魔王退治に行ったら寝取られた事にされてた
注意その1。聖女に理想を描いてる方は速やかにブラウザバック。
注意その2。ほとんど会話がメインとなっています。
この世界には10歳になった時に天職となる職業を授けられる。
私も10歳になった時、男の幼馴染2人と共に職業を与えられた。
片方の男の幼馴染には勇者。そしてもう片方の幼馴染、私の想い人である男の子は農民だった。
そして私が与えれた職業は聖女。
正直言って、子供の時の私に凄いだなんだ言われても実感が湧かなかった。
ただ、神殿の人達が騒ぐだけ騒いだ後、王都に連れて行かれる事になった時は激しく反発した。
何が嫌か、想い人である幼馴染の男の子と離れ離れになるのが嫌だった。
ゴネてゴネてゴネまくって、漸くそのまま村に留まれる事になり安堵した。
農民君と離れ離れになるのなら聖女なんかやらない!と豪語してやったのが良かったのかもしれない。
仮に、じゃあ農民君も王都に連れて行こうって話になってたらどうなってたのだろう。
というか、10歳の子供を親元から引き離して連行するとか今思えば横暴以外の何者でもないと思う。
農民君の側にこのまま居られるとなると途端に余裕が出てきて、聖女の何が凄いのか教えて貰う事にした。
どうやら癒し全般の力が使えるみたい。
凄いと言ってもそれだけかと思ったけど、怪我も病気も治せるのならやっぱ凄いみたい。
「聖女の力って傷を治したり出来るんでしょ?皆が怪我したら私が治してあげる!」
「ふーん。なら俺も農民を極めてみる事にする」
「フッ……そうだね、キミは村一番の農民にでもなればいいさ」
あまり絡んだ事のない幼馴染が何かドヤ顔してたのを覚えている。
こっちの幼馴染んでない方の男の子はたまに気持ち悪い目で見てくるから嫌い。
農民君を見習って欲しい。いっそ清々しいくらいエロい目で見るから。
あの運命の日から8年。
ついに存在してなかった魔王が現れたという御触れがあった。
当然と言うべきか、勇者であるキモい人と聖女である私は魔王退治へと旅立たされる事になる。
一応絶対に行かないとゴネてはみたが、事情が事情なおかげで今回は強制連行となった。
もしかしたらがあるので農民君に一緒に来て欲しいと言ってはみたが……
「出来れば俺も手助けしてやりたい。だがしかし、俺はただの農民……君を守る剣にも盾にもなれやしない。むしろ俺が着いていくことで足手まといになり、逆にピンチを招きかねない。分かってくれ、俺は君の無事を祈っている事しか出来ないんだ」
とても凛々しい顔でそれっぽい言い訳をして断られた。
言葉とは裏腹に本心は全く違う事を考えてるであろうことを私は知っている。
この時の農民君、凛々しい顔だったけど私を見る目は恋人を見る目じゃなかった。
私は悟った。
この人、魔王退治に行ってる間に私を捨てる気だと!
酷すぎる、私だって好きで離れ離れになる訳じゃないのに!
でもそんな決断が早いトコも好き!
そして私は決意した。
1ヶ月、遅くても2ヵ月以内に魔王をぶっ倒そうと。捨てられるまでにそのくらいの猶予はあるだろうと願って。
命を賭けんばかりの決意から早1ヶ月、私達勇者一行はようやく王都に到着した。
道中は勇者君と同じ馬車なのは絶対に嫌なので別々の馬車を用意してもらった。
そして王都で王様に会って勇者君が聖剣を受け取った。私には何もくれず、聞いてなかったけど何かしらの激励を貰ってこれからが本番。
正直、王族の激励だけとか私要らないんじゃなかったかな?と思いつつ王都を出発し、初めに四天王の中でも最弱な奴を倒しに向かっている所だ。
今は日が暮れる前に到着した町の宿の部屋の中である。
「遅すぎる!私の予定ではすでに四天王を3体くらいは倒してる筈だったのに!」
「無茶言うのねアナタ。この世界がそんな狭い訳ないでしょうが」
私の声に出さずにはいられなかった激情に返事をくれたのは光ちゃんという半透明の女の子。
ちなみに光ちゃんという名前は私が付けてあげた。
彼女は村を出発してすぐに私が乗ってる馬車の中に現れた女の子だ。
何でも私にしか見えない光の精霊みたい。
そんな精霊さんが何で急に私の所に?
