山の中での出来事
皇都で行われる冒険者になる為の講習というのは二ヶ月毎にあるらしい。
その講習というのは冒険者として必要となる諸々の事柄を教えてくれ、その時に講師から冒険者として問題ないかを見極められると言われた。
不合格だと講師から言われれば登録できないが、そんな事はあまりないらしい。
冒険者として問題があったとしても、それはその冒険者自身の問題で組合に不利益なことはあまり無い。冒険者の数が増えてくれた方が良い組合としては余程の事がない限りは、どんどん合格させているらしい。
次の講習は二週間後にあるということなので、少し急ぐことにしよう。
多分、次の講習開始日に間に合うはずだ。
アルカンを出発して十二日目。今、歩いている山道が下りになるころには皇都が遠くに見えるようになる。夕方には皇都へ入れそうだ。
左手にはヴオリ山も見えてくるはずだけど、残念ながら今日は曇っていて見えないだろう。
あの山には僕のお爺さん、つまりロヒの生みの親である白竜が住んでいる。
人間のように男とか女とかの区別がないのでお爺さんと呼んで良いのか本当の所は判らないけれど。
僕は人の姿の時は男だと思われた方が色々と便利な事が多い。多分、ロヒも白竜も同じはずだ。なので、竜はみんな男だと思うことにしている。つまり白竜はお爺さんだ。
そんな事を思いながら曇って見えないヴオリ山の方を見ながら歩いていると、周りの森に人の気配がする。
この辺りには山賊が多い。
普段は皇都から警邏隊が頻繁に巡回しているので出会すことはないのだけど、今日の僕は運が悪かったようだ。
僕の前を塞ぐように二人の男が森から飛び出してきた。既に剣を抜いてこちらを威嚇するように構えている。さらに、僕の後ろにも一人、気配を感じる。
「ちっ。子供か……。悪いが子供でも見逃せないんでな。荷物は全部置いていってもらうぞ」
僕は背中に背負っている剣を抜く。
魔法で対処するので剣は使わないつもりだけれど、ミエカから戦闘体勢に入る時は抜くように言われていた。
抜いた剣を自分の前に斜に構える。ミエカから習った防御と攻撃両方に対応できる構えだ。
「おいおい。大人三人を相手に刃向かうつもりか?」
前に居る二人はニヤニヤと気持ちの悪い笑顔を浮かべている。たぶん後ろの人も同じようににやけているだろう。
ふと、アルカンの町で冒険者組合のおじさんが言った「剣士志望なのか」という言葉を思いだした。
自分の剣の腕というものを知っておくのは悪いことじゃない。
ミエカと暮らすようになってからは、ほぼ毎日のように剣の稽古はしていた。
強要された訳ではなく、ミエカが朝夕に必ず剣を振っているのを見て、なんとなく格好良くみえたのが始まりだった。
僕には魔法があるので、あまり必要ないと言われたけれど、ミエカはきちんと相手をしてくれて、一年程前に初めてミエカに「負けた」と言わせることができた。
ミエカに剣を習い出して二十年以上かかったのだから、僕はあまり剣の才能は無いのだと思う。だけど、二十年も練習したのだから、それなりに使えるはずだ。
僕が黙って剣を構えていると、馬鹿にしたようにニヤニヤと笑っていた前の二人もやっと僕が本気で戦う気だと判ったらしく、二人共に笑顔が消え、右側に居た一人が剣を構えたままじりじりと僕の右側へと移動し始める。
僕は目の前の山賊へと突っ込んでいき、一気に間合を詰めた。
多分こいつが頭目だろう。
後ろにいる一人は、たぶん、飛び道具を使うはずだ。僕がこの頭目だったならそうさせる。
後ろの奴は僕が動いたと当時に飛び道具を使うはずなので、間合を詰めたのと同時に、一旦左へと飛び退いて、後ろの敵の様子を見る。
読みは合っていた。
