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旅する竜  作者: 山鳥月弓
過去との邂逅
33/59

冒険心

「もうしわけない。突然来て、食事まで頂いてしまって」

 申し訳なさそうにパウレラが朝食のテーブルへとつく。

「いえいえ。ようこそ、こんな何もない北の果てへ」

 アスラのお爺さんが恭しく挨拶をする。

 アスラの家族、そのほぼ全員が、パウレラが竜であることを察しているらしい。パウレラの姿を見て、アスラのお父さんを除く家族全員が驚いた顔をしていた。

 だけど、誰も竜である事を口に出すことはない。

 パウレラ本人から言うのでなければ、やはり口に出すことは憚られるものらしい。


 先にテーブルへとついていたヴェルが、そんな部屋の中の雰囲気など関係なしに発言する。

「パウレラさん。良かった。また会ってちゃんとお話しがしたかったんです。『青竜』のオトイさんの事についてなにか知っていることがあれば教えてください。同じ『青竜の里』の方なのでしょ?」

 皆、驚いた顔をする。

 僕もヴェルが『青竜の里』の事まで知っていた事に驚いてしまった。

 まあ、僕がパウレラは竜だとヴェルへ言ったようなものなのだし、ヴェルのお陰でアスラとまた旅ができるようになるのだから、少しはヴェルの為になる事をしよう。

「パウレラさん。ヴェルの先祖さんがオトイさんと知り合いだったらしいんです。色々とお世話になったらしいので御返しがしたいと、昔から探しているようなんです。居場所を知っているようでしたら教えてもらえませんか?」


 パウレラは少し驚いていたが、すぐに目を伏せて答える。

「そうか、あいつは人の世界で色々とやってたからな……。人を助けた事もあったんだろうね。……ヴェル君。悪いのだが、実はオトイは行方不明なんだ……」

 ミエカとパウレラが話していた放浪の旅の事を思い出す。僕は話しを付け加えた。

「まだ放浪の旅から帰ってこないんですね?」

「いや……。まあ、そうなのかもしれないのだけれど……」

 なにかを決心したようにパウレラが話し出した。

「放浪の旅とはいっても、数年に一度は帰っては来ていたんだ。……それが、この十年は姿を見せていない」

「そうなのですか……」

 話を聞いたヴェルは残念そうな顔をしていた。


「ああぁー。思い出したー」

 突然、アスラのお爺さんが声を上げる。

「そのオトイという竜、わしも会ったことがあるぞ」

 ヴェルが期待を込めて訊く。パウレラの顔にも期待が窺えた。

「え? いつですか?」

「五十年以上、前だな」

 五十年以上も前であれば、あまり手掛かりにはならないだろう。

 ヴェルは少し残念そうにしているが、パウレラは和やかに答えた。

「ええ。オトイから聞いています。クラニ村に魔素どころか竜心まで見る事ができる少年がいたって。それが貴方だったのですね」

 アスラのお爺さんは、その時の事を、まるで武勇伝を語るように話し始めた。

「あれは、わしが初めてエテナへ向かっていた時のことだ。その時、初めて人と戦うということを体験したよ。こう、襲い掛かってくる盗賊達、いや、あれは山賊だったか? まあいい。そいつらを、わしとオトイさんの雷光でばたばたと————」

 皆が食事を終えたあとも、ずっとお爺さんの話は続いていた。


「わざわざ済みませんでした。心配を掛けてしまったうえに報酬まで届けていただいて……」

 アスラがパウレラへと済まなそうな顔で言う。

「いや、いいんだ。気にする必要はないよ。先刻も言ったけど、オトイから竜心を見る事ができる人間の話を聞いていたからね。一度は来てみたかったんだ。……もしオトイを見掛けるような事があったら里へ一度帰るか、サタマの町の私を訪ねるように言ってくれると助かる」

