初めての仲間
帰りは馬車で送ってもらうことになった。
帰ると言うと、夕飯を食べていけとか、そろそろ日が暮れるので泊まっていってはどうかとか、宿屋などに泊まらずに、ここに宿泊してもらってもいいとか、そんな事を言いだしたが、それでも友人が待っているので帰ると言うと、せめて送ることだけはさせてくれと言われたので馬車だけは使わせてもらうことにした。
アスラが待っている訳ではないだろうと思うけれど、心配はさせているように思うので間違えではないだろう。
馬車には白竜公の娘、ヴェルも乗っている。
送ってくれているつもりなのだろうけれど、よく知らない人間と話す事にまだ慣れていない僕には、あまり居心地の良い空間ではなかった。
ヴェルは馬車の外をぼんやりと車窓に肘をついて眺めている。その顔は少し困ったような、悩んでいるような沈んだ表情に見えた。
話し掛けるのはやめた方が良いだろうか? でも、なにかを話さなければ間が持たない。
「えっと……、どうして僕がロヒの子供だと判ったの?」
ヴェルは僕の質問を聞くと、ふっと我に返ったような顔をして答えた。
「ヴェセミア様のスケッチにそっくりだったからよ」
「スケッチ? ヴェセミアって何百年も前の人なんだよね?」
「まだ二百年も経っていないわ」
「僕の生まれるずっと前じゃないか」
ヴェルは話し出すと先刻までの少し深刻そうな顔から、普通の十五歳の少女の顔に戻っていた。話し掛けても構わなかったらしい。
「ええ、だから貴方がロヒ様だとは思わなかったし、最初はまったく気にもしていなかったわ。でも、その小さな身体で、なんの躊躇もなく、魔導具すら使わないで、あれ程威力のある火炎塊を飛ばす所を見て、ヴェセミア様のスケッチにあったロヒ様の事を思いだしたの」
あの火炎塊はやりすぎだったらしい。
「最初は、なんとなく似ているくらいだったものが、講習中の貴方を見ていて段々と確信に変わっていったわ。もちろんロヒ様、その人ではなくて、その子供だとは思ったのだけれど」
ちらちらと講習中にこちらを見ていたのはアスラではなく僕だったのか。
変な勘違いをしていたらしい。アスラにはなんと言えば良いだろう?
「あとはもう、調べるだけだったわ。講習が終わった後は冒険者組合から貴方の登録されている情報を教えてもらって、ミエカ・ファクタヴァルの子供だと言うことも判った。ミエカ・ファクタヴァルといえばロヒ様と交流のあった冒険者の筆頭として随分前に調べが付いていたから、もうその時点で私の中では、貴方はロヒ様の子供だということが確定したわ」
ヴェルの顔は先刻までとは一転し、まるで武勇伝を語るように生き生きとした顔で話していた。
しかし、ミエカの事まで調べていたのは予想外だ。
ロヒとミエカが一緒に旅をしていたのも僕が生まれる随分と前の事なのに、そこまで調べられていたという事に少し怖さを感じる。
「なんだか、怖いね……。ミエカの事まで知っているなんて」
「最近ではあまり聞かなくなった名前だから若い人には知られていないみたいだけど、ミエカ・ファクタヴァルと言えば数十年前まではロヒ様と同じくらいに冒険者の中でも有名な人だったのよ。ミエカの名前からロヒ様を連想するのはかなり容易なことだわ。……あなた、自分の親の事なのに、なにも知らないのね」
「……」
ヴェルはその後、ロヒとミエカが二人でやったと言われている偉業を宿屋に着くまで教えてくれた。
僕はミエカを少しだけ剣が強いくらいの冒険者だと思っていたけれど、僕がその偉業の数々に追い付く事はできるのだろうか?
