美しいこの世界 ~戦闘人形の夢~
この世界は汚泥にまみれている。
幾億もの死体が、眼下に広がっていた。
どこまで続いているのかわからないそれは、まるで死の海だ。この海の果てには何が待っているのだろう。
『――』
微かに聞こえた声は、海原を飛ぶ鳥のさえずりではない。
ノイズの混じった不愉快な声が、脳髄に直接響く。
『ライル、我々の勝利だ』
遥か遠くの王都では、贅肉まみれの王が玉座に胡座をかいていた。
『伝達師』の力を借り、ライルの脳に直接語りかけているのだ。
ライルが王に応えることはなかった。
身体に流れる魔力を僅かに乱せば、王都と繋がった魔法回線はいとも簡単に切断される。
戦場に静けさが戻った。
むせかえるような死臭が、ここが自分の居場所なのだと教えてくれる。
ライルは歩く。
無意識のうちに、殺した敵を積み上げていたようだ。ライルは目の前にそびえる死体の山を登り始めていた。
全身を真っ赤に染めていた返り血は、すでに渇き、歩くたびにぽろぽろとはがれ落ちる。
戦端が開かれたのは陽の昇る前だったが、山の頂上へ辿り着いたとき、すでに太陽は頭上で燃えていた。
先ほどの戦闘では汗一つかかなかったというのに、今は太陽の熱に炙られ、全身が僅かに汗ばんでいる。
ライルは空を見上げ、ふと表情を緩めた。
今日は、雲ひとつない晴天である。
――『ラグバート王国の虎の子』。
――戦闘人形、『ライル・ダーク』。
隣国へ仕掛けた略奪戦争は、王国の圧倒的勝利に終わった。
太陽に重なるようにして、一羽の鳥が飛んでいる。眩しさに思わず目をそらすと、地上に転がる死体と目が合った。白く濁った両眼が、ライルを見つめていた。
しかし、それだけだった。
ライルは詩人ではない。
この感情を、語る言葉を持っていなかった。
ライルは山を下り始める。
敵を探して。
前へ、前へ。
そうして歩き続けた先に、何があるのだろう。
ライルの人生は、今始まった。