仲間
ヴェルが船へと戻った後も、僕はぼんやりと港を見ていた。
よく見ると全員が死んだわけではないようで、少しずつ動いている人がちらほらと見える。
「しぶといな……」
自由に動ける訳ではなさそうなので放っておくことにしたけれど、アスラに怪我をさせたという事への怒りは、まだ少し残っていた。
「アスラが無事で良かった……」
アスラの事を思いだし、探しに行こうかと立ち上がると、島の方から飛んでくる人影が見えた。
アスラだ。
アスラも僕を見付けたらしく、そのままこちらへと飛んでくる。
僕が立っている帆柱までくると「いいところだな」といって帆柱へと腰を下した。
アスラと同じように僕も腰を下す。
「……怪我はもういいの?」
「ああ、悪かったな。心配かけた」
「いや……」
「これ、ラプが一人でやったのか?」
「うん……」
「すごいな……」
「……怖いでしょ。ヴェルは怯えていた……。……僕は人の中にいちゃいけないという事が判ったよ」
「どうして?」
「ミエカが言っていたんだ。人より強い力を持った僕は、その力を制御する事を覚えないといけないって。それができなきゃ僕を殺してでも止めなきゃいけなくなるって。ミエカがここに居たら僕はミエカに殺されていたはずだよ」
「……それはないよ」
僕はアスラを見る。
ミエカに会ったこともないアスラになにが判るというのだろう。
「ミエカも冒険者だったんだろ? それもかなり有名な冒険者だ。同じように人を殺したことがあるはずだろ。綺麗事だけじゃ冒険者なんて出来ないはずだ。確かにこれは少しやりすぎかもしれないけど、仕事としてやったんだ。楽しんでやった訳じゃないだろ?」
「でも……」
確かに楽しんだ訳ではない。
かといって仕事としてやったとも言えない。
これは獣の仕業であって人の道からは外れているはずだ。
「それにこれは俺の所為でもある。俺が落ちた所を見て俺の為にやったことだろ? 責任は不注意で落とされた俺にもある。だからもう気にするのはやめろ」
気にするなと言われても、そう簡単には頭の中から消えてはくれない。
多分、数日、数ヶ月、もしかすると数年は頭の中に残って、事ある毎に思い出すことになるはずだ。
「気にするな、なんて、無理じゃないかな……」
「それじゃ、やっぱりラプは人と変わらないじゃないか」
「え? 人と?」
アスラは僕が竜だと知っているのだろうか?
「あっ……。もう、いいや……。ラプお前、竜だろ?」
「知っていたの?」
「初めから知ってたさ。最初、見た時に『あ、こいつは竜だ』って判ったよ」
僕は少し驚いた。ばれたかもと思った事は何度かあったけれど、初めからだとは思ってもいなかった。
「今、ラプは自分が凶暴な竜だから人の中に居られないと思っているんだろ?
凶暴な竜なら、こんな事、すぐに忘れて気にすることなんかないはずだ。
でもラプはそれを気にしている。
それじゃ、やっぱりラプは人と変わらないじゃないか」
「アスラ……」
僕は涙が流れていたらしい。目の前のアスラが滲む。
「泣いているのもやっぱり人と変わらない証拠だろ」
アスラと出会えて本当によかったと感じていた。
それでもやはり僕は人より残忍だと思う。
これは忘れてはいけないことだと思う。
これから先、同じような事が何度もあると思う。
けれど、少しずつでもこの残忍さを消していけるのだと、ミエカは思っていてくれたはずだ。でなければ僕を人の中で育てたりはしなかったと思う。
ふと、後に気配を感じ振り向くとパウレラとヴェルが飛んで僕等を見ていた。
「ラプ君、少しは落ち着いたかな?」
「え? あ、はい」
「ヴェル君が、ラプ君が心配だというから飛んできたんだ。でももう大丈夫そうだね」
「はい……」
「ラプ君はいい仲間を持っているようだね。ミエカ殿も喜んでいると思うよ」
アスラが恥ずかしそうに訊く。
「話、聞いていたんですか?」
「ああ、聞いていたよ。私じゃ君みたいにラプ君を勇気付けることができなかったよ。ラプ君を昔から知っている、ミエカ殿の友人として、君に感謝するよ。ありがとう」
「いえ……俺は礼をいわれるようなことは……」
アスラは少しだけ嬉しそうな顔になり、照れたように顔を赤くした。
「これからもラプ君の良い仲間であってくれ」
「……はい」
そう言うアスラの顔が、嬉しそうに照れた顔から、目を伏せ、なにかを思い詰めたような沈んだ表情に変わったように見えた。
気の所為だろうか?
