第十九話 ニンジーン変形
ドラゴンが右の腕を振りかぶると、そのまま勢い良く叩きつけようとしてくる。
わかってはいたけどやっぱ無理だわ。
自分の体よりも一回りも二回りも大きい掌はとても避けられるものじゃない。
俺はこの時点で死を覚悟した。
「マサヨシさんっ！」
目に涙を浮かべながらリュンが叫ぶ。
悪いなリュン。
俺とカブの村の人々との間にあった絆を意味もなく断ち切り、不和をもたらしたお前。
魔女ではなくドラゴンの元に導き、今こうして俺の命を危険に晒させているお前。
どうせ死ぬのなら、そんな俺に不幸しかもたらさなかったお前がドラゴンに食べられる様をじっくりと見届けてから死にたかったんだが、どうやらそれも叶わないらしい。
ドラゴンの腕が目前に迫る。
『死ぬがよい、勇者よ！』
「いやだ！やっぱり死にたくない！くっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ！！」
俺はもうヤケクソでドラゴンの腕に向かってダイコーンソードの切っ先を向けた。
すると、
『な、なんだと！？』
まるで鉄と鉄とがぶつかり合うような音が響いたかと思えば、ドラゴンの腕はダイコーンソードの切っ先に触れたままピタリと静止していた。
『なんなんだ貴様のその膂力は！？なぜ我の攻撃を微動だにもせず受け止めることができる！？』
それは俺が聞きたい。
ちなみに俺は全くと言っていいほど力を入れていない。ドラゴンの力は全てダイコーンソードが受け止めてくれているらしかった。
まじでどうなってんだこの剣。剣じゃなくて野菜だけど。
『ならば叩き潰すまでだ！』
ドラゴンが腕を振り上げてハンマーよろしく叩きつけてくる。
「くっ！！」
それを防ぐようにダイコーンソードを掲げる。
すると、さっきと同じようにガキンと硬い音がして、ドラゴンの腕は止まっていた。
え、もしかしてこの剣滅茶苦茶強いんじゃない？
『なんだ、なんなんだその剣は！？なぜ折れぬ！？なぜ壊れぬ！？』
だが、何にしてもドラゴンが狼狽えている今が好機であることは間違いない。
「これが勇者の力だ！お前の攻撃じゃ俺は死なない！」
『でも貴様さっき死にたくないとかみっともなく叫んでなかったか？誰が見てもわかるほどに狼狽えてなかったか？』
「うるさい！この剣がある限りどんな攻撃も全て無意味だ！どうだ、このあたりで手打ちにしないか！？」
唸るドラゴン。
よもや自分よりもずっと小さい人間に自分の攻撃が受け止められるとは思っても見なかったんだろう。
動揺しているせいか、押せば行けそうな雰囲気である。
『いや、だが……』
俺があと一押しの言葉をかけようとしたその時、素っ頓狂な声が上から聞こえてきた。
「やったれマサヨシ、いいぞぉマサヨシぃ！ドラゴンが油断している今がチャンスですっ！このでっぷり膨らんだ腹掻っ捌いて挽肉にしてやりましょう！」
「おま……」
『ほほう。我を挽肉にするとは、なかなか面白いことを言ってくれるではないか』
「挑発してどうすんだこの馬鹿！」
「あれ、なんか背中が滅茶苦茶熱いような……ってひえぁ！？」
見れば、ドラゴンの口ががぱっと開き、黒い煤のようなものが放出され始める。
間違いなく炎系のブレスを放つ前兆だった。
「あ、熱い熱い熱い熱い熱い熱いぃぃぃぃぃい！マサヨシさん！助けて！助けてくださひぃぃぃぃぃぃ！」
ドラゴンの下顎の歯に引っ掛かっているリュンが叫び声をあげていた。
なんというか、いい気味としか言いようがない。
『貴様らの方こそ、我がブレスで焼肉にしてくれるわ！』
「あぁあぁあぁあぁあぁ！？ハゲる！あたしこの歳でハゲちゃうぅぅぅぅぅうぅぅ！」
だが、単発のファイアボールならまだしも連続的に続くドラゴンブレスはさしものダイコーンソードでも防ぎようがない。いくらダイコーンが瑞々しかろうと全て蒸発させられて終わりだ。乾燥したらもはや美味しくいただくしかない。
「ん？なんだ、この光……」
俺の懐から淡いオレンジ色の光が溢れ出しているのに気づく。
取り出してみると、光り輝いていたのは念のため持ってきていたニンジーンだった。
まさか、いけるのか？
ダイコーンやゴンボーウのように、武器に変形させられるのか？
そして今まさに俺に使えと、そう言っているのか？
このままただブレスを待っていただけじゃ殺されるだけだ。
一か八か賭けに出るしかない。
「頼む！！いっけえええええええええええええ！！」
光り輝くニンジーンを手に持って、ドラゴン目掛けて全力で投げる！
宙に放り出されたニンジーンは殊更光を強め、瞬く間にドラゴンへ向かって飛んで――
行かなかったんだなぁ……。
