夕暮れのお茶会
「君がワタちゃんか……」
グッピーは安堵の表情を浮かべた。
「…あなたは…?」
「グッピーだよ、僕はその…マヤの……いとこだったんだ」
「……怖かったろう…辛かったろう…もう大丈夫だからね……」
「うん、だいじょうぶ…」
「ミグせんせい……」
「たすねにきてくれて、ありがとう…」
「…お礼は彼に言うといいさ」
「フカマチだ。フカマチ・ハルト……」
「ありがとう、ハルトさん……」
「……………さて、この化け蜘蛛をどう処理してやるか、だが……」
「燃えるゴミ……では…ありませんよね……」
「その必要はありませんよ」
ハルト右手を掲げると、手の甲に魔方陣のようなものが現れた。
「これより、浄化を始める……」
アトラキアの死骸はグズグスと崩れ始め、塵となって魔方陣へ吸収されていく……。
「…すごい、魔術かこれは…」
グッピーは目の前の状況に目を丸くする。
「まぁ、そのようなもんです」
…俺は魔術は使えない。これは厳密には闇魔術の部類に入るのだろうが、説明するとなるといろいろとめんどくさいからな……。
「こんな本格的なのは初めて見たよ」
「ぼくの叔父はある程度魔術が使えだけど、せいぜいブリキの人形を動かすくらいだったしね」
アトラキアは跡形もなくなって消え去った。
「…」
わたあめは床に散乱した絵本を拾って、それを眺めていた。
「…マヤさんは…」
ポツリと、わたあめが話し出した……
「マヤさんはきっと……さみしかったんだよ……」
「はじめてあったときボクのこと、リーフちゃんっていうこの、うまれかわりだっていってた……」
「マヤさんは、ボクにおかしやくだものをくれた。とてもおいしくて、うれしかった……」
「でもね、マヤさん、だんだんちがうひとみたいになっていったの……」
「えがおがね……へんになってきたの……。まるで、だれかにうごかされてるみたいに……」
「そしたら、とってもこわくなって……」
おそらく、マヤさんが彼女に会ったときには、寄生がそこまで侵食していなかったのだろう。
いつマヤさんは感染したのだろうか……。
そんなことは今になっては知るよしもない。
「悪いな、あのリビングも綺麗にしてくれて」
「構いませんよ」
内臓がぶちまけられたリビングは浄化され、本来の姿を取り戻した。
「……この椅子は、俺がマヤに結婚祝いで買ってやったんだ……」グッピーは椅子を正しい位置に戻した。
それは俺がマヤに勧められて座った椅子であった。
……これだけは比較的きれいだったな。
「これで……ようやく、終わった…」
「……マヤ……」
「むこうで二人に会えたかな……」
「そういえば、家はどこだい?お母さんとお父さんはきっと心配しているよ……」
わたあめはキョトンとしていた。
「おとうさん?おかあさん?」
「……グッピーさん、彼女はその……お菓子妖精です」
「……えっ!!」グッピーとミグは同じリアクションをした。
「お…お菓子妖精って、あの……絵本とか童話に出てきた、あの妖精!?」
グッピーはびっくり仰天。
「なんだか…不思議な子だとは思いましたが……」
「心臓の音は人間のそれでしたよ。顔はかなり整っていて、皮膚なんかはちょっと不自然なほど綺麗でしたが。いやはや、まさか…」
「ってことは内臓もお菓子でできているのか!血の代わりはなんだろう!もしかして、砂糖水だとか!?」
ミグの研究心に火をつけてしまった。
「ミグさん。勢い余って解剖なんかしないでくださいよ…」
「そう会えるものか!」
やれやれ。
「それで、ワタちゃん、君はお菓子妖精なんだろう?これからどうするんだい?」
「わたしは……」
わたあめは、途方にくれていた。
唯一の親を失った彼女は、どこにいくのだろう……
彼女……お菓子妖精の寿命は非常に短い……。
ソーダの炭酸のように、あっという間に消えてしまうのだ。
お菓子妖精がまつわる童話にこんな話がある……。
真夜中、売れ行きの少ない清潔なお菓子屋に、忘れ物を取りに来た店主が、彼女たちと遭遇した。
作りおきしていたクッキーやチョコレートの山のいくつかが、独りでに動き始め、女の子の姿となった。
店主はお菓子に霊が憑依したのだと考え、肝を冷やし、物陰から彼女たちを観察していた。
彼女たちは、売れ残ったクッキーやチョコレートを美味しそうに食べ始め、歌ったり、躍りながら、消えてしまった。
悪霊の類いではないと判断した店主が、物陰から出るも、すでに彼女たちの姿はなかった……
売れ残りの山がほとんどなくなっており、残されたお菓子は僅か。
残されたお菓子の数は、その少女たちの数と一致していた。
