暇な一日
「そうか、仕事の話は一階の食堂に行って話そう。ところでラプ君、ミエカ殿は?」
「……死にました……」
そう言った後で、ミエカが死んだのがまだ二ヶ月も経っていない事なのに、随分と昔のことだったように感じた。
「そ、そうか。残念だね……」
そう言ってパウレラは僕をゆっくりと抱き締めてくれた。
僕達はパウレラと宿屋の食堂で話しをすることになった。
「なぜラレウパって名前で募集依頼をしたのですか? パウレラという名前だったらもっと早く気付いていたかもしれないです」
僕がパウレラの顔を思い出せない言い訳をすると、パウレラは苦笑いで答えてくれた。
「普通の冒険者と違って、あまり名前を知られたくはないからね……。ラプ君は判るだろ?」
「……はい」
竜であるということは、これから先、何十年、もしかすると何百年もの間を人の世界で過ごすことになるかもしれない。
竜であることを隠したいと思うのであれば、名前を覚えてもらうという事は不都合でしかないだろう。
「私達とは逆なんですね。私達は名前が知られていない所為で、仕事を受けるのですら難しいのに……」
ヴェルが不思議そうな顔で答えた。
ふと思いついたようにヴェルが言葉を続ける。
「もしかして誰かに追われているのですか?」
確かに偽名で冒険者をやっているということは誰かから逃げていると思うのが普通かもしれない。
パウレラは笑いながら答えた。
「いや、そういう訳ではないよ。……あまり人と関わりたくないというだけのことなんだ」
「そうですか……」
ヴェルはあまり納得できていないようだった。
不意に念話が頭の中に響く。
念話の感覚があまりにも久しぶりだったので、少し驚いてしまった。
「この二人は、君が竜であることを知っているのかい?」
パウレラからの念話だった。
僕は念話で話し掛けることができないので、こんな便利な念話というものは早く習得したいと思ってしまった。僕は北に住む氷竜のおじいさんに人の姿へ変化する方法を教えてもらったけれど、今度は念話を習いに行ったほうが良いのかもしれない。
「アスラは知りません。ヴェルは知っています」
僕は念話ではなく、強く頭の中で考えることで返事をする。パウレラはそれを読み取ってくれるはずだ。
パウレラは少しだけ頷いた。
「あらためて自己紹介させてもらうよ。私はラレウパ、もしくはパウレラ、どちらでも良いけれど、今回の仕事中に呼ぶ時はラレウパと呼んでもらえるとありがたい」
パウレラは「それじゃ、君から名前を教えてもらえるかな」と言いながらアスラの方へ顔を向けた。
「俺はアスラといいます。魔法も剣も使えます。どちらでも問題なく海賊退治ができます」
アスラは自信満々に言うが、これまで海賊退治なんてやったことがあるのだろうか? 僕は上手くできるのか自信はない。
パウレラはヴェルへ向うと「それじゃ、君もおねがい」と促す。
「私はヴェルといいます。剣は使えません。魔力は二人には劣りますけど皇都でもそれなりに強い魔力を持っている方だと思っています」
ヴェルは少し緊張しているらしい。話していながら目があちこちへと向いて表情が強張っていた。
「なるほど、確かに君達は役に立ちそうではあるけれど、まだ子供だよね? 歳はいくつかな?」
「三人共同じ十五です。三人共飛べるので空から攻撃できるし、偵察とかも出来るので他の冒険者と同じ位には働けると思います」
僕は、今回の仕事はパウレラの知り合いである僕が頑張らなければならないような気がして、アスラとヴェルより先に答える。
「え? 十五……」
パウレラが僕を見て、少し笑いながらそう言った。
「ラプは十歳くらいに見えますけど、私よりも魔力は強いし、剣だってそこいらの剣士にだって負けません。あ、アスラも剣はラプと同じくらいに強いです」
ヴェルは、パウレラが僕の歳を十歳くらいだろうと考えていると思って助言してくれたらしい。けれどパウレラが僕を見て驚いたように言ったのは、僕の本当の歳を知っているからだ。
「ああ、そうだね。ラプ君の歳は確かに十五だったよ」
少し笑いながらパウレラは答えた。僕の嘘に話を合わせてくれたようだ。パウレラは自分の歳を答えるとき何歳だと言っているのだろう?