『アナタはまだ農民君の恋人なのでしょう?私達の母であるこの世界は農民君の事が大好き、私達精霊にとっても農民君は大事な人なの。だからその恋人であるアナタの事も大切というわけ』
『そうなんだ。つまり農民君は私の事が心配で光の精霊であるあなたを護衛として送ってくれたって事だね!やっぱり素敵だよ農民君!』
『そうよ、私アナタの農民君の事となると都合の良い解釈してくれる所とか好きよ?』
それから光ちゃんとは道中よく会話をする仲になった。
まさか王都に行くまで1ヶ月近くかかるとは思わなかったので話し相手が居てくれて本当に助かった。
「どうしよう光ちゃん。もう四天王とか飛ばして直接魔王を倒しに行く方法とかないの?むしろそっちの方が話が早いよ?」
「ないわ。魔王もアナタみたいなまずはボスから倒せ理論する馬鹿対策の為に結界を張ったのかもしれないわね」
「だったら、1日おきに四天王を倒して5日目に魔王を倒すとか!」
「人間の限界を超えたスピードで移動しても無理でしょ」
「移動は馬車だから走るのは馬だよ?」
「馬の限界超えても無理だって。いや馬小屋に向かって速度上昇の補助魔法連発しなさんな、どんだけ馬を限界突破させるつもりなのよ」
あれも無理。これも無理。
なんだ、光ちゃんって精霊の中でも上位の割に役に立たないんだ。
「ぐむむっ!もおおおおっ!どうにかして光ちゃん!もう1ヶ月も農民君に会ってないんだよ!?」
「私に無茶振りしないでよ……大人しく数年かけて魔王を倒したら?」
「やだ。光ちゃんには分からないと思うけど、私の農民君に対する想いは1ヶ月会えないだけで世界なんて魔王にくれてやるから帰りたいってレベルなんだよ」
「いや分かるけども。アナタが農民君に向ける狂気染みた愛情なんていつも見てたから知ってるわよ」
狂気染みてるって失礼じゃない?
純粋な愛に決まってるじゃん。
「ちなみに聞きますが、いつも見てたって、ひょっとして私と農民君の抱き合って快楽に溺れる姿なんかも見てたり?」
「あ……いえ、その……た、たまに。というか言い方」
「そ、そう。うん……精霊が見てるとは思わなかったよ。まあいいよ、光ちゃんになら見られックスでも許してあげる」
「許してもらえてありがたいけど、聖女のくせに下品で頭悪そうな言葉使わないで」
聖女だからって品行方正って訳じゃないと思うんだけどなぁ。
ふと、宿のテーブルの上に光が現れ、一つの紙の入れ物が出てきた。
ああ、神殿のお手紙転送サービスか。遠くに離れた人にも送れる優れもの、便利だよねこれ。
さてさて、差出人は……って、農民君じゃん!!
あの農民君が私に手紙を送ってくれるなんて!好き!!
興奮しながら封を開け、光ちゃんと一緒に中身を読むと――
「……え?」
「あらあら、婚約解消だって。そりゃショック受けるわよね」
「農民君が、私に対して余所余所しい敬語を使うなんて!?」
「もっとショック受けるべき所があるんじゃない?」
無いよ!
光ちゃんは分かってないかもしれないけど、これは完全に私との関係を清算しましたって事だよ!
もはや他人扱いじゃん!
