ふわふわ わたあめちゃん
ふわふわしたミディアムヘアーに、眠そうな印象を受けるジト目、青いパーカーとホットパンツをきた美少女が目の前に立っていた。
……あまり元気じゃないみたいですね。
「君がワタちゃんかな?」
「………」
呼びかけには答えず、ジーっと眠そうな目で俺を見てくる。
(……このひと……なんだろ……? ふしぎなひと……。
マヤさんとか、ミグせんせいともちがう……)
「……わたあめで…いいよ…」
「すごいわ先生。もう打ち解けるなんて。
」
スピーカーをオンにして耳に装着していた話機から、グッピーの声が聞こえてきた。
「いるんだな!?そこに!?監禁されている女の子が!」
「えぇ」静かに答えた。
「わたあめちゃん、最近気分はどうかな?、何か痛いところはないかい?」
「……ないよ」
「先生。ワタちゃんをちゃんと診てあげてください」
「もちろんです。」
俺はマヤの視線を背に、わたあめにハンドサインを送った。
助けに来たと。
わたあめは一瞬嬉しそうな顔をするも、マヤを気にしてか、すぐに元の表情に戻った。
まずはこの娘をたすけねば。
俺は急いで出口を確認する。
よし。
少女を抱き抱え、急いで出口に向かった。
………その刹那。
闇蟲の不浄な気配が後ろで暴れ始めた…。
ドシュッ
明確な殺意をもったなにかが、背後から飛んでくる。
もう少しで脱出できたが、俺は回避を優先した。
ベチャアッ
ドロドロの白い粘液が、部屋の入り口を完全に封鎖する。
…な、なに?……白…。
……しまった!!
わたあめを自分の背後に回しながら、振りかえる。
……8本の長い脚、上アゴの鋭いキバ、もはや死角などないであろう大量の複眼。
そう……蜘蛛だ。
その傍らには頭から腹部までバックりと割れ、大量の血を流しているマヤの死体があった。
その蜘蛛はマヤの死体を貪り始める。
蜘蛛はさらに膨張し、やがて人間ほどの大きさになった。
こいつは【アトラキア】。
人体に寄生する蜘蛛のような闇蟲。
脳を掌握し、自分の正体がばれないよう、宿主の生前の行動を行うことがある。
……マヤさんは恐らく子供が大好きだったのだろう……。
「ひっ……」
わたあめが怯えて、背後から俺に抱きついてくる。
「まずいな……。出口が」
途端。その巨体には似合わない程のスピードで一気に距離を詰めてきた。
俺は少女をおんぶして、ジャンプし、壁を蹴って部屋の反対方向に飛ぶ。
「なんだ!?何が起こっているんだ!?」
話機からグッピーの声が聞こえてきた。
「やはり闇蟲の仕業です!マヤさんは寄生されていました!ドアが封鎖されてここから出れない!このままではワタちゃんもやられる!」
「何だと!?わかった!今助けに行く!」
獲物を逃したアトラキアは、ゆっくりと振り返った
「……キョ!キョオオオオオオオオ!!」
「……ドアが封鎖されてここから出れない!このままではワタちゃんもやられる!」
ハルトの話機から切迫した声が聞こえてきた。
「何だと!?わかった!いま助けに行く!」
「待ってください危険です!グッピーさん!」
「その少女だけでも助けないと!」
ズゥゥゥゥンン…… ガタガタガタガタ……
「キョオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「ひっ……!ひぃい!」グッピーは無意識に頭を抱え込んでしまった……。
「やめましょう!私たちでなんとかできる相手ではありません!」
「はぁ!はぁ!……でも、でもその娘は俺よりも怖い思いをしてるんだ……!!」
「俺は行くぞ!あの娘を助けに!」
覚悟を決めた男の表情が、そこにはあった。
「……」
「………私も……私も手伝います……!」
「うわあああああ!何だっ!何だよ!?」
大量の内臓がぶちまかれたリビングに二人はたどり着いた。
「はぁ、何度見ても、馴れません……」
「はぁ!それより!それよりあの子だ!」
「……奥ですグッピーさん!私についてきて!」
ガアァアアアンンッッッ!!!
奥の部屋から来る轟音とともに部屋全体が揺れる!
「なんだこれは……!?」ミグが部屋の前で足を止める。
「どうしたんだミグさん!?……………なんだこの……白い粘土みたいなやつは……!?」
「わたしにもわかりません!!
ですが、この先です!この先にワタちゃんがいます!」
「なにがなんだがわかんねぇが!