ヴェルが悄気た顔をして、僕に言う。
「ラプ、ごめん。私、なにも言ってあげられなくて……」
「ううん。僕こそ、ごめん。怖い思いをさせてしまって……」
「ラプが怖いと思ったわけではないのよ。人が沢山死んでいくところを見たのは初めてだったから、それが怖かったの……。私はラプが竜だということは知っていたのだからあれくらいの事は出来ることも知っていたのよ。信じてくれる?」
「ああ、うん。信じるよ。あやまるのは僕なんだからヴェルは気にしないで」
その言葉が本当かどうかは関係ない。僕を心配してくれたということが嬉しかった。
竜である僕を怖いと思うのは当然のことなのだから。
「ところでアスラ君、君はラプ君が竜だと判っていたと言っていたが、どうしてそれを知ったのか教えてくれないかな? もしかして魔素が見えるのかな?」
「……はい」
アスラは答える前に僕を少し見たような気がする。なにか僕の魔素は変なのだろうか?
「まあ、その話は帰ってからゆっくりとしよう。船が来たらしいから誘導しなきゃ」
下を見ると乗ってきた船が入江へと入ってくるところだった。
僕は立ち上がり、パウレラへと訊く。
「僕は先に町まで帰ってもいいですか? 他の人達まで怖がらせたくはないので……」
「ああ、そうだね。それがいいかもしれない。でも大丈夫かい? 暗くなるまでに戻れるかな?」
「はい。大丈夫です」
僕は一足先に町まで帰ることにした。
「当然、私達も一緒に帰るわよ」
「そうだな。……ラプ一人だけ、船酔いしないで帰ることは許されんぞ」
「アスラ、なに照れ隠しを言っているのよ。素直に『俺達は仲間だろ。一緒に帰ろう』くらいいいなさいよ」
「仲間……、ばか。言えるか」
二人も一緒に帰ってくれるようだ。
でも、この時、また、アスラの顔が少しだけ曇った事に気付いた。
僕等三人は並んで飛んでサタマへと向う。アスラとヴェルは僕を挟んで飛びながら話を始めた。
並んで飛ぶと、不意の突風でぶつかってしまう危険があるので、少し距離を取って飛ばなければならない。
距離があるのと風を切る音があるので、会話をするには大きな声を出す必要があった。
「アスラ、どうしてラプが竜だと知っていると、もっと早くいってくれなかったのよ。これまで苦労して隠していたのが馬鹿みたいだわ」
「それは……、そう、隠しているのだから、それを言うのは野暮だろ。本当は知っているなんて俺から言うつもりはなかったんだ」
会話が始まると、僕は邪魔にならないように少しだけ後ろへと下る。二人の距離が少し縮まった。
「さっき言っていた魔素が見えるってどういうこと?」
「……俺は魔素が見えるんだ。魔力を持っている人間や竜は、その身体の周りに魔素を纏っているように見える」
「それで、どうしてラプが竜だと判るの?」
「それは……」
アスラは、パウレラから魔素が見えるのかと訊かれた時と同じように、後ろを飛んでいる僕を少しだけ振り返る。
「魔素が異常に強く見えるからだよ」
「でもすごく強い魔力を持った人間だっているかもしれないじゃない。すぐに竜だと判るものかしら?」
「俺は判るんだ」
「それじゃ、見た瞬間に、相手が強い魔導士かどうか判るということね?」
「そうだな。だいたい判る」
ヴェルは少し小さな声で言う。
「ずるいわ」
「え? なんだって?」
「ずるいって言ったの」
ヴェルが僕を振り返る。
「ラプも見えるの? 魔素」
「うん。見えるよ」
「やっぱり、二人共、ずるい」
僕に魔素を見る力を与えることができるのであればヴェルにあげたいと思った。
それくらいで僕が感じている二人への感謝の気持ちは返すことができない。
この楽しい会話は、先刻まで僕の中にあった陰鬱な気持ちを和らげてくれていた。
でも、時折見せるアスラの曇った顔も気になっていた。
アスラは僕をまだ、本当の仲間だと思ってくれてはいないのだろうか?




