来訪者
死骸置き場へと戻るとアスラがこちらを向いて立っていた。
僕とヴェルがそこへ降りるとアスラが町長宅の方を見ながら言う。
「今日はここまでかもね」
「え? まだお昼だよ? 確かにこの森にはもう、狩れる狼は居ないかもしれないけど、午後からは僕等も隣の森に行ってみるよ」
「いや、そういう事じゃないよ」
アスラが見ている方向を見ると一人の男がこちらへと歩いてきていた。
町長の家に居た使用人ではないだろうか。
上まで登ってきたその使用人は辿り着くと、肩で息をしながらこちらへと向き何かを言いたげにしているが、疲れて言葉が出ないようだった。
持ってきていた水を渡すと「ありがとう」と言って飲み、近くにあった岩へと腰をおろした。
落ち着いたかと思うと立ち上がり、ヴェルへと話し掛ける。
「リマー様、お父上の白竜公がお見えになっておられます。町長宅の客室でお待ちになられておりますので、お急ぎ、町長宅へお戻りください」
ヴェルを見ると、驚いた顔をしていたが、すぐに思い詰めたような表情へと変わり「わかりました」と言うと板へと乗り、町長の家へと飛んで行ってしまった。
伝言を言い終えてヴェルが飛んで行ったのを見送ると、その使用人はまた岩へと腰をおろして水を飲む。
「君達、驚かさないでくれよ。まさかあの娘が白竜公のご息女だなんて思いもしなかったから、白竜公が突然訪ねてこられた時は、町長一家は慌てふためいていたよ。……まさか君達もどこか、お偉いさんのご子息なんてことはないよね?」
「あはは。俺達は普通の冒険者ですよ」
アスラがそう言うと、その使用人はぼそりと独り言のように言った。
「普通の冒険者は空なんて飛べないと思うんだけどな」
僕とアスラは顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
アスラは倒した狼を運んで飛んでいる時に、白竜公が馬でこの町へと向っていることに気付いたらしい。
今日の仕事はこれで終わりになるかもしれないと思って、僕達をそのまま待っていたそうだ。
「それでどうする? 二人で続けるか?」
狼はこれまでに十八匹を倒していた。
アスラ一人で半分以上を倒したことになる。
「まだ狩れるかな?」
「いや、これ以上は探すだけで時間が過ぎてしまうだろうな」
「それじゃ、これで終わりにしようか」
「ああ、それがいいだろう」
地面へと並べられた狼の死骸を見ていた使用人へアスラが訊く。
「これで終わりにしようと思いますけど、こいつらはこのままでも構いませんか?」
「ああ、後はこっちでやっておくよ。ご苦労さん。……しかし、この森にこんなに狼がいたのか。早めに手を打っておいてよかったよ」
半分は隣の森で狩ったものなので少し後ろめたい。
「え、ええ……。俺達もこんなに居るとは思っていなくて、驚いていたんですよ。はは……」
アスラは決まりの悪そうな笑顔で答えていた。
あまり早くに町長の家へ着くと白竜公と顔を合わせる事になる。僕は別段、顔を合わせる事が嫌だという程ではなかったのだけれど、やっぱりなんだか気まずくなるような気がしていた。
アスラも突っ掛かったことがある程なのだから、僕よりも気まずいと思う。
僕もアスラも飛ばずにゆっくりと歩いて森から出ることにした。
「ちゃんと説得できるのかな?」
「さあな。できるんじゃないのか」
「へぇ……。案外アスラはヴェルを信用しているんだね」
「え? いや……、そんなことはないけど……」
僕は少しにやけていたらしい。
「なんだよ。にやにやしやがって……」
「え? そんな顔してた?」
「ああ、しているよ」
アスラだって偶にやっていることなのだから、これでお相子だ。
そろそろ町長宅へ到着するという所までくると、待ち兼ねたように町長がこちらへと歩いてきた。
「君達、リマー様が呼んでいるんだ。客室へ行ってくれ」
客室へ入ると奥に白竜公が座っている。その横にはヴェルの兄のイソヴェリが立っていた。
ヴェルは部屋の入口近くに座り、その二人からは離れていた。
部屋の中は空気が重苦しく感じる。
「呼び立てたりして悪いとは思うが、君達二人の話も聞くべきだろうと思って呼ばせてもらったんだ。適当に座ってもらえるかね」
僕達はヴェルが正面になるように並んで座った。
「これは以前にも言った事だが、私はラプ君の事は信用している。しかし君はまだ子供だ。……そうなのだろう?」
アスラが居るので「人であれば」と言う言葉を口にしないが、僕が四十二歳であっても人で言えば、まだ子供なのだろうと訊いているらしい。
「はい。まだ子供です」
「そちらの……アスラ君だったか? 君はいくつだい?」
「俺もヴェルやラプと同じ十五です」
