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旅する竜  作者: 山鳥月弓
歩き出した三人
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残忍な竜

 ヴェルと並んで、ゆっくりと森の奥へと進む。

 三十分程歩くと前方に動物の気配を感じた。数匹はいるようだ。

 腕をヴェルの前に出して歩きを止め小声で話す。

「あそこになにかいる。狼かもしれない。僕が雷光でこちらへ追い立てるから向って来たのが狼ならば倒して。……できるよね?」

 ヴェルにとっては初めての狩りであり、冒険者として初めての殺生になる。

 緊張したような顔付きで少しだけ頷くヴェル。

 ヴェルが出来るか出来ないかは判らないけれど、やれなければ出来るまでは冒険者とは言えないだろう。


 僕はヴェルをその場へ残し、ゆっくりとその動物達へと近づき、その正体を見定めた。

 やはり狼だ。

 全部で六匹が確認できる。倒すことができる狼はその中の四匹だ。あとの二匹の狼は、体付きはほとんど大人と変わらないように見えるが、ほんの少しだけ小さい。まだ生まれて一年も経っていないだろう。


 一番奥に居る狼をめがけて雷光を落とす。

「ぱん」という破裂音と同時に奥にいた一匹の狼が倒れ、そばに居た群の仲間達がこちらへと走ってきた。

 僕はさらに最後尾の狼へと火炎塊を飛ばし倒す。倒せるのはあと二匹。

 先頭の狼はまだ子供の狼だ。その後ろのは倒しても良いくらいの大人が走っているがヴェルは見分けることができるだろうか?

「二番目のやつだ。先頭はまだ若い」

 ヴェルへそう伝えると僕は残りの狼へと火炎塊を飛ばす。

 ヴェルは目を大きく見開き、魔法を撃とうとした姿勢で硬直したまま動けないようだった。このままだと、突進している狼達に逆襲されてしまうかもしれない。


 結局、ヴェルはなにも出来ずに立ち尽くすだけだった。

 狼達はヴェルを避けるように二手に別れ、そのまま逃げてしまった。

「練習すれば良いだけだよ。気にしないで」

 逃げて行く三匹の狼を見送りながらそう声を掛けたが俯いたまま何も言わない。

「……でも、今のは危なかったよ。狼達がヴェルの首筋あたりに飛び掛かって噛み付かれていたら、ヴェルは死んでいたかもしれない」

 死んでいたかもしれないという僕の言葉を聞くと、顔を僕へと向け、大きく見開いた目から涙が溢れ落ちそうだったが、必死で堪えているらしく、涙が落ちることはなかった。


 ヴェルが落ち着くまで数分を待ってから、仕事に戻ることにして声を掛ける。

「この三匹を運ぼう」

「……はい……え? ……これを運ぶの……。死んでるのよね?」

「うん。死んでる。噛み付きはしないから大丈夫だよ」

「……いや、そういう心配をしている訳じゃ……」

「ん? どういうこと」

 なんでも死骸を触るのは気味が悪いという。

 それはもう、冒険者以前の話ではないだろうか。


 ヴェルには「『金持ちの道楽』って言われるよ」と言うと渋々、一匹だけ運んでくれたが、かなり嫌な顔をしている。

「うぁ、なんだか、まだ、暖かい……。それになんだかブヨブヨとして、気持ち悪いのだけど……」

「駄目だよ。冒険者さん。ちゃんと運んでください」

 そう言う僕を恨めしそうに見るヴェルは、その狼の死骸を持ち上げるだけで結構な時間を掛けてくれた。


 これまで倒した狼達の死骸は、森の入口付近にある少し広くなっている場所へと纏めて置いていた。

 そこへ今倒した三匹の死骸を飛んで運ばなければならないのだけれど、ヴェルは狼程の大きさがある物を持って飛んだ事がないと言って、ゆっくりと飛ぶことになった。なんとか森の入口まで辿り着くことはできたが、歩いたとしても同じくらい時間がかかったのではないだろうか。

