記憶にある竜
僕とヴェルはアスラの故郷らしいクラニ村へと飛んでいた。
場所はパウレラに地図を見ながら教えてもらったけれど、歩けば二ヶ月以上はかかりそうな距離があった。
僕が急いで飛べば、その日の夜には辿り着くとは思う。だけどヴェルはそれ程早くは飛べない。
多分、二泊くらいはどこかで宿を取ることになりそうだった。
そろそろ日が暮れそうになったので、近くの宿がありそうな町へと行き、そこでその日は泊まることにした。
夕飯をヴェルと二人だけでとる。寂れた町の寂れた宿の食堂でとる夕飯は、あまり美味しさを感じない。
それに、アスラが居ないのでやはり寂しい。こんな宿でも三人でとる食事ならば楽しく美味しい食事だと感じていたはずだ。
「パウレラさんって、なに者なの? アスラみたいに魔素が見えるらしいし、私達と同じように飛べるほど強力な魔力を持っているし……」
食事中に話し掛けられ、急いで口の中のものを飲み込んでから僕は答える。
「それは直接本人に訊いてよ。僕から言って良い事ではないから」
「……それはつまり、普通の『人』ではないということね?」
「……」
多分、ヴェルはもう気付いているのだろう。
「ヴェセミア様の手記にオトイさんという、多分、竜だと思われる人物が書かれているの。その人にもロヒ様と同じようにお世話になったから恩返しをしたいと書かれている。だからそのオトイさんも私達は探しているのよ」
見た事はないけれど、記憶の中にある会話にはオトイの名前は残っていた。
その名前は昔、青竜の里でミエカとパウレラの会話の中で聞いた覚えがある。同一人物かは判らないけれど。
「その人の特徴に青い髪で細身というのがあるのだけれど、パウレラさんも青かったでしょ。それで、もしかしたらなにか関係があるのかと思ったの……」
ヴェルはそう言うと僕を見詰めた。その目と表情には、大きな期待が表れていた。
青竜の里で見た、人へと変化した竜達は、皆、青い髪だった。
ほぼ間違えなく、僕が聞いたオトイと同一人物だろう。
つまり、パウレラが知っている人物でもある。
「パウレラさんとの関係は、とりあえず何もいうつもりはないけど、そのオトイという人物は確かに竜だと思うよ。ミエカとも知り合いだったから、僕も名前だけは知っている」
ヴェルの顔が嬉しそうな笑顔になった。
「その人……、その竜、オトイさんの居場所は判らない?」
ヴェルのその期待に満ちた顔を見ると答えてあげたいとは思うけれど、僕も会ったことすらない竜の居場所など知りようもない。
ましてや、オトイは人の姿であちこちを放浪しているという話ではなかっただろうか。
確かにパウレラであれば、知っているか、手掛かりを持っているかも知れない。
もしもパウレラに再会できたならば訊いてみよう。
「悪いけど、僕には判らないよ」
「そう……」
「なにか判ったら教えるよ」
「うん。お願い」
多分、ヴェルも僕がパウレラに訊くことを期待しているのだと思う。
アスラが姿を消さなければ、ヴェルが直接パウレラへと訊いていたのかもしれない。
これも僕の所為だ。
それからはあまり会話もなく、あまり美味しさも感じない食事を口に運ぶだけだった。
それから二日間を飛んだ。
その二日は、いつものアスラとヴェルの会話もなく、ただ飛び続けるだけのつまらない旅だった。
今日はクラニ村へと辿り着くだろう。
アスラは居るのだろうか?
