思いもしない再会
狼退治の仕事の後、冒険者組合が在る町へ夕方近くに着き、そこで宿をとる。
ヴァルの奢りで夕飯を食べながらヴェルが言う。
「この町、その、あまり……大きくないのね……」
町の人への配慮なのか、「大きくない」の言葉は小さな声になっていた。
この町は確かに小さい。町へ入った瞬間に、その町の反対側が見えてしまうほど小さな町だった。
「こんなものだろ。皇都みたいな大きな町の方が特別なんだよ」
「でも、冒険者組合が在る町だっていうから、もっと大きいのかと思っちゃってたわ」
「ヴェル。なにを気にしているの?」
「……気にしているというか……なんというか……」
ヴェルは僕の問いにあいまいに答えようとするがアスラが代わりに答えた。
「観光気分なんだろ。面白そうな、見たくなるような場所がなさそうだって気にしてるんだろうさ」
「ち、違うわよ……」
少しだけ膨れっ面になって言葉を繋げる。
「まぁ、それも無いとは言わないけど……。それより仕事よ。ちゃんとした仕事、あるかしら?」
僕はミエカと旅をしていた時の事を思い出していた。
小さな町でミエカが取った仕事というものに、あまり記憶がない。大抵は組合に入って掲示板をざっと見ると直ぐに次の町へと移動する事が多かったように感じる。
たぶんヴェルの考えは当っているのだと思った。
宿屋での一泊の後、朝には冒険者組合へと向かった。
この町の大きさと同じように、組合の建物も小さい。小さな酒場くらいの大きさだ。
そして貼り出されている仕事の募集要項も十枚しかない。
今が秋の収穫時期でなければ、もっと少ないのではないだろうか。
仕事を探しに来ている冒険者も僕達以外では二人しかおらず、その二人は商談用のテーブルに座って話をしている。
組合へ入って、ほんの数分で全ての募集要項を見終えるとアスラが途方に暮れたような顔をして言った。
「素直に皇都で捜した方がよかったみたいだな……」
「ほとんどが畑仕事だね。皇都でも僕等が受けることができる仕事も同じ畑仕事なのだし、こっちで仕事を受けても同じじゃないかな」
「まあ、それも、そうだな……」
そう言うと、アスラはまた掲示板へと顔を向けた。
「これは?」
ヴェルが指差す募集要項は隊商の護衛だった。募集人数は三人で魔導士一人以上を含むとなっている。
「無理だよ。受け付けてくれないぞ。……窓口に持っていってみなよ」
ヴェルは少し膨れた顔をしながら、その募集要項用紙を窓口へと持っていった。
「皇都の時みたいにはいかないだろうね」
「あたりまえだ。ヴェルの顔がこの辺りでも知られているのなら別だけど、無理だろうな」
職員と数分間の問答を終えた後、とぼとぼと戻ってくるヴェル。なにやらぶつぶつと文句を言っているが、持っていった募集要項を掲示板へと貼り戻した。
「で、どうするの?」
怒ったような顔で貼り終えたヴェルが訊くが、他の募集で僕等が受け付けてもらえそうなものは畑仕事しかない。
「皇都に戻って、中級冒険者用の仕事でもやるか? ヴェルに受け付けさせればいけるだろ」
「……なんだか、父様の権威を笠に着るみたいでそれも嫌だわ」
「それじゃ、やっぱり畑仕事か……」
そう言って、掲示板で報酬が一番高い畑仕事の募集要項へ手を伸ばそうとすると、奥から出てきた職員が黄色い募集要項を掲示板へと貼りだした。
テーブルで話をしていた先客の二人が「おっ、黄色だ」と言って掲示板へと近付いてくる。
貼り出された黄色い募集要項は海賊の拿捕となっていて募集人数は『若干名』となっていた。
先客二人は僕等を押し退け掲示板へと近付くと、自分達の手帳へと書き写し、それが終わると直ぐに組合を出ていってしまった。
「黄色いのはどういう意味があるんだ?」
アスラが訊く。冒険者の登録時に講習で説明されていたけれど、寝ていたアスラは知らないようだ。
