第二十三話 リュンの秘密
「それで?その大魔法使い様がこんなところに何しに来たんだよ」
「はい。勇者様に魔王を倒すための力をお渡しするために来ました」
「魔王を倒すための力?」
俺の言葉にユーリカが頷く。
「それは、この俺の『野菜武器化』の力とは別にってことか?」
「歴代の勇者様は皆、とてつもない能力を女神ディアナ様より与えられていました。もちろんあなた様のその力も同じ」
はっきり言って僧侶フランシスカに能力を鑑定されたときはどんなギャグだよと言いたい気持ちだったが、ダイコーンソードやニンジーンドリルの力を見た今となってはそれも消えてしまった。
いや名前がアホっぽいのは相変わらずなんだが。
「ですが、どれだけ勇者様の力が強かろうとも、たった一人で魔王と戦うことはできない。倒すことができない、と言った方が正しいかもしれません」
「どうして」
「魔王を倒すには、魔法が必ず必要になってくるからです。勇者様の力は能力であって魔法ではない」
「物理で殴るだけじゃ魔王は倒せないってことか?」
「はい。魔王はたくさんの姿を持っているんです。その中には物理攻撃が効かない姿もある」
つまり、俺単独で挑んでも魔王に物理攻撃が効かない姿になられたら終わりってことか。
「ですから、歴代の勇者様達は必ずパーティをあてがわれていたんです」
「……あぁ、なるほど」
俺が勇者に選ばれた時、確かにパーティの中には魔法使いもいた。ユゥリィがその役を担っていたということだろう。
そしてそこまで聞いてユーリカが何を伝えたいのかを理解する。
「つまり、魔王を倒すための力……魔法使いを俺に充てがうと、お前は言いたいわけか」
その通りです、とユーリカが頷く。
「勇者様には今パーティメンバーがおりません。それでは魔王軍と戦うことは難しいですから」
「でもそれならどうしてすぐに会わせないんだ?」
「それは、あなたの力となる魔法使いの準備がまだ整っていないからです」
「あんたじゃダメなのか?」
それこそ魔王も恐れる大魔法使いならば百人力のような気もするが。
「私はもう老いぼれですから。激しい戦闘に体がついていかないのです」
「いやさっきあんたぴちぴちの十八歳とか豪語してたよね?こんなときだけ老いぼれ設定持ち出さないでもらえます?」
それでもユーリカは首をフルフルと振るだけだった。そこだけはなんだか老人っぽい仕草である。うさんくさい。
「私よりもずっと強い魔法使いがいるんですよ。それも、勇者様のすぐ近くに」
ユーリカにそう言われて辺りを見回してみるが誰もいない。
「近くって言われても、誰もいないんだけど」
「いえいえ、よく見てください。本当に、すぐ側にいますよ。具体的に言うと、あなたの後ろあたりに」
振り返ってみる。
「…………てへ」
「いや、誰もいませんけど」
「ちょっと待ってくださいよ!いるじゃないですかあたしが!清楚で可愛くてちょっとお茶目な美少女大魔法使いリュン・リフラ・リィンちゃんが!」
「…………」
何も言えずにユーリカを見るとあろうことか頷かれてしまう。
「………………え、これ?」
「これってなんですかこれって!?あたしはれっきとした大魔法使いユーリカの血を受け継ぐ……」
それ以降は面倒くさいので聞き流した。
えぇ……本気で笑えないんだけど。
「ちょっとまってマジなの?あんたよりもこれの方が強いなんて天地がひっくり返っても信じられないんだけど」
「本当です。今はまだ力を上手く扱えていないだけ。それを克服することさえできれば、間違いなく勇者様のお力になります」
あまりにもきっぱりと断言するので、それ以上言い返すことはできなかった。
「そういうわけですから、これから勇者様には私たちと共に魔女の住む森奥……リーフブリーズに向かい、リュンを一人前の魔法使いにしていただきたいのです」
「へ?」
素で素っ頓狂な声をあげてしまった。
「いやいや、なんで俺がそんなことをしなきゃいけないんだよ。大体俺に魔法の知識なんてないんだけど」
「リュンは今、魔法学校に通っているんです。そして、およそ3ヶ月後に実施される最終試験をもって、晴れて一人前の魔法使いになれる」
「ふぐっ……」
俺の後ろにいたリュンから妙な呻き声が上がる。
「ですが、勇者様も知っての通り、リュンは未だに魔法の扱いに慣れておりません」
「慣れてないどころかろくに使えもしないんですけどね」
「どうしてマサヨシさんがさも自分のことのように言うんですか!」
なんか聞こえたけど聞こえなかったことにしよう。
「でも、さっきも言ったけど知識のない俺がこいつに魔法を教えるなんて無理だぞ」
「魔法については私がおりますので問題ありません。今のリュンに最も足りないもの……それは自らを信じる心、自信です。勇者様にはリュンが自信をつけるお手伝いをして頂きたいのです」
出会ってからまだ日は浅いが、確かにリュンからはユーリカから感じるような絶対的な自信というものが欠けているように感じる。
急に態度が大きくなったり、少しのことで落ち込んでしまうのはその現れと言ってもいいだろう。要するに不安定なのだ。
そして、こいつがユーリカの血を引いているというのなら、本当に大魔法使いになる可能性は確かに存在する。
ユーリカ以上の魔法使いになるというのなら、魔王と戦う上ではなくてはならない存在となるだろう。
リュンを見る。
いつもの小生意気な態度はどこにもなく、ただどこか不安そうな瞳だけが揺れながら俺を見ていた。
ふぅと息を吐いてユーリカに視線を移す。
決意を固めた俺の瞳をみて、ユーリカはほっとしたように息をついた。
「私たちと共に来ていただけますか?」
「いやだ」




