初仕事
「なんで走るのよ」
「仕方が無いだろ。時間がないんだ。暗い道を歩きたいとは思わないだろ」
アスラとヴェルの会話を聞いていると、なんだか少し楽しい。
なんだかんだでヴェルのことは様子見ということにして、結局は一緒に行動することになった。
気が乗らないからと言って初めて取った仕事をすっぽかす事はできないので、今は仕事先の村まで走っている所だ。
「そうじゃなくて、なんで飛ばないのって言っているの」
三人は立ち止まった。
「飛ぶってどういうこと?」
僕の質問を無視し、アスラが質問する。まあ結局は同じ質問なのだけれど。
「ヴェルは飛べるのか?」
ヴェルは背嚢に貼り付けた小さな板をこちらへと向け見せた。アスラの背嚢にも似たものが付いているが同じものだろうか?
「アスラの持っている板も飛ぶ為の物でしょ?」
あの板を使うと飛べるらしい。
僕は持っていないが、そんな便利な物があるのならば教えておいて欲かった。高価すぎて買えないかもしれないけれど。
「え。ああ……。俺は飛べるけど……」
二人は僕を見る。
「僕は飛べないよ」
竜なのだから飛べても良いはずだけれど、人の姿では翼もないので練習することだってできない。
「そんな板があるなんて知らなかったし。どういう仕組みで飛ぶの?」
「見ていて」
そう言うとヴェルは板を背嚢から取り、地面へと置くと、その上に乗った。
ヴェルは板と一緒にふわりと宙に浮き、僕等二人の周りを回り始める。
「へぇ。風魔法で飛ぶのか。思い付かなかった。アスラも出来るの?」
「ああ、出来るぞ」
そう言ってヴェルと同じように背嚢から板を取り外し地面へと置く。
背嚢を開け、中をじっと見詰めているが、なにか考えているらしい。
「ま、いいか……」
そう呟くと小さな杖を取り出した。
アスラが僕の方を少し見る。なにかを気にしているようだ。
その杖もヴェルの杖に負けない程の魔力を感じる。
しかも、不思議な色合いの魔素を纏っていた。
アスラは杖を腰から下げ、背嚢を背負うとヴェルと同じように飛んで見せた。
飛び方はヴェルと同じだ。
「でもラプが飛べないんじゃ、駄目ね。それとも二人だけで行く?」
「どうしてヴェルが仕切るんだ。ヴェルはまだ正式に仲間にした訳じゃないぞ」
「あら、そうですか。それは悪かったわね」
少し不機嫌そうなヴェルだけど、やっぱり二人の会話は面白く、楽しい。
「たぶん、僕も出来るよ」
「でも板がないだろ」
「うん。ちょっと見てて」
要は風魔法で身体を浮かせ、そのまま風を調節しながら進めば良いのだ。
僕は風魔法を足の裏へと当て、宙に浮く。
「おお。すげー。……さすが、ラプだな」
アスラが感心しているけれど、バランスを取るのが難しい。二人に並んで飛ぶのは練習が必要だろう。
「うわっ」
前に進もうとしてバランスを崩し、地面へと突っ伏す。
風魔法で衝撃は和らげたけれど、それでも顔面を擦剥いてしまった。
「大丈夫?」
ヴェルが心配そうに倒れた僕の顔を除き込む。
「うん。大丈夫だよ」
「擦剥いているじゃない」
そう言うと治療魔法を掛けてくれた。
「あ、もう良いよ。ありがとう」
「で、どうするんだ? 走るしかないだろ」
「いや、もう大丈夫だよ。たぶん走るよりはこっちが早い」
「早いって。こけながら進んでいては日が暮れるぞ」
「うん。もうこけない。まだ二人程早くは飛べないと思うから、僕を先頭にしてくれるかな?」
「本当に平気か?」
「ラプがそう言っているのだから試すだけでもやってみましょ」
「だから仕切るなよ」
「はいはい」
やっぱり二人の会話は楽しいが、今は飛ぶ事に集中だ。
「やっぱりラプは……。凄いわ」
「ん? まあ、凄いな」
「私が飛べるようになるまでには三ヶ月くらいかかったわ」