「依頼主がどこかの冒険者あたりに直接依頼して、その依頼された人が足りない人数分を再度、組合に依頼したんだと思うよ。本当の依頼主は、この海賊討伐なんかだと、被害を受けた町の町長あたりじゃないのかな」
僕の話をヴェルが引き継ぐ。
「これだとラレウパって人が、誰かから直接海賊退治の依頼を受けて、組合に募集を出したってことになるわね」
「へぇ。海賊退治か……。おもしろそうだな」
「僕等じゃ採用してもらえないよ」
「でも、採用するかどうかは、この冒険者のラレウパって人が決めるのよね? 私達が飛べるところを見せれば偵察なんかを任せてもらえるんじゃないかしら?」
「そんなに上手くいくのかな? アスラどう思う?」
「それ、いけるかもしれないな」
駄目元ではあるけれど、僕等は集合地点である町へと向かうことになった。
町の名前はサタマという港町で、今居る町から北東へと歩いて三日程の距離がある。
僕等は募集人数が若干名となっているのが気になり、急いで飛んで行くことにした。
夕方にはサタマの町へと着き、早速、依頼主のラレウパが泊まっているという宿へ向う。
ラレウパが借りている部屋へと行き、扉をノックすると部屋から「どうぞ」という返事が返ってきた。
「おじゃまします」
僕等はアスラを先頭にして部屋へと入る。
竜だ。
僕は、部屋の中に居たラレウパという人物を見て、すぐさま人へと変化した竜だということに気付いた。
しかも、その顔はどこか見覚えがある。
そのラレウパという竜もこちらを見るが、その顔が僕等三人を個別に見る毎に驚いているようで、驚きの表情が三度変化していた。
「君達は……。なんだか凄い人達が現れたね……。これ程おもしろい集りを見るのは初めてだ」
ラレウパは驚いた事を隠そうともせずに正直に話す。
たしかに竜から見れば、この三人は特異な集りに見えるだろう。
アスラから感じ取ることができる異様な魔力。
ヴェルからは人としては強い魔力。
僕にいたっては竜であり、ラレウパにも僕の正体がすぐに判ったはずだ。
「ん? 君は、もしかしてラプ君じゃないかい?」
僕はさっきから、この見覚えのある顔を思いだそうとしているのだけれど、思いだせないでいた。
しかし、その顔は確かに見覚えがあるし、ラレウパのその言葉から、やはり何処かで会ったことがあるのは間違えないらしい。
僕が思いだそうと必死で考えているとラレウパ自身から答えを聞くことができた。
「忘れてしまったかな。私だよ。パウレラだ」
パウレラという名前を聞き、ようやく思い出すことができた。
昔、ミエカに連れられ、青竜の里でお世話になったことがある青竜だ。
「あ、パウレラさん……」
僕は思いだすが、突然の思いもしなかった再会にそれ以降は言葉を失ってしまった。
僕が驚いたまま黙っているとアスラが話を切り出す。
「ラプ、知り合いなのか。仕事を受けさせてくれるようにお願いしてくれよ」
アスラからの言葉に、僕はこの場所へ来た理由をパウレラへと話さなければと思い、そこからは言葉が口から出てくるようになった。アスラがいなければ、立ったままずっと黙りこんでいただろう。
「あ、あの、おひさしぶりです。……あの時は、えっと、おせわになりました」
あまり礼儀正しい挨拶というものはできない。いつもミエカの影に隠れて人と話すことを避けていた僕には、これくらいの言葉が精一杯だった。
「えと、僕達は黄色の募集を見てきたんです。海賊退治……、海賊の拿捕の仕事の。その仕事を僕等もやらせてください」
しどろもどろになりながら、募集要項を見てきたことを伝える。いつもはアスラに任せている依頼人との対応というものが、これほど緊張するとは思っていなかった。
まだ知り合いであるパウレラだったから話しをすることができたが、まったく知らない人であったならば、もっと酷いことになっていたかもしれない。