「まあ落ち着きなさい。どうも勇者から嘘っぱちの手紙を貰った事が原因みたいだわ」
「そうだね。もう勇者君が魔王と戦闘になったら魔王側に付いて共に勇者君を亡き者にするから」
「せめて相討ちを狙いなさい。じゃなくて、黙ってたけど実はね……アナタ王都に向かう道中に一度勇者に寝込みを襲われそうになったのよ。まあ馬車の扉を開ける直前に私が闇の精霊に頼んですぐさま昏睡させたから未遂だけど」
「へぇ、どうせなら襲う直前に止めてくれてたら現行犯で豚箱に送れたのに」
「今更だけどアナタって聖女らしさが無いわよね」
「あー、それそれ、村の皆もそうだったけどさぁ……人格が聖女なのと職業が聖女なのは別物だよ?いくら私の職業が聖女だからって同一視しないで欲しいなぁ。聖女なら誰でも慈愛に満ちた汚れなき存在だと思ったら大間違いだよ」
「え、ええ……何かごめん……」
別に光ちゃんだけを責めた訳じゃないから気にしなくていいんだけど。
そんな事より農民君からの手紙だ!
よく考えたらあのヘタレな勇者君が旅立ってすぐ私を襲うなんて度胸ある筈が無い。
きっと、勇者君をけしかけたのは農民君に違いない……
とにかくお返事しよう。
勇者君には何もされてない。私の抱き心地は農民君しか知らないしこれからもそうだよ!って気持ちが伝わる手紙を書いた。
如何にクズな農民君でもこれなら少しは待っててくれるだろう。
『信じられぬ、失せろビッチ』
手紙を送ってから3日目。返事だコレだ。
「良かった……!敬語じゃなくなってる!」
「この返事でプラス方向に捉えられるアナタの頭の中ってどうなってるの?」
「そんなんじゃないよ。農民君が完全に私を見限ろうとしてるのは確かだし」
「……私が言うのもなんだけど、農民君って結構なクズよ?どうしてアナタが農民君の事が好きになったのかも分からないわ。もう農民君の事は忘れて別の男を好きになってもいいんじゃないの?勇者以外で」
どうして私が農民君を好きか、か。
どうしてなんだろうなぁ……
理由なんて分からない。いつからか分からない内に好きになって、愛してたんだから。
「小さい頃から漠然と好きって思ってたのかなぁ……今でも初めてプロポーズした事は覚えてるよ。聞きたい?」
「暇だから聞いてあげる。けど、初めてってアナタ何回プロポーズしてるのよ」
さあ?
農民君に胸キュンした時はすかさずプロポーズしてた気がするから回数とか不明だ。
さておき私が初めて農民君にプロポーズした記憶、あれは確か私達が5歳の時だったかな。
確か子供らしくおままごとして遊んでいた時だ。
農民君は嫌々だったけど、なんだかんだ付き合ってくれたっけ。
『ただいま』
『おかえりなさい!』
『ふぅ、今日も疲れた。ああ、飯はまだいい、大事な話がある。思えばお前と同棲を初めてもう5年にもなるだろ』
『ふうふじゃなかったんだ……』
『それだ。俺等ももう結婚していい時期だ。結婚しよう……と言いたい所なんだが、このまま夫婦になったとして本当に幸せになれるのか、それを考えてみた。
このまま農民として暮らせば食に困る事はないかもしれない。だが、稼ぎは少ない。子供が生まれ、しかるべき教育を学ばせたいと思うと今の生活じゃ厳しい……あと家族を大事にしたい身としては数年に一度は旅行に行こうと思っている。
だが旅行に行くにも馬車の手配に冒険者の護衛と金が必要だ。
金、金、金!なにはなくとも金だ!
