クリームちゃんのケーキバイキング
ちょっと、グロテスクです。
「そういえば、なんてよべばいいのかしら?」
「今さらかよ」
「ハルトだ。フカマチ・ハルト」
「ハルトね!」
比較的大型のスーツケースを揺らしながら、その男は歩いていた。
その傍らには小さな少女。正体はソフトクリーム。
二人は西の十字路へ向かって歩いていた。
「あなた、ワイルズさん?」
「そうだが?」
みすぼらしい、初老の男。汚いテーブルに陳列された泥団子は彼自慢の逸品だ。
「この町に住むグッピーという方をご存じで?」
「あぁ、知ってるぜ!」
男は丁寧にも地図を書いて教えてくれた。
「いくらか、くれよ」
「どうも、ワイルズさん」俺は2000円を手渡した。
「これはチョコレートかしら?」クリームが手を伸ばす。
「お嬢ちゃん。こいつらは俺自慢の泥団子だぜ。
ずっと磨いてきたから綺麗だろ。味もうまいぜ!」
「いらないわ」
さて、ようやく場所がわかったが、こいつが邪魔だな。
しばらく、歩くとケーキ屋さんがあった。
ガラス越しから、色とりどりのケーキが顔を見せる。
オーソドックスなショートケーキ、ほんわかした優しい色のチーズケーキ、栗がテカテカして美味しそうなモンブラン、クリームがはみ出しそうなくらいたっぷり詰まったエクレア!
「うわぁぁぁぁぁぁ…」
クリームが恍惚な表情を見せる。
「…へぇ、うまそうだな…」
「でしょ!でしょ!ハルト!はやくはいりましょ!」
ったく、興奮しやがってこのやろうは。
よく中を見ると、客が結構いる。
入り口の張り紙にはこう書かれていた。
『皆さんお待ちかね!ケーキバイキング!
2000円で有名パティシエのケーキが食べ放題です!』
「バイキングやってんのか」
「バイキングってどういういみ?」
「食べ放題ってことだな」
「たべほうだい!?ケーキもエクレアも!?
もちろんパフェも!?」
「そういうことになるな」
「やったぁぁぁぁぁ!」
おい、まだ入ると決まった訳じゃないぞ。
「わたし…どうなっちゃうのかしら…?こわいわ…」
急に深刻な表情になる。
「知るか」
中には結構な客がいた。店の方は古めかしい雰囲気だったが、きちんと掃除は行き届いている。
「さて、俺は依頼人会ってくるから、ここにいな」俺は2000円を手渡す。
「わかったわ!」受けとるとすぐに店員の方に走っていった。
「あら!かわいい子ね!何かしら?」女性の店員がクリームに気がつく。
「わたしもケーキたべたいわ!」
「えぇ!もちろん!」
…はぁ、やっとうるさいのが行ったぜ。
さて、行くか…。
俺は何キロか歩くと、集合住宅にたどり着いた。
すると、入り口に男が一人。キノコみたいな髪型で、緑のシャツを着ていた。
俺が近づくと、向こうも気づいた様子。
「失礼、グッピーさんですか?」
「あぁ、そうだよ。あんたが怪物ハンターか?」
「はい。」
グッピーには【マヤ】といういとこがいる。
マヤはこのアナサントリアに夫と娘の三人家族で暮らしていた。
しかし、不慮の事故により、二人を亡くして、気が狂ってしまい今は一人でひっそりと暮らしている。
グッピーいわく、その彼女の家で明らかに異常なことが起こっているらしい。
マヤを心配し、グッピーは度々訪ねたが、いつも追い返されていたのだ。マヤが家のドアを開けると、いつも奥からものが腐ったような異臭がしたそうだ。
彼が、俺を呼ぼうと決心したきっかけの出来事
は、彼の心を心底震え上がらせたようだ。
それはある日、マヤにいつもように追い返されたグッピーはこのまま帰るのも癪なので、家の周りと彼女の生活を観察していた。
時は夕暮れになり、全く反応のないマヤの家から自宅に帰ろうとしたグッピーは、恐ろしい体験をすることになる。
「……キョオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
この世のものとは思えない絶叫がマヤの家の中から響き、家の中の‘’なにか‘’が、まるでこの場所が窮屈だと言わんばかりに、ガタガタと揺れ始めたのだ!