「うむ。質問ばかりで悪いが訊かせてくれ。冒険者になり立ての君達二人がヴェルを守って旅ができるなどと私が考えると思うかね?」
ヴェルが白竜公へと向き、懇願するように言う。
「お父様、二人は私を守る為に仲間になったのではないわ。仲間の一人として、私は二人と一緒に旅がしたいのよ。どうして判ってくれないの」
「ますます許す訳にはいかんな。お前が冒険者として行動できるなど、信用できるものではないよ。お前はラプ君と同じように行動できると本気で考えているのかい?」
ヴェルは悔しそうに俯く。
「アスラ君、君は『金持ちの道楽気分』でヴェルが冒険者になろうとしていると言っていたが、やはり君も私と同じ考えなのだろ?」
ヴェルが今にも泣き出しそうな顔でアスラを見詰める。
「……そうですね。最初はそう思いました。そして白竜公が宿へやって来た時もそう思いました」
「うむ。ヴェルよ。お前が仲間だと言うアスラ君も私と同じように冒険者としては失格だと思っているようだよ」
「でも……」
アスラが言葉を続ける。
「俺は一度、ヴェルを認めました。仲間である以上、ヴェルは俺達と同じ冒険者です。……俺はヴェル自身が諦めない限りはヴェルを冒険者として、仲間として扱います」
ヴェルの顔に希望が戻ったようだ。紅潮した頬と、少し驚いたような顔には先刻までの暗く落ち込んだような様子が消えていた。
白竜公は少し驚いた顔をしたが、すぐに僕へ視線を移し問いかける。
「ラプ君、君も同じ考えかね?」
「はい。僕もアスラと同じ考えです」
「……ラプ君、正直に答えて欲しい。君はヴェルが冒険者としてやって行けると思うかね? 危険な仕事でも無事に遣り遂げられると思うのかね?」
正直、そんな事は僕には判らない。
「僕には正直、判りません。僕自身が冒険者としてやれているのか、やって行けるのかも判らないのにヴェルの事まで判る訳がありません」
白竜公が笑う。
「ははは。正直だな」
アスラも困ったような、呆れたような、半分笑ったような顔を見せる。
「でも……、きっとやれるのだと思います」
白竜公から笑顔が消えた。
「僕はこれまでミエカと一緒に旅をしてきました。冒険者も沢山見ています。ヴェルより魔力が劣る人々が沢山いました。と言うよりヴェル程強い魔力を持った冒険者はアスラを除けば見た事が無いかもしれません。多分、ヴェルを含めて僕等に足りないものは経験だけだと思います」
「確かに私達の一族は皇都中でも魔力は強い方だ。しかし君の言う経験は非常に重要な事ではないのかね? その経験を積む前に死んでしまうような事だってあるとは思わないかね?」
「はい。そう思います。でもそれは経験が有っても同じじゃないですか? 例え護衛としてこの国屈指の剣士がヴェルの側に付いていたとしても死んじゃう時は死んじゃうでしょう。絶対なんて無いものだと思います。……でも、そんな危険な事を遣るのが冒険者なのだとも思っています」
話を区切ると部屋の中は静かになる。
僕は話を続けた。
「アスラも僕もヴェルを守りながら旅をするつもりはありません。でも僕達は仲間です。ヴェルに助けが必要だと思えば僕達は助けるし、僕達が助けを必要としている時はヴェルが助けてくれるのだと思っています」
「……その助けというものが危険なことだったとして、その危険に直面した時に君達は対処できるのかね?」
白竜公の問いにヴェルが答えた。
「……対処できることが証明できるのであれば許してもらえるの?」
「え? それは……」
白竜公は少し戸惑っているようだ。
「……証明できるとでも言うのかい? できない事を言うものじゃないよ」
ヴェルは座っていた椅子から立ち上がり白竜公へと言い放った。
「お父様は卑怯よ。ただ単に私を危険から遠ざけたいだけじゃない。ヴェセミア様はどんな困難があっても立ち向かっていったわ。冒険者でもなく魔力も無い状態でそれをやってのけたのよ。ヴェセミア様のやった事に比べて私達、その子孫はなにをやっていると言うの。名前だけの公爵なんて返上すれば良いのよ」
公爵の仕事というものがどういうものなのか僕には判らないが、だからと言って冒険者になる事もないのではないだろうか? そんな事を考えたが、そんな事を言ってしまってはヴェルの不利になると思ったので黙って話を聞いていた。
それまで白竜公の側で僕達の話を黙ったまま聞いていたイソヴェリが口を開く。
「父さん、ラプ君とアスラ君はヴェルを助けると言っているのです。ヴェルももう十五になるのですからある程度は信用しても良いのではありませんか?」
「兄様……」
ヴェルは意外そうにイソヴェリへと目を向けた。
「しかし……」
白竜公はまだ許す気はなさそうだ。
僕はそろそろこの話し合いに飽きてきていた。