無難な所で徐々に農地を拡大し、果物など高値で取引される作物を栽培する事にした。
手始めに元手を増やすために王都のカジノに行き10倍に増やす。
俺に全てを任せて、お前は黙って付いて来い』
『すき。けっこんして』
「手始めにする事がクズ特有のソレじゃない。というか農民君が5歳児らしくないわ……今の話だけで何処に好きになった要素があるのよ」
「ふふ、あのね光ちゃん。クズを好きになるのに理由なんて要らないんだよ?」
「よっぽどの理由が必要だと思うわ」
「あれ……そ、そうかな?」
「それで、どうするの?」
どうするって……何をどうするんだろう。
もはや何を言っても農民君が私の帰りを待つなんて神展開は有り得ない。
今思えば、旅立つ前日に避妊無しで情事に及んだのも抱き納めのつもりだったのだろう。
ちなみに光ちゃん情報によると出来てなかった。出来てたら認知させたのに。
更にキッパリ私を不要と判断して捨てた所を考えるとすでに別の女をゲットしてる可能性が高い。
「私が言いたいのはこのまま旅を続けるか、農民君の所に帰るか。世界の平和と農民君のどちらが大事か、という事よ」
「どう考えても農民君です。本当に帰ります」
「わぁお、即決ぅ」
今は夜、次の町に到着してないので宿屋の中じゃなくて馬車の中で休んでる最中だ。
あと数時間もすれば勇者君も他のお供の人達も寝ているはず。
そして決行。
光ちゃんと他の精霊達にも手伝ってもらって音も姿も消してから馬車から離れた。
朝、目が覚めるまで私達が居なくなった事には気付かないだろう。
近くの町で馬車を借りようと考えたが、足が付く恐れがあるので移動手段は全力ダッシュだ。
「いや、凄いわアナタ。回復魔法を自分にかけながら走れば馬車以上に早く移動できるものなのね」
「うん、あと5日もすれば村に帰りつくと思うよ」
「馬車で1ヶ月以上かかる道のりって何だったのよ……」
ホントだよ。馬車なんて甘えだよ。
最初から移動はダッシュにすべきだったんだ。
私は道中に出会う魔物をそのまま蹴飛ばしながら村に進む。
農民君は絶対に諦めない。絶対にだ――
「……着いた」
「ほんとに5日で帰り着くとは驚いたわ。魔力も切れないなんて聖女の魔力も凄いわねぇ」
久しぶり、と言っても1ヶ月ちょっとぶりだけどそれでも見慣れた風景に思わず胸がグッとくる。
おっと、故郷の懐かしさに耽ってる場合じゃない。
早く農民君に会おう。会って、私には農民君しか居ないって事を伝えなければ。
というか単純に農民君に会いたい。
「でも、今日農民君に会った所で私は結局魔王討伐の旅に出なきゃいけないよね……」
「うん、まあ……あー、そうね。アナタには今まで黙ってたけど……実は農民君って滅茶苦茶強いのよね。そりゃもう魔王ですらボコボコにするんじゃないかってくらい」
「え?」
何それ凄い。好き。
違う違う、え?て事は何か?
私は農民君と旅に出ても別にいいんじゃないかって事?
いや、厳しいか。
何せ出発前にそれっぽい言い訳をして断られたし。
そうだ、農民君はクズだけあって女好きだ。都合の良い事に魔王を倒したら第二王女が勇者君に嫁ぐ話が出ている。
農民君が魔王を倒せば第二王女は農民君のモノ。これを餌にすれば或いは。
考えがまとまった所で農民君の実家に向かう。
ドアと叩き、来訪した事を告げると農民君のお父さんが出てきた。
そして私を見るなり驚いた顔をする。そりゃ旅に出た聖女が急に戻ってきたらそうなるよね。
「君はっ、息子が育てたボディの聖女ちゃん!?」
「はい?」
「いや、何でもない。急にどうしたんだ?」
「農民君に会いに来ました!」
農民君のお父さんの視線は私の胸に固定されている。
おかしいな、旅立つ前は変な目で見られること無かったのに。