そのお菓子をさりげなく口に運ぶと、自分が作ったものとは考えられないくらい美味しかったという……。
その後どういうわけか彼の店は繁盛し、子宝にも恵まれ、幸せに暮らしたといわれている。
お菓子を食べる不思議な妖精。
いつの間にか現れ、すぐに消える妖精。
……そうだ。本来はそういう生き物なのだ。
わたあめ、そしてクリームは例外中の例外なのだ。
彼女らは他の娘より少し生き過ぎた……。
そうなると、彼女たちの心にある感情が生まれる。
それは、自分の出自に対しての孤独感。
本来は、すぐに消える命……。
クリームは明るくふるまっているが、同じような考えに違いないだろう……。
あいつには、少しひどいことをしてしまった…
「ワタちゃん、君に紹介したい子がいる…」
彼女は、心なしか悲しそうなうわめづかいで俺を見てきた。
「その子も君と同じお菓子妖精だ。きっと仲良くなれると思う」
「……わたしとおなじ……」
「あぁ」
「……」
「わたし……そのこにあいたい」
「君が来てくれれば、きっとその子も喜ぶ」
「……でも、童話の中では、お菓子妖精は外で生きていけないはずですよね? すぐ虫に食われてしまって死んでしまうとか……」
「なんか…だいじょうぶなきがする……」
「ミグさん……僕の魔術は汚いものを吸収して、綺麗にする力です。彼女の汚れもこいつでなんとかなります」
「君は妖精に好かれやすそうだね(笑)」
「ハンターさん、ありがとう。マヤを救ってくれて……」
グッピーはそう言いながら、懐から封筒を取り出す。
「受け取ってくれ、報酬だ」
「どうも。グッピーさん」
封筒にはある程度の厚みがあった。
「……」
……俺は、金は最低限生活できる位あれぱそれでいいと思っている……。
金で買えないものなんて、たくさんあるんだからな。
俺がほしいのはただ一つ。
闇蟲がその身に宿す、混沌の魂。
これではまだ……足りない。
闇蟲を狩って、まだまだ集めないといけない。
また、“あいつ”に会うために……。
「グッピーさん…ありがとう……」
「これ、あげる」わたあめの手にはふわふわのわたあめが乗せられていた。
「あ、ありがとうな……ワタちゃん」グッピーはそういって、わたあめを口に運んだ。
「……あぁ、おいしい。優しい味だ。」
「あ、ありがと……」
誉められなれてないような感じで、顔をうつむける。
「ミグせんせいも、あげる」
「す、すごい! 体から分離するとお菓子になるのか!?」
「すごいね、本当にお菓子の妖精だね」
グッピーとミグはまじまじとわたあめを見ている。
「あまいものは……げんきがでるよ…」
地平線に今にも沈みそうな夕陽が見える。
「すこし、長居しちまったな……」
「ハルトさん。ボクすこし……おなかがすいたよ」
「あぁ、そうだな。いい店を知ってる」
「……あの…」
「? 何だ?」
「……なかよくできるかな……? そのこと……」
「……あぁ、きっと大丈夫だ」
すると、わたあめが手を伸ばしてきた。
「……おてて、にぎって……」
俺は何も言わずに、その手を握った。
「おいしかったねーまたこようね!」
「よし!いっぱいくうべ!」
「ミアはお父さんのほうがすきー。だってケーキいっぱい買ってくれるもん」
「ははは、ありがとうミア。お母さんには内緒だぞ」
楽しそうな会話。
幸せそうに帰っていく、家族連れやカップル達……。
客が入れ替わり立ち替わり訪れるこの店に、開店してからずっと居座っている少女がいた。
そこは、4人座りのテーブル席。かわいらしい一人の少女が占領していた。
「ねぇ、あの席の娘、一人できたのかしら?」
「それにしてはケーキの量が多すぎるな。親御さんはトイレにでもいってるんだろう」
テーブルの上は大量のケーキ。もちろん、少女一人で食べきれる量ではないが、ケーキに興奮したクリームが、勢い余って取りすぎてしまったのだ。
「ちょっと……とりすぎちゃった」
大量のケーキを食べれて満足そうだったが、心なしか悲しそうな顔をしていた。
「お嬢ちゃん。わりぃけどもう閉店時間だぜ」
この店の店主である。
「……わかったわ。でも、もうすこしまっててほしいの…」
「親御さんが来るのかい?」
「……」
「その残ったケーキ、家にもって帰るかい?」
「うん。」
店主はケーキを入れる容器を取りに行った。
「おそいな……」
「ハルトのぶんもちゃんと、とっておいたのに……」
するとどこからともなく現れたハエが、手のつけていないチョコレートケーキに止まってしまった。
「あっ、だめっ」 クリームは急いで払い除ける。
「……」
「……ハルト…」
「…わたしのこと、きらいだったのかな…」
「きっと…どこかへいっちゃったんだろな」
チリン!チリン!
