試合
「……証明になるかは判りませんが、こうしませんか?」
イソヴェリが提案する。
「要はヴェルを助けてくれると言っているラプ君とアスラ君の実力が、十分に高ければ良いということなのでしょう? それであれば二人の実力を見せて頂きましょう。……そうですね、二人共に剣を携えている。私と戦ってもらい、二人が勝ったら任せて見てもよろしいのではないでしょうか?」
「兄様……。そんな……、無茶よ……」
ヴェルの落胆したような様子を見てアスラが目を輝かせた。
「あんた、そんなに強いのか? ヴェルの事は抜きにしても俺はやってみたいな」
ヴェルが驚いたようにアスラへ向って言った。
「貴方が勝てるわけないじゃない。兄様は皇都の三剣豪の一人なのよ。勝負にならないわ」
「へえ。それはますますやってみたくなるな……」
アスラの目がいつもより更に輝きを増し、鋭くなったように見えた。
試合は町長宅の庭を使わせてもらう事になった。
「それじゃ魔法は無し、剣は寸止め、それで良いね?」
「ああ、それで良いよ」
イソヴェリは僕とアスラの二人を同時に、つまり二対一の試合だと言ったのだけれど、アスラは、それは嫌だと言って譲らなかった。
イソヴェリの不利になる訳ではないので「君達がそれで良いというのであれば構わないよ」といったが、当然ヴェルは猛反対していた。
アスラが「俺はヴェルの為に戦うんじゃない。嫌なら自分だけでおやじさんを説得しろ」と言うとヴェルはまたもや泣き出しそうな顔をして諦めていた。
アスラは負けるつもりはないのだと思う。相手が三剣豪などと呼ばれる者であっても勝てるという自信があるのだろう。
僕には二人の実力は判らない。イソヴェリも魔力を持っているようだけれど、あまり強くは感じない。魔法が使えないのであれば、三剣豪という肩書きを持つイソヴェリに対して、冒険者に成ったばかりでしかないアスラが不利なように感じた。
アスラの自信がどこから湧いてくるのか、僕にはまったく判らない。
「兄様は私達家族の中でも魔力が弱い方なの。それを負い目に感じて剣の修行を必死でやっていたわ。その甲斐あって、去年、十九で三剣豪と呼ばれるまでになったのよ。アスラが勝てる訳ないじゃない……」
僕の横へと立って、そう呟くようにヴェルが言う。
「でも、やってみなきゃ判らないんじゃないかな」
「勝てると思っているの?」
「だから、やってみなきゃ判らないよ。やる前から諦めていたんじゃ、初めから僕達じゃヴェルを守れないと言っている白竜公と同じじゃないかな?」
「……そうね。その通りだわ……」
ヴェルは少し驚いたような顔をしていた。
対峙している二人は小さな、二人だけにしか聞こえないくらいの声で話をしていた。僕を除けば二人を見守っている他の人には聞こえてはいないだろう。
「本当に一対一で良いのかい?」
「構いません。あまり俺やラプをなめない方が良い。勝てるかは判らないけど、きっとあんたを驚かせる事はできると思いますよ」
「そのようだね。かなりの自信が有るような口ぶりだし、油断などできそうにないようだ。楽しめそうで嬉しいよ。……それじゃ始めようか。いつでもどうぞ」
いよいよ始まるらしい。
イソヴェリは剣を水平に顔の横へと持ち、腰を低くして剣先をアスラへと向けて構える。
アスラは冒険者登録の時に見せた下段の構えだ。
何方も速攻の攻撃時に使う人が多い構えだと、ミエカから教えてもらった事がある。
二人は睨み合いながら、じりじりと近づいている。距離が離れていてはせっかくの速攻でも避けられてしまう可能性が高くなるので、ある程度は距離を縮める必要があるらしい。
先に動いたのはアスラだった。
まだ距離があると思っていたが、アスラは一瞬でイソヴェリを剣の間合に入れた。
速い。
アスラは竜の僕ですら動きを追うのが難しい程の速さでイソヴェリへと突っ込んでいた。人が出せる限界を越えているのではないだろうか?
僕でもあれ程の速さで動けるか判らない。
イソヴェリも速攻で来る事は読んでいたらしい。既で後ろへと避け、その顔には驚いた表情が見える。その速さまでは読み切れてはいないようだった。
アスラは反撃を恐れたらしく、すぐに自分も後ろへと飛び退いた。
その顔は悔しそうだ。
もしかすると、今の速攻が勝てるという自信の元だったのかもしれない。もしそうなのであれば、後はアスラの負けを見るだけになってしまうのだろうか。
次の攻撃はイソヴェリの方だった。
アスラが後ろへ飛び退くのと同時に突っ込んでいく。
アスラ程ではないが、こちらも速い。人の限界近い速さだろう。
イソヴェリの剣がアスラの左側面から水平に振られる。
しかし、その剣はアスラを捕えてはいなかった。
アスラは後ろへと飛び退いた時に少しふらつき、二歩ほど後ろへと踏鞴を踏んでいた。
その踏鞴、二歩分のお陰で剣の間合から出ることができたらしい。
アスラがふらついた原因は、どこかを痛めた所為なのだろうか?