「俺は一週間で飛べたぜ」
「はいはい。そうですか。凄いですね」
「……」
楽しい会話を聞きたいけれど、僕は飛ぶことに集中しているので偶に聞き逃してしまう。
それでも十分程飛んでいると、かなりこつを掴めてきた。
飛ぶのも楽しい。
ふと後ろから声が掛かる。
「ラプ、早い」
「ゆっくり飛んで」
二人の言葉が同時に聞こえた。
楽しすぎて二人の事を忘れてしまっていたようだ。
二人が追い付くのを少し待つ。それ程早く飛んでいるつもりは無かったけれど、二人は百メートル程離れてしまっていた。
それからは三人で並んで飛ぶことにした。
あまり人通りの無い狭い道だけれど、それでも偶に人とはすれ違う。
三人が並んで飛んでいると向うから人が歩いてきた。その人は立ち止まり、顔に驚きの表情が見えた。
僕達は速度を落とし、三人が一列になってすれ違う。
すれ違う時でも、その人は立ち止まったまま、驚いた表情で僕達を見ていた。
「なあ、林の中を飛ばないか?」
「あら? どうして? 林の中は飛び難いわ」
アスラからの提案に反論するヴェルの言い分は最もだと感じた。
まだ慣れ切っていない僕も、障害物がある林の中は少し面倒だと思う。
「俺はあまり目立ちたくないんだよ」
目立ちたくないのは、人より強力な魔力を持つ僕も同じだ。やっぱりアスラが正しいかもしれない。
「どうして? 目立つといっても一人しかいなかったわよ」
「何人に見られたかなんて関係ない。飛べる魔導士なんて世の中に何人もいないんだぞ。その内にいざこざに巻き込まれるに決まっている」
そうだったのか。
人間の魔導士は、皆とまでは言わないが、飛べるのが普通なのだと思っていた。
「いざこざって?」
「たとえばその杖だ。盗もうとする奴が必ずでてくるぞ」
ヴェルは自分の腰から下げている杖へと目を向けた。
「……それは、ちょっと、怖いわね……」
僕はなるほどと思った。二人の会話は楽しいだけでなく知識も与えてくれるようだ。
僕達は林の中を飛ぶことになった。
飛ぶことで目的の村までは一時間もかかることなく着いてしまった。
依頼主の家を見付け冒険者組合から来たことを告げると、あからさまに怪訝な顔をされてしまう。
「依頼は二人だったはずだけど」
「はい。報酬は依頼の時のもので構いません。一人はおまけです」
ヴェルが説明しているアスラを睨む。
「おまけねぇ。そのおまけ君は役に立つのかね?」
その依頼主は僕を見てそう言う。僕がおまけじゃない。
でも、見た目からすれば仕様がないことか……。
「三人でも依頼料が同じなら文句は言わないでおくよ。こっちに来てくれ。仕事は明日一日だ。朝からがんばってもらうからそのつもりでいてくれ」
僕達はあまり広いとは言えない部屋へと通された。ベッドが四つあるだけの部屋で、今日はここで寝ることになるらしい。
依頼主が姿を消すとヴェルが怒りだす。
「なによ、おまけって」
「でも、おまけだぞ」
「みてなさい。あなたより役立つってことを見せてやるわ」
「ああ、そうしてくれ」
おまけと思われたのは僕だったのだけれど。
農家の朝は早いということは知っていたけれど、まだ日が出ていない、暗い内から起されるとは思っていなかった。
収穫する物は梨らしい。
その日一日、へとへとになるまで働いた。
最初の内は初めての経験だったからか楽しかったけれど、昼を過ぎるころには既に疲れを感じ、終わり頃には動くのがおっくうに感じる程、疲れてしまっていた。
アスラもヴェルも同じらしい。
仕事が終わったのが四時くらいなので、直ぐに飛んで皇都へ帰れば夕方には着くだろう。
僕達三人は初めての冒険者としての仕事を終えて、とぼとぼと帰りの道を歩きだした。