矢が飛んで来ていたが、僕が避けた事で矢は目の前の頭目へと飛んでいった。
「うぉ」
その頭目は矢を避けるように姿勢を崩しながら、剣で打ち落とす。
飛んでいる矢を剣で受けるなんて、この人は結構強いのかもしれない。
僕は普通の人間から見れば冷酷なのだろう。
子供のころから生きた動物をそのまま食べていたからだろうか。
これからこの人を斬るということに躊躇いを感じず、まるで剣術の練習をしているような感覚で冷静に対処できている。
戦いなのだから、矢に気を取られ姿勢を崩した敵を僕はそのまま見ているようなことはしない。
隙ができた目の前の頭目へと突っ込んでいき、すれ違いざまに左腕を斬り落し、そのまま頭目から少し距離を取るように駆け抜けた。
頭目が重症を負ったのだから、これで引いてくれれば良いのだけれど。
頭目は斬り落された腕の前で膝をついて口をぱくぱくとさせているが声になっていない。錯乱しているのだろう。
僕の右側へと回り込んでいた奴が頭目へと駆け寄っていった。
矢を放った奴へと目を向け、ぎょっとする。
人にしては強い魔力を感じる。
しかも少し様子が変だ。左腕辺りから感じ取れる魔力に違和感がある。
見えている魔素も、普通は白い靄のように見えものだけど、その左腕付近に纏っているそれは黒っぽく見えた。
腰に剣を下げてはいるが魔導士なのだろう。
強く感じ取れる魔力と左腕の様子に、僕は緊張する。
気付くともう一人、その魔導士の足元に誰かが倒れていた。
「ああ、そうか」
倒れている人が僕に矢を放った人なのだろう。弓もその横に転がっている。
あの魔導士は通りすがりで、僕を助けてくれたということらしい。
山賊二人は、一人が頭目を支えながら、よたよたと森の方へと逃げている。
腕を斬り取った頭目はなにやら喚いているが、よく聞きとれない。あれだけ騒げるのなら死ぬことはないだろう。
その二人の様子を見ていると、いつの間にか助けてくれた魔導士がこちらへと近付いてきていた。
その魔導士は、色の付いた糸で模様を付けた黒い服を着ている。刺繍というのだったろうか? あまり見たことが無い服装だった。
歳は十七くらいだろうか? 背が高いが顔はまだ幼く見える。
黒い髪で、その鋭い目付きには、強く不思議な魔力と相まって、先刻の山賊三人などよりも危険な気配を感じた。
背負っている背嚢には小さな板が貼り付けられている。盾だろうか? 盾を使う人はあまり見掛けないが、それにしては直ぐに壊れそうな盾だ。
その魔導士は僕の側までくると逃げている山賊二人を見ながら話し掛けてきた。
「あのまま逃すのかい?」
「殺しちゃった方が良いでしょうか?」
その人は少し驚いたような顔を見せた。
「いや……、殺さなくても。……気絶させれば、その内にこのあたりを巡回している警邏隊が見付けてくれると思うけど」
「気絶? どうやって?」
殺さずに気絶だけさせるくらいの加減というのは、どれくらいなのか判らない。
腕を斬り落した方は、これ以上やれば死んでしまいそうだ。
「こうやるんだ」
そう言うとその魔導士は、雷光を逃げようとしている二人へと落とす。
軽い「パン」という音と同時に小さな稲光が走ったと思うと、その二人の山賊は倒れてしまった。
「あれ、生きてます?」
「たぶん平気だと思うよ」
ミエカと旅をしていた時にも何度か山賊に襲われることがあったが、大抵はミエカが頭目と思われる奴の腕を斬り落として、それで終わることが多かった。
今日の僕は、それを真似ただけだ。
ミエカであれば残党がとぼとぼと逃げる所を見るだけで、それ以上のことはしなかっただろう。僕はこういうやりかたもあるのかと、ちょっと感心してしまった。
この若い魔導士から先刻感じた危険な気配は、気の所為などではないようだ。