それ以来、グッピーは彼女の家には行っていない……。
基本的に誰も家にいれないマヤだが、一人だけあの家に入れる人間がいる…。
「あぁ、来ましたか、ハンターさん」少しやつれた感じの男が現れた。
そう。彼だ。名前は【ミグ】という内科の訪問診療医だ。
「はじめまして、フカマチです」
「さっそくですが、あの家の様子をある程度教えていただけますか?」
「……まず、初めに私は彼女を診療しているわけではありません」
「……と、いうと?」
「あの家に彼女のほかに、一人少女がいます。名前はワタちゃんと言っていました。私はその娘の診療をしているわけです」
「その娘の素性は?彼女の実子ではないでしょう?」
「あぁ、その通りだ。」グッピーが答えた。
「もう、【リーフ】はいないんだ……。
…あぁ、リーフってのはマヤの実の娘さ……。
誰か仲のいい友達の子を預かっているんじゃないかって考えたが、そんなやつなんているわけない。近所付き合いどころか、周りに住んでる人達が彼女を嫌ってるくらいだからな」
「ミグさん、そのワタちゃんについて……」
「彼女、監禁されています」
「監禁……」
「誘拐!監禁!あぁもう、めちゃくちゃ!」
「辛いでしょうが、どうか、落ち着いて……」
「ワタちゃんは、マヤさんの前では気丈に振る舞っていますが、実際は怯えています。彼女の狂気的な愛情に恐怖を感じています」
「ワタちゃんは直接的に助けを求めることはしません。というかそんな雰囲気ではないんです。あの娘もわかってるんでしょう。なんだって部屋に鍵をかけるくらいですから。いったい何をされるやら……」
「健康状態はいたって問題ないですよ、逆にマヤさんを診断したいですね……。
だって、やっぱり異常ですよ。汚物食って、腹壊して、そこらへんには吐くんです。あの部屋の中も異常の極みです。そこらに家畜の内臓が……」
「うわああああ!なんでそんなことに……」グッピーは顔を歪ませる。
「やはり、これは闇蟲というやつの仕業なんでしょうか……。昆虫の化け物なんですよね?確かに、ハエやゴキブリはいましたが、化け物と言うほどでは……。もしかして、やつらがそうですが?」
「基本やつらは大きいですが、普通の虫と大きさが変わらないやつもいます。こればかりは私が見ないとわかりません。ですが、彼女の一連の異常行動、グッピーさんが聞いた謎の怪音。………犯人が闇蟲の可能性は高いでしょうね。」
「そういや、なんであそこに閉じこもってんだよ、闇蟲ってやつはよぉ、早く出てってくれよー」
「闇蟲は自分が住める環境ではないと移動はしません。例外はありますが。闇蟲は基本、人間を食べようとしますが、知能の高いやつは、人を操ったり、寄生したりします。そちらのほうが、効率がよいからです」
「き、き、寄生!?」
「あくまで、予測です。単なる精神疾患だけの場合もありますが……」
「わたしもね、入院させたいですよ彼女。そのような話をそそのかすと凄いおこるんですよね……」
だいぶ苦労してらっしゃる。
「マヤさんは今自宅に?」
「あぁ、朝の買い物以外はずっと部屋に引きこもっているからな」
「じゃあ、行きましょう。見ないことには話にならない」
「………その前にひとつ、グッピーさん。大事なことです。とても大事な……。」
「……あぁ、わかってるよ!あんたを呼ぶ前に何度も考えたさ!彼女を殺すかもしれないんだろ?」
「えぇ、操られてるにせよ、寄生されてるにしろ、手遅れなレベルで侵食させられていたら……」
「……マヤもそんな形で生きるなんて望んでないはずだ……」
「おいしいわ、ここが、らくえんかしら?」
クリームは大きいテーブル席に一人で座り、テーブルいっぱいにケーキを置いていた。
このバイキングで出されるケーキはひとつひとつが小さい。だからいろんな種類のケーキが食べられるわけだ!
