道楽
「本当に冒険者の報酬って安いのね……」
ヴェルが掲示板の募集要項を見て呟く。
「あっちも見てくる」
そう言って中堅者以上用の掲示板へと行ってしまった。
「え? そっちは……」
僕が止めようとすると、アスラがそれを止めた。
「ほっとけよ。すぐ諦めて戻ってくるさ」
「うん……」
それから前と同じように見ていくが、やはり畑仕事くらいしか無い。
「これにするか……」
アスラが見付けた募集は前と同じような畑仕事だった。
「また畑仕事……」
「しょうがないだろ。俺だって嫌なんだ……」
「これなんかどう?」
後ろから声を掛けられ振り向くと、そこに立っていたヴェルが、持っていた要項用紙を僕達へと差し出した。
「狼退治……」
ヴェルが持ってきた要項には人数の指定はなく、狼一匹当りでの報酬となっている。
「三十匹を倒せば十日分の報酬になるわよ」
仕事としては僕達でも問題なくできるだろう。三十匹を一つの山から狩るのは無理があるだろうけれど、それは問題じゃない。
問題は受け付けてもらえるかだ。
「こんなの俺達じゃ受け付けてもらえないぞ」
「やってみなきゃ判らないじゃない。私、行ってくる」
ヴェルはそう言うと受付へと行ってしまった。
「いっちゃったよ?」
「ほっとけよ。現実を知ることになるだけだ」
「う、う……ん……。やっぱり見てくるよ」
そう言うと僕はヴェルの後を追った。
「どうして駄目なんですか?」
僕が追い付く前に断られたらしい。
「君はまだ若すぎるんだよ。狼をなめない方が良い。狼だけじゃない。野生の動物は人間より戦うのが難しいやつも居るんだ」
「私達なら、これくらいできます」
「そういうのは実績をこつこつと積んで、問題なく出来ると証明されてからでないと、我々は許可することができないんだよ」
「だから、この仕事をちゃんと終わらせて証明してみせます」
ヴェルが声を張り上げる。
「いや、そう言われてもねぇ……」
周りの人々から注目され始めた。職員さんも困ったような顔をしている。
そろそろ止めるべきだろう。
「どうしたんだ? 大きな声を出して」
ヴェルを止めようとすると、受付の奥から恰幅の良い人が出てきた。
受付の責任者だろうか?
その人はヴェルを訝しげに見る。だけれど、その顔は次第に驚きの表情へ変わっていった。
「こ、これはリマー様。どうなされましたか?」
ああ、どこかで見たような光景だと思ったら、この冒険者組合で登録した時に見た光景だ。
「私、その仕事を受けます」
ヴェルは応対していた職員が持っている、募集要項用紙を指差した。
「いつ出発するの?」
ヴェルは楽しそうだ。
自分で決めた仕事を出来る事が嬉しいのだろう。
「一週間くらい猶予があるからゆっくり行っても平気だな」
アスラは要項用紙を見ながら歩き、そう答えた。
「早く行って、早く終わらせても良いのでしょ? すぐに出発しましょうよ」
「ラプ、この町は知っているか?」
「ん? 行った事はないよ。でもこの辺りなら、まだ皇都に近いし町と町の間も近いから、いつ出発しても野宿なんてする必要も無く行けると思うよ」
「そうか。まあ、飛べるし時間はそれ程、気にする必要はないか」
「そうよ。今からなら夕方前には余裕で着くわよ。すぐ行きましょ」
「だからヴェルが仕切るなよ」
僕達は宿屋へと向かって歩いていたが、立ち止まり、今来た方向を見るとアスラが言う。
「それじゃ、西門から出るか」
「待って」
ヴェルはなにかを考えついたようだ。
「ん? どうしたの?」
「家に外泊するって報告しに行くのか?」
アスラが冷笑しながら嫌味を言った。
ヴェルが仕事を取って来た事があまり気に入らないのかもしれない。
「違うわよ。この仕事が終わって、二十日分の生活費になったらこの皇都に戻る必要はなくなるのでしょう? それならもう皇都の宿は清算して、これから行く町を拠点にしても良いんじゃないかしら?」
アスラが要項用紙を見ながら言う。
「この町はそんなに大きくないんじゃないか? 冒険者組合があるのか?」
「無ければ近くの冒険者組合がある町まで移動すれば良いじゃない」
僕は地図を背嚢から取り出し、仕事先近くの組合が在る町を探した。
この地図はミエカが使っていた物で、組合がある町には印が付けてある。他にも色々な書き込みがあるが、僕には意味が判らない物も多かった。
「この町なら冒険者組合があるよ。皇都に戻るよりも近い」
仕事先から歩いて三時間程の距離にある町を指しながらそう言って地図をアスラへと見せた。
「ほら、そうする方が効率的よ。それにその方が旅をしているって感じだわ」