お父さんの話によると、どうやら農民君は村のはずれに家を建てて嫁と称する2人と暮らしてるらしい。
ふふ、まさか2人も娶ってたなんて。
「行こうか、光ちゃん」
「殺傷沙汰はダメよ?」
「しないよ。そんな事したら農民君に嫌われちゃうじゃない」
新築の家のドアを叩くと、あっさり開いて中から誰かが出てきた。
例の女達のどちらかと思ったけど、意外な事に農民君が自ら出向いてくれた。
うはぁ、1ヶ月以上ぶりの農民君だぁ……
「久しぶりだね!農民君!」
「ああ、誰かと思えば聖女か……仕方ねぇな、ほら10万ゴールドだ」
「手切れ金を受け取りに来たんじゃないんだよ!」
「なら何しに来たんだ?」
こっちの立場からすると浮気現場に突入した感じになるのに、こうも普段通りに接せられるとは流石は農民君、クズの貫禄がある。
しかも会うや否や手切れ金を渡そうとするあたり、私との関係の清算に全力を出してると言わざるを得ない。
「私が何しに来たかって?……勿論、今後ずっと農民君と一緒に居るためだよ」
「お前には魔王退治というめんどくさい使命があるだろ?」
「うん。だから、魔王退治は農民君と行くよ。勇者君なんか目じゃないってくらい強いんだよね?私、知ってるんだから」
「断る」
まあ当然だ。
だけどここからだ。必ず説得してみせる。
「ふふ、農民君……魔王を倒したら褒美を貰える事は知ってるよね?」
「ああ。何だ?魔王を退治したら王女と結婚できるとか言うつもりか?王族と関わり合いになるなんざ御免だからな」
「ち、違うよ?……ええと、そう!魔王を倒したら……サトウキビの栽培の許可を得られるんだよ!」
「なん……だと……?」
あ、食いついた。
ちなみにサトウキビの栽培は王族や貴族ご用達の選ばれし農家にしか許可されてない。
甘いお菓子は貴族の特権、と言わんばかりに上流階級に独占されている。死ねばいいのに。
咄嗟に思いついた事だけど、魔王を倒したらきっとサトウキビ栽培の許可くらいくれるよね?
ダメだったら第二の魔王が生まれると思う。最初の被害者は私だ。
というかサトウキビでやる気になってくれるんだ……
「成長したな聖女よ、よもや俺を動かす程の交渉材料を用意するとは……いいだろう、と言いたい所だが魔王は聖剣でしか倒せないと聞く」
「ああ、そういう設定だったね。どうせなら絶対に倒せない相手だったらいっそ諦めもついて良かったのに」
「人類の希望がなんて発言してんのよ」
「なんだ、光の精霊と一緒にいたのか?」
「光ちゃんは素敵な護衛だよ。勇者君の強姦だって防いでくれたんだから!」
そういう事か、と農民君は納得していた。
この反応、やはり勇者君をけしかけたのは農民君に違いない。酷いと思うけどそんな所も好き。
「聖剣かぁ……農民君の下半身についてるエクスカリ棒じゃダメかな?」
「魔王が巨乳美人ならワンチャンある。ちなみにだが、俺のモノはそんなチンケな響き表現できる代物じゃないからな」
聖剣で詰むとは思わなかった。
どうしよう、勇者君から強奪するしかないかなぁ。
「案はある。この世界に次の誕生日に魔王の消滅をプレゼントしてくれ、と頼めば労せず倒せるかもしれない」
「それじゃダメだよ。魔王を倒したって証拠がなきゃ褒美は貰えないかもしれないよ?まあ魔王が居なくなった事が証拠になるけど、何か勇者君が手柄を横取りする未来が見えるし」
「なるほど……直接倒すしかないな。なら魔王だろうが城に張られてる結界だろうが切り裂ける聖剣を所望するとしよう。では俺が聖剣を無事手に入れた暁には魔王退治に出向くとしよう」
どうやら農民君は確実に倒せる手段が手に入らなきゃ動かないらしい。
次の誕生日って半年はあるよね……私を連れ戻しに誰も来なきゃいいけど。