人の限界を超えた突進が足に大きな負担を掛けた所為なのかもしれない。
この瞬間のイソヴェリは運がなかった。
寸止めしなければならないという制約は剣を振る速さにも制限を掛けていた。アスラが踏鞴を踏んでいたとしても本来の速さで剣が振られていたならば、イソヴェリの剣はアスラを捕えていたはずだ。
アスラはそのイソヴェリの不運を見逃さなかった。
中空で止められた剣はアスラの姿をイソヴェリから隠している。
アスラは直ぐ様、イソヴェリへと剣を突き出す。
ふらついていたため腰が低くなっていたアスラは、下から突き上げるようにイソヴェリの胸元へと剣を突き付けていた。
勝負はアスラの勝利で終わった。
「まいった。負けたよ……」
そう言うイソヴェリの顔は無表情に見える。
感情を押し殺しているのだろうか?
アスラはそれを聞くとそのまま地面へと座り込んでしまった。
やはり足に怪我でもしているようだ。
僕とヴェルはアスラへと駆け寄った。
「大丈夫? どこか怪我でもしたの?」
僕の問いに苦笑いでアスラは答える。
「いや、最初の突進で力を使い果たしたんだ。すぐに元に戻るよ」
よかった。怪我ではないらしい。
それを聞いたヴェルも安心したような笑顔を浮かべた。目には涙が溜っている。
ヴェルは言葉を詰らせながらアスラへと話し掛ける。
「アスラ、その……なんといっていいのか……。……まさか、本当に勝てるなんて……」
そう言うと少しだけ俯き、嬉しさを噛み締めているようだった。
しかしすぐに、まだ落ちてはいない涙を服で拭い、笑顔は消え、毅然とした厳しい表情へと変わった。
ヴェルはゆっくりとこちらへ近付いてくる白竜公へと身体を向ける。
「お父様、これで私は冒険者として旅を続けても問題ありませんね?」
白竜公へ向って話し掛けるヴェルを遮るようにアスラが言った。
「まだだ。ラプが残っている」
ヴェルは一瞬固まったように動かなくなったが、すぐにアスラへと振り向き、驚いた顔を見せたが言葉は出ないようだ。
もちろん僕も驚いた。アスラがなにを言いだしたのか、その言葉が耳に入った瞬間には理解できず、ヴェルと同じように固まっていた。
僕だけじゃなくイソヴェリも驚いたような、耳を疑うというような顔をしている。
「いや、君が勝ったんだから、その必要はないと思うんだが」
「いえ、あなたは俺達『二人』の実力が見たい、『二人が勝ったら』と言ったんだ。今はまだ俺一人が勝っただけにすぎない」
アスラは白竜公へと顔を向け話を続けた。
「ヴェルの側にラプしか居ないような時だってある。白竜公は、当然、ラプの実力も見て安心したいでしょう?」
アスラは少し意地の悪い顔をしていた。
許しを貰えると思っていたヴェルの顔が不安を訴えているがアスラは知らん顔で僕へと言う。
「良い機会だろ? これに勝てればラプの腕も剣士として十分に通用するということになる。背中を預ける事になる俺にとっても、ラプの実力を知っておく良い機会でもあるんだよ」
これで僕が負けでもしたらヴェルの恨みを買うことになるだろう。アスラは本当にヴェルを仲間にしたくはないのではないかと思ってしまった。
「そうだね。私もラプ君の実力には少し興味がある。ラプ君、どうする?」
イソヴェリは少し楽しそうにしているが、正直、僕はあまりやりたくはなかった。
ヴェルの不安そうな顔を見ると、このままこちらの勝ちということにしてもらいたいと思ってしまう。
「確かに最初の話では二人が勝つという条件だったな。ラプ君、君の事は信用しているが、やはり此処はやってもらえるかね」
白竜公の言葉にヴェルの表情は不安から落胆へと変わった。
白竜公は僕が竜であることを知っている。その事から「君の事は信用している」と言う言葉が出てくるのだろう。これまでも何度か聞いた言葉だ。
信用しているならそのまま信用したままでいてもらいたいものだ。
「やらなきゃ駄目みたいですね……」
僕とイソヴェリは庭の中央へと歩き、対峙する。
僕は背中の剣を抜いた。




