匂いの残る肉の味だったけれど、今日のヴェルはバクバクと、まるで数日間を何も食べずに過ごしたかのような勢いで食べていた。

「おい。明日の朝と昼の分は残しておけよ」

「大丈夫よ。まだこんなにあるんだから。アスラが言ったのよ。私の『義務』だって」

 そういうと、またバクバクと肉を食みだす。

 アスラは少し呆れたような笑いを浮かべていたけれど、その顔は安心した顔のようにも見えた。


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