もうすでに店じまい。店主は従業員を帰らせ、一人残っていた。
もう誰かがこの店に来ることはない……。
誰だろうか?
「あー、お客さん?店じまいって書いてあるだろ」
ケーキのケースを持った店主が出てきた。
「まぁ、かたいこというなって」
聞き覚えのある声。
「お客さん、こまりますねぇ」
「甘いもん食いたい気分なんだ。これで多目に見てくれよ」ハルトは店主に金を握らせた。
「へへっ! 構いませんよ! どこの席がいいですか? おすすめは奥のあの席です。アナサントリアの海がとってもきれいに見えますよ!」
「いや、こっちでいい」
ハルトは少女が座っている席へ歩きだした。
「クリーム。悪かったな。少し遅れた」
「……おそいよ」
クリームはムスッとした顔をハルト向ける。
「…あなたも……ようせいのこ…?」
ハルトの後ろから、恥ずかしそうにクリームと同じくらいのかわいらしい少女が出てきた。
「あっ……あれ……う…うん! そう! そうだよ!」クリームは初めて会った自分の仲間に、驚きを隠せない。
「わたしはクリームよ!よろしくね!」
「……ボクはわたあめ……よろしく……」
「わたあめちゃんね!」
二人はなんだがうれしそうだ。
「ハルト? このこは? どこであったの?」
「囚われの少女。お姫様みてぇなもんだな」
「…」
「よくわかないけど、まぁいっか!」
「さぁ、ふたりとも!みんなでがんばってたべるわよ!」
「おまえ、明らかに取りすぎだろ」
「ハルトといっしょにたべようとおもったの!でも、ぜんぜんかえってこないし……」
「だから、悪かったよ」
「クリームちゃん……ハルトさんのことすきなの……?」
「ふえぇ!? ち、ちがうわ! そ、そんなことないわ! 」
「……クリームちゃん……かわいい…」
「おっ!イケるなこれ!クリームこれ食ったか?」
「あ、それ……」 ハエが止まったチョコレートケーキであった。
「それ?それってなんだよそれって…」
「あはは、なんでもない」
「ケーキ……おいしいな……マヤさんがかってくれたケーキもこれくらいおいしかったな……」
「……」
どうか、彼女を、マヤさんを忘れないでやってくれ。
それだけでも、少しは浮かばれるだろうから……。
「お客さん!サービスだぜ!」
さっきので、すっかり機嫌を良くした店主がスイーツを持ってきた。
「こいつは、俺特製のパンプキンケーキだ! 紅茶とよくあうんだなこれが!」
「おっ。これもいけるな。かぼちゃの甘味が……口の中のに広がって……」
「……」ポロ…。ポロ…。
「おいどうした? クリーム……?」
「え…えへへへへへへへ」
なんでだろ?おかしいな。こんなに……こんなに…
おいしかったかな?
「……よーし」
「もっとたべるわ! あまいものはべつばらよ!」
「お前の場合、別腹が本腹だろ」
「あははは」
「これが……エクレア……おいしい」
もう夕暮れ。仕事を終えた店が次々と閉まっていった。
夕日の金で装飾された海岸沿いのこの町は、まさに眠りにつこうとしているところ。
みな、帰っていく。
自分の帰るばしょへ。
さすらいの妖精たちは今、それを見つけた。