得意気なヴェルを無視してアスラは僕へと訊いた。
「……ラプはどう思う?」
「僕はどちらでも良いけど、確かに皇都に戻る必要はないかもね。二十日分の生活費が溜らなくても仕事先やその近くに組合があれば、そっちに移動するというのでも良いかもしれない」
「ほら、それで決まりよ」
今日はヴェルの方が冴えているようだ。
最終的に出発は明日ということになった。
ヴェルも邸宅へと帰っている。
その日一日はやることもなく、寝るまでぼんやりとして過ごしてしまった。この数日は色々な事があったので、こんなゆっくりした時間を過ごせるのは久し振りだと感じた。
次の朝、食堂へ行くと既に朝の鍛錬を終えたアスラが朝食を食べている。
「ヴェルはまだなんだ」
「そろそろ来るだろ。まあ急ぐ必要はないし、飛べば夕方までには余裕で着くのだからゆっくりしていても問題はないさ」
「そうだね」
「しかし、よく白竜公は、ヴェルが冒険者として旅することを許したな」
「ん? どうして?」
「どうしてって……。ヴェルは一人娘なんだろ? やる必要の無い、危険な冒険の旅なんて白竜公じゃなくても、親は許さないものだと思うがな」
「へえ、そうなんだ」
僕にはよく判らない事だけれど、人間というのは子供の仕事を決める権限があるらしい。
ヴェルを待ちながらゆっくりと朝食を取っていると宿屋の前に馬車が止まったらしい音と気配を感じる。
「ヴェルかな?」
「あいつ、遅くなったからって馬車で来たのか。やっぱり金持ちの道楽でやってるのかもな……」
僕には馬車で来る事が金持ちの道楽にどう繋がるのかは良く判らないけれど、確かにお金持ちでなければ馬車などは使わないだろう。
でも使えるのであれば使っても良いとも思う。
宿屋の入口の扉を開き、一人の男が入ってくる。
立派な白い服を着た白竜公だった。
白竜公は僕を見付けると、こちらへとやってくる。その顔には白竜公の邸宅で見た、にこやかな笑顔はなかった。
「ラプ君、君の事は信用しているが、私はヴェルを冒険者にする気はないのだ。悪いがヴェルを仲間にする事はあきらめてくれ」
白竜公の唐突な言葉は直ぐには理解できず、理解するまで少しの時間がかかった。
「えっと……、もうヴェルは冒険者登録しているし、もう冒険者です……よ、ね?」
「うむ、あれが登録をすると私に言えば、もちろん行かせはしなかったが、私の知らない内に行ってしまっていたのでな……。いや、そう言う事ではなく、ヴェルを仲間として旅に連れて行くのはあきらめてくれ、と言うことだ」
「……」
「つまりヴェルは、もう俺達の仲間から外れて、今日も来ないということだよ」
アスラが説明してくれた。
「あ、はい。判りました」
そう白竜公へ言うと、「うむ、判ってくれたことに感謝する。ではこれで失礼する」と言って、そのまま宿屋の入口へと歩いて行った。
「なんだ。やっぱり金持ちの道楽だったんじゃないか。公爵様ともなると庶民の仕事も遊びに出来るんだから、いいよな。良かったよ、そんないい加減な気持ちでやられちゃこっちが迷惑だからな。いや、本当によかった」
アスラが声を張って話す。わざと白竜公へ聞こえるように話している事は僕にも判ったけれど、どうしてそんな喧嘩を売るような事を言うのかは理解できなかった。
白竜公はアスラの言葉を聞いて立ち止まった。アスラの言葉が終わると、こちらへと戻ってくる。
その顔は先刻入口からこちらへ歩いて来るときと同じで笑顔はない。
テーブルの側まで来ると、今度はアスラの方へと向き話し掛けた。
「君、名前は?」
「俺ですか? 俺はアスラです。ヴェルさんに言っておいてください。次の道楽を探す時は人に迷惑のかからないやつにしておいてくれって」
アスラはやっぱり白竜公に喧嘩を売っているらしい。さすがに公爵を相手に喧嘩なんかすれば、この皇都に帰って来られなくなってしまうはずだ。
「アスラ、そんなこと言っちゃ……」
僕が止めようとする言葉を遮り、白竜公が話す。
「アスラ君か。覚えておくよ」
白竜公はそう言うと、宿屋を出ていってしまった。
「アスラ、どうして白竜公にあんな事いったの? 喧嘩がしたかったの?」
「殴り合いになるなら、それも面白かったかもな。……なんだか腹が立ったんだ。それだけさ」
アスラが何に腹を立てているのかは良く判らないけれど、僕も白竜公に対して、なにかもやもやしたものを感じていた。
ヴェルが来ないのであれば待つ必要もないので、白竜公が出た後すぐに僕等も出発することにした。
もうこの宿に帰ってくることはないので、宿代を清算し宿を出る。
次にこの皇都へと来るのは何時になるのだろうか?