この椅子でぶち破る!退いててくれミグさん!」
「くそっ……!全く隙がねぇ……」
この閉鎖空間で、少女を守りながら戦うのはしんどいものがある。
たった数十秒の攻防で、整頓されていた白い部屋は、もはや見る影もなくなってしまった。
壁や床が陥没し、ひび割れ、おもちゃや絵本が地面に無惨に散乱していた。
グッピーと通話しようとしたが、耳に装着していた話機がないことに気づく。
殴られた衝撃でどこかに落としちまったみたいだな……。
……なんとか、隙を作らなくては…。
そうだ……。
………こいつを使うか……。
ポケットから小さなビンを取り出す。
その防腐剤で満たされたビンの中には、ほんのり光っている卓球のボール程度の球体が泳いでいる
こいつは【輝石】(ひかりせき)。
正体は闇蟲の内臓、生命維持器官であり、光のエネルギーが闇蟲の体の中で熟成し硬質化したもの。
これを破壊しない限り、やつらは何度でも復活する。まるで光に集まる虫のように……。
人やお菓子妖精には、元々、光のエネルギーが備わっているため、闇蟲は襲うのだ。
この石はやつらにとって、ほっぺが落ちるほどのごちそう、無視はできまい。虫だけにな。
俺はやつに向かって投擲した。
ガシャン
ビンが割れ石が飛び出す。
人があまいもの発見した時のように、凄まじい早さで近より、石をくらいはじめる。
無我夢中で食べたアトラキアは敵の接近に気づかなかった。
「食事中わりぃな、死ね」
アトラキアの体に内臓炙りが突き刺さる。
トリガーを引き、焼夷弾がやつの体内に注入される。
ドッグオオオオオッッッンンン!!!
俺は爆発の反動で部屋の奥に吹っ飛ぶ。
「ギョアアアアアアアアアア!!」
蜘蛛が恐ろしい悲鳴をあげる。
だが……浅い……!
奴の体内の輝石まで届いていない……!
アトラキアは苦痛でのたうち回っていた。
「……せんせ……」
わたあめが話しかけてきた。
「…ボクをたべて……ボクもせんせのちからになりたい…」
お菓子妖精の能力。継承の力。食べてくれた相手に奇跡の力を一時的に与える。
クリームは氷の力、じゃあ、わたあめは……?
わたあめは髪の一部をちぎって、差し出してきた。
「これを……せんせ…あいつがおきあがるうちに……!」
「あぁ、わかった!」
……フワフワした食感が口を支配する。
……それも束の間、唾液によってあっけなく溶かされる、儚いお菓子……。
グッピーとミグは糸で封鎖された扉に苦戦していた。
「まるで、固いゴムを殴っているようだ……!」
殴打、蹴り、タックル、椅子、包丁………。
様々な手段を講じるもむなしく、彼らを突き放す。
「この先なのに……!あとすぐなのに……!」
ドッグオオオオオオオオオオオンンンン
ガキィンッッ……!! ズゥゥゥゥゥゥゥンンン……!!
「ヒエッ……」
「中で……何が、起こってるんでしょうね……」
「……知るよしもないよ……。でも戦っているってことはまだ生きているってことだ……!」
すでに先の曲がった包丁で、グッピーは糸の壁を殴り続ける。
ガッッッッ
何十回と突き立てた包丁がようやく貫通した。
「やっ……やった!貫通したぞ!」
包丁を引き抜くと、そこからは……。
モクモク……
「けっ煙か!」
「……いやグッピーさん、これは煙というより…」
「雲……ですな……」
白い部屋は“白さ”を増していた。そう、何も見えなくなるほどに……。
「これが……お前の力か……」
手から無尽蔵に雲が生成されていく。
それはたちまち部屋中を飲み込んでいた。
「キョオオオ!!」
アトラキアは周りを無差別に破壊しながら暴れまわる。
こいつ、完全に俺を見失ったぜ!
そして逆に、おまえの動きは手に取るようにわかる!
圧倒的なアドバンテージだ!
やつが後ろを向いた瞬間、俺は跳躍した。
「やるなわたあめ、くもにはくもってか」
全体重を乗せた攻撃は、やつの鉄の皮膚を深くまで貫いた。
「ギィィ!!ギィィィィアアアア!!」
足を乱舞させ、体を振り回し、俺を落とそうとする。
だがそれも……
「もう楽になれ。チェックメイトだ」
アトラキアの体は内側から爆発した。
ハルトはその爆煙のなかに一瞬、マヤの姿を見たような気がした……。