僕はまたいつもの楽しい会話が聞ける旅がしたい。
「この村、クラニ村ですか?」
クラニ村と思われる村へ辿り着くと、最初に出会った人へと訊く。
その人もアスラほどではないけれど結構な強さの魔力を持っているようだ。感じ取れる魔力も異質なものに感じる。この村の人々は皆、アスラのような魔力を持った人々なのだろうか。
「ああ、そうだよ」
なんとか辿り着けたようだ。
ヴェルも安心したような顔をしている。
「ここにアスラという人の家があると思うのですが、ご存知ありませんか?」
「アスラ? アスラ、なに?」
「アスラ……、クラニ……なんだっけ?」
ヴェルは僕を見て訊くが、僕だって覚えていない。アスラはアスラだ。
「確か、クラニキラの所の末っ子がそんな名前じゃなかったかな?」
「そう、それです。クラニ……なんとか」
その村人は笑いながら答える。
「この村は大抵、クラニなんとかなんだ。クラニキラさんなら、村の一番北にある家がそうだよ。この道をまっすぐいって、その突き当たりに家があるからすぐに判る」
村といってもかなりの広さがある村らしく、道を十分以上歩いているが家は見えてこない。
「クラニ……、なんだっけ?」
「クラニキラ」
「そのクラニキアさん、姓の最初のほうは村の名前なのね」
「クラニキラ。……そうだね。先刻の人はそういっていたね」
「そういえば、ラプはミエカさんの姓を名乗っているけど、ロヒさんはなんていうの?」
ミエカに「今日からラプは『ラプ・ファクタヴァル』だ。人に訊かれたらそう答えなさい」と言われて、そう名乗っていたけれど、よく考えるとどうして姓などというものがあるのだろう? 竜にはそんなものない。
「ロヒはロヒだよ。竜に姓なんてないよ」
「へえ。そうなんだ。面白いのね」
「……僕は人間のほうが面白いと思うけどな。どうして名前だけじゃいけないの?」
「……それは……。家族というものを大切にしているからよ。……きっと」
「僕だって、ロヒもミエカも大切な人と竜だよ」
「うん……。そうだけど……。まあ、人間の世界は家族で区別すると便利なことが多いから……かな」
きっと僕の知らない所で役に立っているのだろう。その内に判るときがくるかもしれない。
さらに数分歩き家が無くなってくると、畑と遠くにある山と森しか見えなくなってくる。
今歩いている道の先、その遠くにも森が見えるけれど、あれが魔獣の森と呼ばれる森だろうか?
以前、何度か見たことがあるはずだけど、今見えている魔獣の森は、これまでとは違っているように感じる。以前はもっと不気味さのようなものが感じ取れていたのだけれど。
まだ季節は秋のはずなのに、この辺りでは既に雪が降っているらしく、日陰になった場所には雪を見ることができた。ぼんやりと景色を見ながら歩いていると、なんだか肌寒さまで感じてくる。
畑の側を歩いていると、ふと畑仕事をしている人が目に入った。
「あの人にアスラの家の場所、訊いてみようか?」
いつまでも見えてこないアスラの家というものに、道を間違えたのかと思い、ヴェルへと提案してみた。
「そうね……。……あっ」
少し驚いたような声を上げ、ヴェルが見ているその視線の先へと目を向けると見覚えのある姿があった。アスラだ。
ヴェルは走りだしていた。畑の中を走ってアスラへと近づいていく。
僕もヴェルを追いかけたけれど、なんだか二人の邪魔になりそうで、歩いていった。
ヴェルはアスラの側まで行くと、叫ぶ。
「私達、仲間じゃなかったの」
アスラは驚いたような顔をしてヴェルを見ていたけれど、僕を見ると悲しそうな顔をして僕から視線を逸らせる。やはり急に姿を消した原因は僕にあるらしい。
「まさか、ここまで来るとは思わなかったよ……。少し待っててもらえるか。畑仕事が終わったら家へ案内するよ」
僕とヴェルは畑仕事をしているアスラを眺めて数十分を待った。
アスラが仕事を終え、僕たちはアスラを先頭にして歩く。
「ラプ、家に着く前に一つ聞いておいて欲しいことがあるんだ」
「え? なに?」
「俺には兄が二人いる。その一人、一番上の兄貴の事なんだけど……」
「うん」
「その……。見ると驚くと思う……」
「どうして?」
「それは……。とにかく気をしっかり持って、あまり驚かないで欲しいんだ」
驚くのに驚くなというアスラの言葉は意味がよく判らない。それはアスラが仲間を外れる原因に関係あるのだろうか?
「え? うん。よく判らないけど、驚かないようにするよ」
「ああ……。とにかく気をしっかりと持ってくれ」
気をしっかりと持つというのはどうすれば良いのか、それを教えて欲かった。
アスラの家へと着き、玄関へと入ろうとするとアスラが「ここで少し待っていてもらえるかな」といってアスラだけが中へと入った。
家の中からは数人の話し声が聞こえてきた。会話の内容までは判らなかったけれど、なにか慌てているような雰囲気が感じ取れる。
数分後、中からアスラが出てくる。その後ろから一人、アスラよりも更に背が高い人も出てくる。
その初めて見るはずの顔は、ロヒが昔、人として冒険者をしていた頃の思い出を念話で見せてくれた中で見たことがある。
それはロヒ自身の顔だった。人の姿をしたロヒだった。
「ロヒ……」
赤い髪をし、柔らかな笑顔を浮かべている。
忘れるわけがない。
記憶違いのはずがない。
だって、その顔は僕の顔と同じだったのだから。




