第十六話 再びの森
次の日の朝。
ゴブリン達をけしかけた魔女の正体を探るため、俺は朝早くから森へと足を運んでいた。
背中には念のため採れたてのダイコーンを装備し、何かあったとき用にニンジーンも数本持ってきている。武器になるかはわからないが、ならなかったらならなかったで食べればいいだけだしな。
そういう意味で言えば野菜の武器化はちょっと便利かもしれない。ほんのちょっとだけね。
ただ、装備というにはあまりにも貧弱なそれに加え、今日は昨日よりもさらに一つ重大な不安要素が増えていた。
「この大魔法使いリュン・リフラ・リィン様にかかれば悪い魔女なんてイチコロだってんだよぉ……!ふへ、ふへへへへへへへ……!」
俺の右隣を歩いているリュンがそんなことを呟く。
ていうかその笑い方気持ち悪いからどうにかならないんだろうか。まともじゃないよ。
俺が視線に込める意味など知る由もなく、リュンはこちらに顔を向けると満面の笑みを浮かべてサムズアップを決めてきた。
「この大魔法使いリュン・リフラ・リィン様にかかれば悪い魔女なんて……」
「それ三秒ぐらい前に聞いたばっかりなんですけど。もしかして独り言だったの?」
「な、なんでそのことを!?まさか、マサヨシさんには野菜武器化だけじゃなく人の心を読む力……つまり、人心掌握術も備わってるんですか!?」
「そんな力備わってたらこんな苦労してねぇよ単にお前の口から出てんだよ。それと自信満々に言ってるとこ悪いけど人の心を読むのと人心掌握は別物だからな?」
「そんな、馬鹿な……!?」
馬鹿はお前の頭の方だと言いたかったがもう全てが面倒臭くなったので黙っておくことにした。
いちいち突っ込んでいたら日が暮れてしまうしなにより精神がもたない。
「なぁ、やっぱり家でおとなしくしてたほうがいいんじゃないか?」
俺がそう言うと、リュンは首を横に振った。
「マサヨシさんが可愛いあたしのことを心配してくれているのはよくわかります」
「してないんだよなぁ」
「ですが、あたしは大魔法使いユーリカの孫。悪事を働く魔女をのさばらばさばらばさせておくことなどできません。それに、このあたしがいればそんな魔女なんてちょちょいのちょいでやっつけられますから、大船に乗ったつもりでいてくれて大丈夫ですよ」
のさばらせておくって言いたかったんだろうが、噛むくらいなら難しい言葉使わなければいいのに。そこばっかり気になって後半何言ってたのかさっぱり頭に入ってこなかったわ。
元気一杯のリュンを見ながらため息をつく。
昨日の生意気な態度はニンジーン騒動のおかげか也をひそめ、言葉遣いもかなり丁寧になっていた。でも頭の中の残念さは微塵も変わっていない。幸先は不安しかなかった。
当然こんな不安要素の塊を同行させるくらいなら頭は悪いが力の強いトロールの方が断然マシなのでそうしようしたのだが、ゴンボーウの突き刺さったままの杖を見せられて脅されたら俺に拒否するという選択肢はなかった。
ちなみにトロール達は今頃親父の厳しい指導のもと畑仕事に精を出していることだろう。
昨日の感じを見る限りもう人を襲うことはないだろうし、やる気も漲っていたので心配はしていない。
だから俺が心配すべきはこの大魔法使い(笑)だけだ。
「それじゃあ気合をいれてしゅっぱつー……しゅんこーう!」
まるで遠足に行くような浮かれた足取りで手を挙げながら上機嫌で森に入っていくリュンの後を、俺は重い足取りで追った。




