ミルクと砂糖
イラン(ペルシャ)に住むゾロアスター教徒は、イランがイスラム帝国に征服された後も存続はしたが、陰に日向に圧力を受けて少数派になっていった。
そのため一部のゾロアスター教徒は、イランを離れてインドに亡命して、そこに住むことにしようと思った。
さてインドにやってきて、ゾロアスター教徒を率いてきた導師が地元の王に、自分たちがここに住まうことを許して欲しいと申し出た時、王は杯を持ってこさせ、それを導師の前に置いて、その中に牛乳をいっぱいに入れた。そして言った。
「この杯には、この上さらに牛乳が入ると思うかね」
「いいえ」
「それと同じで、我らは今この地にいっぱいに住んでいて、あなた達を受け入れる余地はない。あなた達はもと来たところに帰るか、どこかよそをあたってもらいたい」
導師は言った。
「それは不適切な例えです。我らは異邦人なのですから、牛乳に牛乳をつぎ足すことにはなりません。それにもしこれ以上牛乳を入れる余地がないというのでは、あなた方はこれ以上人口が増えたら困るというのでしょうか」
そう言って、導師は砂糖を一つまみ取ると、それを杯の中に入れて、牛乳に溶かした。そして言った。
「牛乳はあふれましたか」
「いや、あふれてはいない」
「それと同じように、我らはこの地に溶け込み、しかも砂糖のようにあなた方を甘くするものとなるでしょう。そもそも議論をするには、自分とは違う意見を聞いてこそより正しい結論に近づくことができ、詩や絵画をつくるにも、自分のとは違う作品を見てこそ互いに研鑽することになり、運動の技を競うにも、他人と競い合ってこそ己を高めることができます。それと同じで、我らを受け入れることは、我らにとってだけでなく、あなた方にとっても利益になることでしょう」
「ふむ……」
王は言った。
「それでは、あなた方を受け入れよう。しかし、次の五つのことを守ってもらいたい。あなた方の信仰について王に説明すること、この地ではグジャラート語を使うこと、女はサリーを着ること、男は武器を捨てること、婚礼は夜に行い、ヒンドゥー教の儀礼と紛れないようにすることを」
「わかりました、守りましょう」
こうしてゾロアスター教徒たちはインドに住むことになり、パールシーと呼ばれるようになった。そして今でもグジャラート語を話しているが、ゾロアスター教の儀礼では元来のパフラヴィー語を使っている。