「のおおおおおおぉぉぉぉぉぉみいいいぃぃぃぃぃぃん!!!」
「……朝っぱらからうるせぇな」
「この鳥肌が立ちかねない声、勇者君だよ」
気だるい朝にこの声は辛い。
こちとらエルフちゃんとドワーフちゃんを交えた夜の聖戦で疲れてるんだ。
農民君の家に転がり込んで早1ヶ月とちょっと。
エルフちゃんとドワーフちゃんが農民君の妻になる事は容認している。
そりゃそうだ、2人を認めて好きな人と一緒に居るか、2人を拒否して好きな人から離れるか。どちらかを選ぶまでもない。
「めんどくせぇから風の精霊に頼んで声を届けて貰うか。朝っぱらから何だ?勇者ならさっさと魔王退治に行けよ」
「やかましい!その魔王退治に行くために僕は聖女を連れ戻しにきた!そこに聖女が居るんだろ!」
「聖女なら俺の隣で裸で寝てるよ」
「それは僕が言いたかったセリフだ!」
どうして朝からこんなテンション高くいられるんだろう……私もエルフちゃんやドワーフちゃんみたいに気にせず寝続けたい。
「早く聖女をこっちに渡せ!」
「聖女は俺と一緒に旅する事になる、予定だ。お前と長旅は生理的に無理なんだとさ」
「!?……おま、おのれ……そ、それは本当に聖女の言葉か?……いや、今ここで聞いておきたい事がある。聖女は農民の事がそんなに好きなのか?勇者である僕より」
「私?……そもそも、職業云々より小さい頃からブツブツ言いながら剣の訓練してる人より、いつも一緒に居てくれた人の方を好きになるのって普通じゃないの?」
「な、なんだその納得せざるを得ない正論は……!」
納得するんだ。
「なあ勇者、聖女の事が好きならガキの頃から普通に一緒に遊んでおけば俺じゃなくお前を選んだ可能性が高いってのに、何でそんな痛々しい幼少期を送ったんだ?」
「僕は……キミ達のような仲の良い幼馴染が居た場合、女の子の方はほとんど接点が無い隠れて努力してる別の男の子を好きになる。仲良し止まりの男ざまぁ、とそんな展開になると信じていたんだ……」
「現実には無理だろ……」
全くだ。そもそもバレバレの時点で隠れて努力していない。
勇者君も違う方向でおかしな人だったようだ。変な人なのは知ってたけど。
「まあ、なんだ。これからは普通の人として生きていけばいいじゃねぇか。ともかく聖女は諦めて旅を再開しとけ」
「それとこれとは話は別だ。魔王退治に聖女の助力は必須、色恋抜きでも必要なんだ」
「どうしよう農民君。もっといい説得ないの?」
「……ふむ、なあ光の精霊。聖女ってのはどれくらいの力を持ってんだ?」
「そうね、ベテランの神官100人分くらいじゃない?」
「なら勇者、お前は神官100人と共に旅立てばいい」
農民君からとんでも理論が飛び出した。
当然ながら喚き続ける勇者君。
そんな勇者君を無視して精霊達に何かを伝える農民君。
ああ、これ本気で実行する奴だ。
勇者君襲来から半年が過ぎた。
あれから勇者君は神託が降りたことで前人未到のベテラン神官100人と共に旅立った。ベテランという事でオジサンとオバサンとばかりのパーティらしい。
国中からかき集めたらしいけど、ベテラン神官が一斉に居なくなって大丈夫なのだろうか?
最近勇者君から手紙が届いたけど「大人の女性の包容力は素晴らしい」と何かに目覚めていた。
相手は結構な年上だろうけど、幸せなら年の差があってもいいと思う。
その大人の女性の包容力の賜物か、勇者君は正しく勇者と言った清く正しい存在になりつつあるそうだ。
全ては農民君のぶっ飛んだ発想のおかげだ。好き。
そして、今日――
農民君は無事、この世界からどう見ても鍬にしか見えない聖剣をプレゼントされた。
つまりだ、私達の旅はこれから始まるのだ。
不安は全くない。農民君と一緒なら。
聖女視点を書いた結果がこれ。
これで完結ですよー。