「あのこ、すごい量を食べるのね……」ヒソヒソ
「あのちっちゃな体にあれだけは入るのかしら?」ヒソヒソ
「親御さんはいないのかな?」ヒソヒソ
クリームのテーブルにみんなびっくりだ。
「おいしい!おいしいけど……」
周りはみんな家族連れやカップル。
一人で食べるには寂しいものがある……。
2つ隣の席の家族は幸せそうにケーキを囲んでいた。
「よーし、お父さん一杯食べちゃうぞー」
「ほどほどにしときなさい、あなた」
「これすごい美味しそう!ねぇ、食べていい?」クリームと同じくらいの少女がはしゃいでいた。
「………」
「……あれが、かぞく……」
「わたしは…ひとりぼっち……」
「……そっか……おかしだものね、わたし……」
……なんで俺がこんな格好してるんですかねぇ…。
「なかなか、似合ってるじゃないか」
マヤの家の前に着き、俺は医者の格好をさせられた。
「わたしは病気になったので、あなたがその代理、と言う体でお願いします」
「…やっぱり、一緒に行くことはできませんか?」不安だ…。
「…彼女は家に二人以上招くのを嫌がります」
医者のマネゴトはしたことがないな……。
「わたしは、受け入れられるんでしょうかね?
」
「その時は、次の作戦を考えますよ」
「それでは、確認します。私がさっき言ったことを復唱してください」
「はい、このライトで彼女の目の具合を確認する……そのあと聴診器でお腹の具合を確認……。
後は適当なことを言って、この薬を処方する。」
はじめて持ったぜ、医療器具なんて…。
「ビタミン剤なんだけどね、なにか処方しないと、落ち着かないんですあの人」
「それとマヤさんとは、少女の診察の前に雑談をします。彼女に医学的な知識は全くありませんので、大丈夫です」
「そのあいだに、本命の闇蟲調査もお願いします」
「監禁されている少女の救出も頼むよ、化け物を殺す前に、できれば優先してほしい」
やれやれ、想像以上に面倒になってきたな…。
そして医者は【話機】を出した。
話機は、小型のアーティファクトで、遠くでも会話することができる優れものだ。
だいたいは、耳にすっぽりと入る形で使用される。
「診療に関してはわたしが、これで指示します」
すごい高いんだよな、これ。さすが医者だぜ!
「ちょっと待ってください。そのスーツケースはなんです?」ミグが尋ねてきた。
「あぁ、これは僕の仕事道具ですよ。あなたの医療器具のようなものですな」
「……そうですか、くれぐれも…お気をつけて…」
「……それでは行ってきますよ」俺は彼女の家の前に向かう。
「ちょっといいかい?ハンターさん……」
グッピーが訪ねた。
「……もし、……もしもだ!、もしも彼女がその、闇蟲に侵されて……殺すことしかできないなら……死んだ彼女はどこに逝くんだ…?その汚いやつと一緒に地獄に落ちるのか?……夫のジェイクや娘のリーフと同じ……天国に行けるのか?……」
「…グッピーさん、それはわかりません……。ですが、闇蟲が関わっているのならば、その異常行動もすべて闇蟲の仕業です…。彼女では決してありません。そうなっていたらもうすでに、マヤさんはマヤさんじゃないんです。マヤさんの魂はもうそこにはありません……」
「……そうか、わかったよ、ありがとう……」
グッピーは何かを決断したような顔でそういった。
「さて、行って来ます……」
今、この不浄の館に突入する……。