「それより、三人共飛べるというのは凄いね」
その言葉を聞いたアスラとヴェルの顔は少し嬉しそうだ。
「でも……、飛べるからといって安全な訳ではないからね。海賊にだって魔導士はいるし弓を使う者だっている。飛べるからと言って安心していると足元を掬われるよ」
アスラとヴェルの顔が曇る。
「とは言え、ラプ君の頼みだ。断る訳にはいかないだろう。それに飛べるということは、それだけでかなり高位の魔導士だということも判る」
二人に笑顔が戻った。僕はパウレラに確認した。
「えと、それじゃ僕達は仕事に参加できるんですね?」
「ああ、構わないよ。……本来なら怪我も命を落とす事も冒険者であれば覚悟しているものだ。だからこれから言うことは、あまり私から言うべき事ではないのだけれど」
パウレラは一度話を区切ると、真剣な顔で続けた。
「三人共、自分の事を最優先してくれ。例え海賊に逃げられそうだったとしても怪我するような危険があれば、その時点で諦めてしまっても構わない。それが守れるかい?」
他の冒険者であれば危険など承知で少々の無理はするものなのだろう。パウレラは僕達がまだ若いということでそんな助言をしてくれたらしい。
僕等はまだまだ半人前扱いのようだ。
ともあれ、僕達は海賊退治に参加できることになった。
海賊退治は人数が集まるまで、少し待つ必要があるらしい。
海賊は少なくとも七十人はいるらしく、こちらも冒険者達が百人以上にならなければ出発しないと言われた。
パウレラが組合に依頼する前に、既に皇国の兵が五十人とパウレラの知り合いの冒険者二十人を集めていたので直ぐに出発することも出来るらしいが、安全を一番に考えて百人を集めることにしたということだった。
出発までの宿代と食事代は町から出してもらえるらしく、遊んでいても良いと言われた。
「遊んでいろといわれてもな……。どうする?」
とりあえずやる事もない僕達は宿屋を出て、町の中をふらふらと歩く。
「町を見て回って過ごすくらいしかないんじゃないかな?」
「そうよ。観光しましょうよ」
ヴェルは少し嬉しそうだ。
「この町、冒険者組合はあるかな?」
「あるみたいだね。行ってみる?」
「畑仕事しかないんじゃないかしら? 港町だし漁師の手伝いとかもあるのかしら?」
「とりあえず、見にいってみようか」
冒険者組合は小さく、人も居ない。
パウレラが出している黄色の依頼以外は、ヴェルが言ったように畑仕事と漁師の手伝いが多く、あとは船荷の荷卸しと荷揚げがあるくらいだった。
「これじゃ冒険者じゃなくて労働者って感じね」
「冒険者なんてそんなもんだろ。違うのは自由に旅ができるってことくらいだ」
結局はそのまま組合を出て町を見て回ったが、それ程大きな町ではないので、すぐに宿屋へ帰ることになった。
その帰り、海が見える場所へと出る。自然と目が海へと向いた。
海を見る度に、その大きさに目を見開いてしまう。
川の水も好きだけれど、海の水も見ているのが好きだ。いつか僕が竜体で飛べるようになったその時には、あの海の向うまで飛んで行ってみたいと思っていた。
「あそこ、島が見えるわね。……あの島、人が住んでいるのかしら?」
「どうだろうな。あまり大きくないから無人島じゃないか?」
「ねえ、ちょっと行ってみない? 私、やりたい事があるの」
「なにを?」
「魔法の、雷光の練習」
「ああ……」
ヴェルはまだ雷光を命中させることが上手くできないようだ。
強弱の練習もあるのだろう。殺さなくても良い場面で相手を殺してしまっては、ヴェルだと泣き出してしまいそうだ。
「無人島なのか、宿の人にでも訊こう。人がいるとやれないだろ」
僕等はまず宿屋へと戻ることにした。




