里帰り
この山に帰って来たのは二十二年ぶりになる。
これまでも登る機会は何度かあったけれど、それほど用がある訳ではなかったので登ることはなかった。
麓の村からロヒと住んでいた洞窟までは歩いて三日程かかるとミエカに言われて、飛べるようになるまでは面倒で行く気になれなかった。
それじゃ、今は飛べるのかと言われると、まだ飛べるわけではないのだけれど、さすがにミエカの遺骨を放置している訳にはいかないので登ることにした。
ミエカが死んだのは七日前だった。
その二日前に風邪をひいたといって寝ていたが、あっというまに死んでしまった。
朝、寝ているミエカに声を掛けても返事をしないので、心臓の音が聞こえるか、ミエカの胸に耳を当ててみても音が聞こえてこない。
隣に住んでいる老夫婦にミエカが動かなくなったと言うと死んでいると言われ、そのまま葬儀までやってもらった。
葬儀の事を訊くと土葬にすると言われたので、火葬にしてくれといったら変な顔をされてしまった。
その村は土葬にするのが普通だったらしい。
ミエカも死ぬのなら、それくらい教えておいてくれれば良かったのに。
そろそろ昔住んでいた洞窟が見えてくると思うのだけれど、正確な位置はよく判っていない。
ミエカに連れられてこの山を降りたのは、二十二年前に一度きりなので覚えている訳がない。今、歩いている場所だって、正しく進めているのかも怪しい。
一応は遠くに見えている三つの山の位置から、方向も位置も大丈夫だとは思っている。
まあ、迷ってしまっても、山の中で生きていくだけの知識はあるので死ぬことはないと思う。
「ねっ。大丈夫だよね、ミエカ」
つい癖で、いつも隣に必ず居てくれたミエカに話し掛けてしまう。
「あぁ……、もう、ミエカはいないのか……」
正確には背負っている背嚢に入れた壺の中に居るが、骨は返事をしてくれない。
兎に角、自分を信じて、前に進もう。
それから二時間程すると、見覚えのある場所へと出ることができた。
たしか、こっちに川が在ったはずだ。そう思い駆けだすと直ぐに河原へと出る。
早速、荷物を下し、服を脱ぎ、竜体へと変化すると、川の中へと飛び込んだ。
竜へと変化したのはいつ以来だろう。人が住む町や村にずっといたので数年振りだと思うけど、前に変化した時の事は忘れてしまっている。
久しぶりに竜の身体で入る川は、水の冷たさが心地良かった。
ロヒの骨を埋めた場所は二十二年前の記憶にある風景そのままで変化を感じない。
その横にミエカの遺骨が入るくらいの穴を掘り、遺骨を埋める。
別段、ミエカにそうしろと言われていた訳ではなかった。墓をどうするのかと隣の老夫婦に訊かれた時に、この場所のことが頭に浮かび、ここに埋葬するのが一番良い方法なのだとなぜだか思ってしまった。
埋め終ると自然と溜息がでてしまう。この感情はなんというのだろう?
「ロヒ……。ミエカ……」
僕は一人ぼっちになってしまった。
日が暮れ、眠るために、昔、ロヒと住んでいた洞窟へと行く。
ここも昔と変わりは無い。
荷物をおろし、服を脱いで竜体へと変化すると、ロヒがいつも横になっていた場所へと横になる。
ふと気付いた。
「あ、僕、大きくなっている」
体長は、たぶん二倍くらいにはなっている。
二十二年という月日は、僕をロヒへと近づけてくれたみたいだ。
ロヒは僕の生みの親で二十年間育ててくれた。
あたりまえだけど僕と同じ竜だ。
竜の中で炎竜と呼ばれる竜だとミエカが教えてくれたけど、氷竜や青竜との違いは感じたことがない。
ロヒは僕が生まれる前に人の姿で冒険者として旅をしていて、その時にミエカと知り会ったらしい。
二十二年前、ある日突然、ロヒはこの洞窟で誰かに殺されていた。
萎竜賊という人達が関係しているかもしれないとミエカは言っていたけれど、それが本当なのかは判らないらしい。
仇を取るのであれば、その萎竜賊を手掛かりにしろとは言われたけれど、あまりそんな気にもなれない。
ロヒが死んだその日、遊びに来ていたミエカが僕を引き取り、自分の子供として育ててくれた。
ミエカがいなかったら僕は死んでいたのだろう。
ミエカもロヒと同じく冒険者だったそうで、二人とも、その頃の事をよく話してくれていた。
僕は昔からロヒとミエカと僕の三人で旅することに憧れるようになっていた。
ミエカとは旅をすることが出来て嬉しかったけれど、そこにはロヒは居なかった。
そして、今はミエカも居ない。
僕はこれからどうすれば良いのだろう?
それを考え出す前に、僕は眠ってしまっていた。
朝、目が覚めると、これからどうするかを考えた。
「ここで、このまま暮らそうかな……」
僕は竜だ。
ここでこの辺りを縄張りとして暮らしていくのが自然なことだと思う。
ミエカが昔言っていた。「ラプが竜として生きるか、人として生きるかは自由だ」と。
今はもう、ロヒもミエカも助けてはくれない。
これからの事は全て自分自身で決めなければならない。
「よし。とりあえず朝食だ」
人へと変化し、剣を持って獲物を見付けるために森へと入った。
狩りは竜体では、まだ出来ない。
何度も挑戦したけれど、今迄に一度も成功したことがなかった。
人の姿であれば狩りは簡単だった。魔法も剣も弓も使えるので、獲物を捕まえる事、それ自体はミエカよりも上手なくらいだった。
竜として生きる為には、今の所はまだ食事が必要になる。
ある程度成長すると魔素だけで生きていけるらしいけれど、そうなるまでにはまだ二、三百年はかかると思う。
人として生きるのであれば町や村で仕事をしなければならない。
今、人へと変化した僕の姿は、他人から見れば十歳くらいに見えるはずだ。
人間は大人にならないと仕事を探すのは難しいとミエカは言っていたけれど、僕のような子供に仕事があるだろうか?
目の前に飛び出してきた兎へ火炎塊を投げつけ、獲物を仕留める。
「やっぱり、僕には魔法しかないよね……」
朝食は兎の肉になった。