手に入れた首から下げている二枚の登録証が、なんだか滑稽に感じてしまう。
「あなた、冒険者として旅をするの?」
宿屋の前に馬車を止め、僕が降りると馬車の中からヴェルがそう訊く。
「うん。そうするつもりだよ」
「ロヒ様と同じように生きるということね」
ヴェルの顔は、話し出す前の少し暗く沈んだような表情に戻っている。
「それじゃ、今日はありがとう。急に呼びたてたりして悪かったわ。おやすみなさい」
そう言うと馬車の扉を閉め、走り去ってしまった。
ぼんやりと馬車が走り去っていくのを見ていると、後ろから声がかかる。
「おかえり、ラプ。面白い話を訊かせてもらえるんだろ?」
振り向くとアスラが宿屋の扉にもたれ掛かり腕を組んで立っていた。
アスラは半笑いで僕を見ている。ヴェルが見ていたのがアスラではなく僕だったということを少し馬鹿にしているらしい。
確かに面白い話かもしれないけれど、どう言えばアスラが納得するかを考えなければならない。
「おもしろい……かな……。まあ、夕飯でも食べながら話すよ。アスラはもう食べちゃった?」
「いや、まだだ。これでもラプを待ってたんだぜ」
「じゃあ、食べよう。お腹が減ったよ」
ゆっくりと宿屋の食堂へと歩きながら、どう誤魔化そうかと考えた。
「へえ。すごいな。ラプはあのミエカの子供だったんだ」
「養子だよ。実際の子供じゃない。アスラもミエカの事、知っているんだ……」
「名前だけだけど。有名な冒険者だと聞いたことがある」
「そうなんだ……」
「子供のラプが知らないというのは驚きだな」
「……」
アスラまでヴェルと同じようなことを言う。
冒険者時代の話は、ミエカからもロヒからも聞いてはいたけれど、それ程すごい事だとは思っていなかった。
確かに他の人から聞く話であれば、そう思えたかもしれないが、あのミエカとロヒが自分から有名な冒険者だと言うとは思えない。
知らなくて当然じゃないか。
「それじゃ、剣を教えてくれたのは、ミエカということ?」
「うん。そうだよ」
「それじゃ流派も調べようと思えば調べられるかもしれないな」
「そうなの?」
「有名な剣士だったからな。たぶん調べればすぐに判ると思うぞ」
「へぇ……」
「あ、でも流派って、そこの師範とかから認定されないと駄目なのかな? 調べたからといって、その流派を名乗っても良いかは判らん……」
「そう……。いいよ。僕は我流ということにするよ」
僕には役に立つのかも判らない剣の流派なんて、どうでも良いことだった。
ミエカが教えてくれなかったのだから、名前は重要なことではないはずだ。
アスラにはミエカが昔、白竜公を助けた事があり、その恩返しで金を貰ったのだと説明した。
自分ではそれ程、変な話には感じないので、アスラも信じてくれたと思う。
疑われているような様子はアスラから感じないので、上手く誤魔化せているはずだ。
「ラプは、明日からどうするんだ?」
「え? どうする? どうしようかな……」
先刻、ヴェルから訊かれた事を思いだす。
「何処へという事も考えてはいないけど、冒険者として旅に出る、かな……」
「そうか……、取り敢えず、俺と仲間としてやらないか?」
「え? 仲間?」
「ああ、冒険者は一人でやっている奴もそれなりに居るけれど、普通は数人の仲間が居るもんなんだ。どうかな? 二人で組むのは?」
ロヒとミエカの事を思い出す。
僕に仲間ができた。
朝起きる。
アスラは何時ものように朝の鍛錬をしていた。
今日から冒険者として旅をするのだと思うと、眠っていられない。
これまでと同じ、別段変わったことのない旅なのだろうけれど、それでも眠ってなんていられない。
「ラプ、おはよう」
「うん。おはよう」
鍛錬を終えてアスラが食堂へとやってくる。
僕の仲間だ。
そう思うと魔法も剣も強い、頼もしい奴に思えてきた。
最初は危険な人間だと思っていた事が、今ではそれが頼もしいと思えている。なんだか面白い。
「で、今日はどうする?」
ロヒがミエカと出会ったように、僕はアスラと出会った。
きっと素晴らしい旅が始まるんだ。
「もちろん旅に出るんだよ」
「いや、待ってくれ。俺達は冒険者なんだから冒険者としての仕事が先じゃないのか?」
「え? 仕事?」
正直、仕事はどうでも良いと思っていた。
食べる分や宿屋への支払いの為の金は十分な程、持っている。
「冒険者っていうのは、今居る町や村の仕事をしながら旅をするもんだろ」
「そうなの? お金が無くなったら仕事をすれば良いと思っていたけど」
「それは名声の高い冒険者がやることだよ。俺達みたいな、まだ金も名声も無いような駆け出し冒険者はできる仕事はやらないと、いつまでも名声が上がらない。そうすると仕事も受けられない」
「へぇ。そうなんだ……」
「……ラプはミエカが残してくれた金があるかもしれないけど、俺はそうも言っていられないんだ……」
そう言えば、アスラの事も考えなきゃ駄目なのだと気付く。
「うん。判った。仕事をしよう」
なんだか少し残念だ。
早速、また冒険者組合へと行くことになった。




