生きているロヒ、戻ってきたアスラ
ロヒが死んだ経緯は判った。
だけど、目の前に居る、ロヒに似たロヒではないロヒは、どこから来たというのだろう?
僕は目の前のロヒを見ていた。
アスラのお爺さんが僕の視線に気付いたらしく僕の疑問に答えてくれた。
「そのロヒは、魔王、ゼノ様が創ったロヒなんじゃよ」
竜であれば卵を作るけれど、魔王も竜の卵を作ったのだろうか?
それまで泣いて赤くなった目をなんども拭っていた小母さんが、老人の話へ割り込んだ。
「父さん、創ったなんて言わないで。……私が説明するわ」
そう言った、初老の夫婦の奥さん、つまりアスラの母さんが語りだした。
「私は、そこの三人の母親。つまりロヒの母さんということになるわね。でもロヒは私達夫婦と血の繋がりはないの」
確かにアスラともう一人の若い男は顔立ちも似ている。こちらはアスラが言っていた二人の兄の一人だろう。
「ロヒは私が結婚する直前、ゼノ様、つまり魔王から預かった子なの。勘違いしないで欲しいのだけれど、魔王といっても人間がそう言っているだけで、別段、悪魔的な邪悪な存在というわけではないのよ。あなた達、竜も魔王と言っているのだったかしら?」
そう言ってアスラの母さんは僕を見る。
アスラの鋭い目付きとは対照的に、その目は優しく暖かさを感じた。
「そのゼノ様は、私達の呪いを解く薬を作るのと同時にロヒの遺骸からロヒを生みだしたの。でも私達にその意味は教えてくれなかった……」
「つまり気紛れに作られたということだね」
ロヒにそっくりなロヒが話を茶化すように口を挟み、アスラのお母さんはロヒを叱るように言った。
「ロヒ、それは違うと何度言えば判るの。あなたを生んだ意味は必ずあるわ。生まれてくる命に気紛れなんてあってたまるものですか」
ロヒは寂しそうに笑いながら下を向いた。
「だからそこに居るロヒは、あなたのお父さんの生まれ変わりとも言えるわ。でも別のロヒでもある……」
僕がロヒを見ると、その視線に気付いたロヒは、寂しそうに、けれど、僕の記憶の中にあるロヒと同じ、柔らかい笑顔を見せてくれた。
ロヒの事は一通りの話を聞き、僕は理解することができた。
目の前に居るロヒはロヒに似せて創られたというだけで、魔族でもなければ人でもなく、元のロヒがそうであった本来の竜ですらないという。
目の前に居るロヒを見ていると理解はできていても、やっぱり、なんともいえない変な感じがする。
ロヒは僕の視線に答えるように、柔らかな笑顔を絶やすことなく僕へと向けてくれる。
ロヒであってロヒではないロヒに、僕はどういう態度を取ればいいのだろう……。
日が暮れたので話を一旦終え、夕飯をご馳走してもらうことになった。
食事を終え、食器の片付けなどを済ませるとヴェルがアスラへと向かって言った。
「さあ、次はあなたの番よ。アスラ」
そう。僕とヴェルはアスラを追い掛けてこの村まで来たんだ。
突然、ロヒが現れ、僕はその事まで考えが回っていなかった。
アスラは小さく溜息を付くと僕とヴェルに向き合うように、テーブルへとついた。
「説明してちょうだい。なぜ突然いなくなったのか」
「ラプにはもう判っていると思うけれど……」
「判っていても関係ないわ。あなたの口から説明するべきよ」
アスラの家族は遠巻きに僕等を見ている。
アスラは面倒そうに話を始めた。
「簡単に言えば、ラプと仲間だと言われて、ロヒの事でラプに対して負い目がある俺にとっては、仲間だと言われる度に、その言葉が苦痛になってしまったんだ……」
「ラプが、伯父さんが殺したロヒの子だということは、最初に見た瞬間に判った。ロヒ兄にそっくりだったからな。それでも、それほど深く考えずに仲間に誘った。だけど……」
「海賊に親を殺された子供が居ただろ? あの子を見て、ラプも同じように仇を討ちたいはずだと思ってしまったんだ……」
「そんなラプの側で、なにくわぬ顔で俺は仲間だなんて言えないじゃないか……」
「それにラプの親を殺した伯父さんに対して俺は、感謝すらしている」
「そんな俺がラプの側で仲間面しているのが自分で嫌になったんだよ。……それが、俺が仲間から外れた理由だ。…………これでいいか?」