 朝食を食べ終ると、すぐにパウレラは帰ると言い、村を去っていってしまった。

 またサタマの町へ帰るらしい。パウレラはあの町を拠点にして冒険者の仕事をしているということだった。


「それで、どこへ向かう?」

 パウレラが帰っていった後、僕達三人はテーブルでお茶を飲みながら今後の事を話すことになった。アスラの家族は皆、畑仕事や家事などで家の中には僕達三人しか居ない。

「近くの町へ行って、仕事探しからだろ?」

 アスラの顔はまだ少し暗くみえる。まだ僕の事が吹っ切れてはいないのだろう。

「ねえ。私、行きたい場所があるのだけど……」

 ヴェルが少し遠慮勝ちに話す。何時ものヴェルならいきなりその場所をいい出しそうなものだけれど。

「エテナだろ。南下していればそのうちにたどり着くよ」

「違うの。その、……青竜の里に……行ってみたい。この北の村からならば近いのでしょ? お金にならないし、ただ、私が行ってみたいというだけの事なのだけど……」

 アスラが僕の顔を見る。

「場所、知っているか?」

「知っていると言っていいのか……。それに近いといっても丸一日は飛ばなきゃいけないと思うよ」

 僕やアスラであれば、飛んで半日という距離だとは思うけれど、飛ぶのが遅いヴェルであれば丸一日使っても辿り着けないかもしれない。


「隠れ里だということは知っているの。ヴェセミア様でも入れなかった里に、そう簡単に入れるなんて思ってはいないの。でも、行ってみたい」

「入口までは判るけど、入れないと思うよ。僕も入れてはもらえなかったんだ」

「え? 竜なら入れるのではないの?」

「青竜じゃないからね。僕は炎竜だよ」

「竜でも入れないなんて、そんなに厳しいんだ……」

 ヴェルが残念そうな顔をする。でもすぐに立ち直ったらしく、また別の希望が湧いて来たようだ。


「それじゃ、魔王の城。……魔王ゼノの城。……行ってみたい」

 また、少しだけ遠慮勝ちに話すヴェルだけれど、それでもその目には期待が溢れている。

 ヴェルには、もしかしたらアスラや僕よりも冒険心があるのかもしれない。

 アスラが少し驚いたような顔をした。

「ゼノ様の城を知っているのか?」

「ヴェセミア様の手記に書いてあったわ。大きくて卵の形をした城だって。見てみたいわ」

「城はもうないよ……」

 今度はヴェルが驚いた顔をする。


「え? どうして? なにがあったの?」

「さあ。判らないよ。二年くらい前に、突然消えたらしい」

 僕は朝食前に、パウレラが話していた魔獣の森から消えたという変質した魔素のことを思い出す。

「パウレラさんと話していた、変質した魔素が消えたというやつだね?」

「変質した魔素? あっ。その中に居ると魔獣になっちゃうってやつね」

「ああ、よく知ってるな。それもヴェセミア様の手記かい?」

 アスラがからかうように言う。

「ええ。そうよ。悪い?」

「いや、悪くはないよ」

 アスラは少し笑いながら答えていた。

「それなら好都合よ。もう危険はないのでしょ? 行くだけでも行ってみたい」

 アスラが僕の顔を見て訊く。

「どうする?」


 ヴェルはここまで僕とアスラの為に沢山のことをしてくれた。今度はヴェルの頼みを聞く番だろう。

「いいんじゃないかな? 僕も少し見てみたい気がする」

「城はないんだぞ? それにすごく寒い」

「それでもヴェルの気が済むのであれば、いいんじゃないかな?」

 期待に目を輝かせているヴェルへ向き、アスラは訊く。

「行くのはいいが、宿屋なんてないから野宿になるし、食べものも……。いや、これはある意味、いい練習になるか……」

「ん? どういう意味?」

 ヴェルが訊くが、僕もアスラがなにを思い付いたのかは判らなかった。


「道中はヴェルに狩りとその獲物の調理を任せてもいいか?」

「私が狩りと調理?」

「ああ。ヴェルがこれからも冒険者としてやっていくのなら必要になること、覚えなければならないことだ。どうだ? できるか?」

「……やって、やるわ」

 あまり自信は無さそうだったけれど、はっきりと言葉に出してヴェルは言った。

「わかった。それじゃ行こう」

 アスラの承諾を聞き、少し不安そうだったヴェルは、さらに不安になったような顔をして訊いた。

「でも……。でも、ちゃんと教えてくれるのよね? でなきゃ私、なにもできないわよ?」

 僕達は次の日、魔王の城、正確には、その跡地を目指す事になった。


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