 死骸置き場の死骸が先刻より三匹増えていた。

「アスラが三匹倒したみたいだね。僕等も三匹だけどアスラの方が早かったし、人数はこっちが多いのだから、僕等が負けているね」

 そうヴェルへ言うと、気味が悪そうな顔で、運んで来た狼を肩からおろしながら答える。

「私は競争しているわけじゃないわ。こっちの森にはもう狼が居ないのよ。かなり奥まで歩かなきゃ見付けられなかったじゃない」

「そう? それじゃ僕等も別の森へ飛んでみる?」

「……いえ、この森の狼が狩りの目的なんだから、この森で探しましょ……」

「うん。そうだよね。この森の狼を減らさなきゃ町の家畜が狙われちゃうね。さすが冒険者さん」

 そう言うとヴェルはまた僕を恨めしそうな目で睨んだ。

 ちょっとからかい過ぎたかもしれない。


 再度、森の奥へと歩くが狼は見付からない。

 一時間程歩いてみたけれど、探しだすことができなかった。この森にはもう居ないのかもしれない。

「空から探そう」

 そう言って飛び上がるとヴェルも僕の後に付いて飛んでくる。口数が少なくなったのは疲れからなのか自信の消失からなのかは判らない。

 足跡や糞を頼りに探すのが普通だけれど、知らない森の中では、おおよその見当すら付けられないので空から探しても大差はないだろう。

「いた」

 三十分程飛び回って、やっと見付けた狼達は、隣の森との境界付近まで来る必要があった。

 多分、森が騒がしく、この辺りまで逃げてきたのだろう。もしかしたらヴェルが追い立てていて逃してしまった狼かもしれない。


「二匹しかいないね。ヴェル、大きい方をやって。出来る?」

「でき……る……。いえ、やるわ」

 ヴェルはなにかを決心したような真剣な眼差しになった。


 攻撃を外さないようにゆっくりと飛んで近づく。

 近づくことで遠目には気付かなかった狼達に気付いてしまった。

 ぱっと見では二匹しか居ない。けれど、小さめの狼は横になっていて、その腹には数匹の乳飲み子が吸いついているらしい。ヴェルはまだ、その小さな狼に気付いていない。

 外す事が無いと思える程近づくが、狼が気付く気配はなかった。

 ヴェルは火炎塊を自分の目の前に浮かせ、いよいよ狼を目掛けて撃ちだそうとした、その時、ふとヴェルの顔付きが変わる。小さな狼に気付いたらしい。

 浮かせていた火炎塊がふっと消えてしまった。

 僕へと訴えるような、泣き出しそうな顔を向ける。


 ヴェルには無理らしい。

 僕は火炎塊を浮かせた。

「待って」

 ヴェルは僕の肩へと手を置き、小さな声でそう言うと、「わたしがやります」といって、再度火炎塊を浮かせる。

 少しの間だけ眼下に見える狼達を見詰めていたけれど、最後には火炎塊を狼へと放ち、見事に仕留める事ができた。


「ここで少し待っていて」

 気が抜けたように、今にも泣き出しそうな顔をしているヴェルを置いて、僕はヴェルが仕留めた狼の死骸を回収する為に死骸の側へと降り、その死骸を担ぐ。

 子供に乳を与えていた狼は、逃げずに牙を剥き出しにして僕を睨みながら唸っていた。

 まだよろよろとしか歩けない小さな狼達は、何が起きているのかも知らないまま、その母親の足へとじゃれ付いている。

 もしもミエカが大人の狼だけしか狩ってはいけないと教えてくれていなければ、僕はこの生まれたばかりの狼も、何の感情も無いまま狩っていたのだろう。

 人というものは、ヴェルのような感情を持った者だというのであれば、僕は人とは暮らせないのかもしれない。

 僕は残忍な竜のまま、人の世界で人と暮らしていていいのだろうか?


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