ただなんとなく、アスラが萎竜賊であることで僕に対して負い目のようなものを感じているのだろうと思っていた。
実際にはもう少しだけ複雑だったらしい。
なんにせよ、理由は僕が原因だった事には変わりはない。
ヴェルが僕を見て訊いてくる。
「ラプは、仇討ちはしないのよね?」
「うん。ロヒを殺したアスラの伯父さんは死んでいるのだし、仇はもう居ないのだからやりようがないよ」
「その家族であっても、よね?」
「うん。そのお爺さんのいう通り、仇討ちをしたくなったら、そのお爺さんだけにするよ」
それを聞いたアスラのお爺さんは目を丸くする。
一瞬、部屋の中が静まり返った後、僕の周りに居た、アスラの家族全員が笑いだした。
お爺さんは苦笑いだったけれど、アスラは俯き、寂しそうな笑いだった。
「それじゃ、ラプはアスラを仇だとは思っていないということでいい?」
「うん」
「これまで通り、アスラを仲間だと思えるということでいい?」
「うん」
聞かれるまでもなく、僕の中のアスラは出会った時となにも変わりはしない。初めから萎竜賊と関りのある人間であり、仇の身内かもしれないと思っていたのだから。
「次はアスラよ。アスラはラプをこれまで通り、仲間だと思える?」
「それは、……わからない」
「どうしてよ」
「ラプがどう思おうと、俺はラプの親を殺した仇の身内だ。俺の中のその考えが無くならない限り、ラプに対する負い目も消えはしない。負い目を感じながら仲間だと言えるか、俺にはわからないよ。少なくとも対等の付き合いにはならないだろ?」
僕達は仲間という関係ではなくなってしまったらしい。
ヴェルは考え込んでしまった。
どれくらい考えていたのだろう。その静けさを破って、ヴェルが話を続ける。
「……それじゃ、私は? 私はまだ仲間だと思ってくれてる?」
「え? ああ、ヴェルに対しては、なんの蟠りもない」
「それじゃ、ラプとアスラの関係だけが問題なのよね……。うん。そうなのであれば、アスラはラプの従者になりなさい。そうすればまた三人で旅ができるわ」
「え?」
ヴェルのあまりに唐突な提案にアスラの家族全員が唖然としたような顔をしている。
アスラが我に返ったように返事をした。
「どうしてそうなる」
「だって、仲間としては負い目に感じるのでしょ? 従者なら負い目を持っていても問題ないわ」
「いや、そうじゃなくて。どうして俺が誰かの下僕みたいな付き合いをしなきゃならないんだってことだ」
「下僕じゃなくて従者よ」
「違いはないだろ」
「それじゃ下僕でもいいわ。うん。それでいきましょ」
「どうしてそうなる……。ていうか、なんでヴェルが仕切ってんだ」
「ぷっ」
僕はつい吹き出してしまった。
それを聞いていたアスラの家族全員も笑い出す。
僕はやっぱり二人の会話を聞いているのが楽しい。
この二人の内、どちらかが欠けてしまっても、僕の旅は寂しく感じてしまうだろう。
「それじゃ、僕がアスラの従者になるよ。そうすればまた一緒に旅をしてくれる?」
「ラプ、なにを言いだすんだ……」
「なんでも良いんだ。僕はアスラとヴェルの三人で旅を続けたい。それだけなんだ」
「……」
「旅をしているとき、アスラとヴェルが側にいてくれるだけで、僕はその旅が楽しくなるんだ。アスラが僕に負い目を感じるのも、僕がアスラの下僕になるのも、どうでも僕は気にしない。ただ二人の会話を聞いていて、そこに僕が居れば、それだけで僕の旅は素晴らしいものに感じられるんだ」
「おまえら、訳がわからんよ……」
アスラは俯いて、ほんの少しだけ笑ったと思うと、諦めたように話を続けた。
「……わかったよ。旅を続けるよ。従者だとか下僕だとかいうのも無しだ。二人が対等じゃなきゃ俺がまた嫌になる。でも言っておくが、俺に負い目があることに変わりは無い。これまでと同じような、ラプが楽しいと感じるような旅になるのかは判らないぞ」
僕はまた三人で旅ができることが嬉しかった。
アスラが僕に対して負い目を感じているのなんて、すぐに忘れると思った。
だって、このテーブルで話をしている時のアスラとヴェルは、いつものアスラとヴェルだったのだから。




