12話 大切な1人
大切な1人
1
中学3年の4月。
俺は新たな始まりに期待を持って登校しようと道路を歩いていた。
この日は曇り。上空にあるのは、白い雲ではなく灰色がかった雨雲。今にも雨が降り出しそうな天気だった。
俺の通う中学校は、家からはそこまで遠くない。
俺はその道中、必ず横断する国道にやってきた。
市街地であるため、この国道は、普段から多くの車が利用していた。
信号が青になるのを待っていた俺は、青になったので横断歩道を渡ろうと足を進めた。
ちょうど真ん中辺りだっただろうか。
突然、轟音が聞こえた。
その音源を見ると、こちらに猛スピードで向かってくる1台の車があった。
俺は、その車側の信号は赤だから、きっと止まるだろうと、気にせず歩いていた……。
その時に、すぐに気づけばよかった。
その車は、赤信号を完全に無視して全くスピードを落とさずこちらに向かってきた。
既に時は遅し。
俺は逃げることも出来ず、車に跳ね飛ばされた。
その車を見た時に、すぐに逃げればよかったのだ。
でも、勝手に止まるだろうと推測したことによって、俺は車に轢かれたのだ。
「っ……」
辛うじてその時には、意識があった。
でも、体の激痛で俺は動くことが出来なかった。
近くにいた会社員らしき人が、その轢かれた俺を見て俺のそばまでやってきた。
『君!大丈夫か!しっかりしろ!……、誰か救急車を!』
俺はその言葉を聞いた後、完全に意識を失った……。
次に目が覚めると、俺はベットに寝ていた。
天井は白くて、自分のいる空間がとても広く感じられた。
そのことから、俺はすぐにここが病院だと理解した。
俺は起き上がろうと、手すりに手を伸ばそうとする。
その時だった……。
ある体の異変を感じたのだ。
太腿あたりから下の感覚が全く無いのだ。
俺は、心配をした。
もう満足にあることが出来ないのではないか、と。
『ガラガラ』
病室のスライドドアを開けた音が聞こえた。
すると、医師と看護師が俺のそばまでやってきた。
その後ろには、心配そうにしている両親もいた。
「先生!足の感覚がないです……」
第一声、俺は医師にそう言った。
心配で胸が押し潰されそうだった。
怖くて体が震えていた。
自分のこの先の人生が、大きく変わってしまうのではないか、と思うと……。
「やはりそうですか……」
医師は俯いてそう言った。
「治して下さい!お願いします!」
俺は必死だった。
どうしてもまた普通の生活を送りたい。
その一心で俺は、医師に頭を下げた。
「でも安心してください。リハビリをすれば、元の生活が遅れると思います」
俺に差した希望の光は、不安だった気持ちを払拭した。
嬉しかった。
俺にはその気持ちしかなかった。
元の生活が出来れば、それ以外には何も要らないと思っていたから。
「ただ、リハビリはかなりきついものになります。頑張って下さい」
と、先生は言葉を続けた。
だけど、俺は全く心配にはならなかった。
元通りの生活が送れるなら、どんなことも乗り越えてみせる。そんな強い決意があったからである。
あとから医師に聞いたことだが、俺のこの怪我は運が良かったらしい。
もう少しあたりどころが悪かったら、死んでいたと医師は言っていた。
俺が今生きていることは、本当に奇跡だった。
2
数日後から俺は徐々にリハビリを行うようになった。
医師の言う通り、リハビリは想像を絶するほど辛いものだった。
日が経つごとに、希望の光が薄れていく気がした。
でも、俺には心の支えがあった。
学校が終わると必ず病院に来る、俺の幼馴染だ。
いつも病室に来ると笑顔で話しかけてきて、学校での出来事や、些細な身近なことを俺に聞かせてくれた。
彼女には不思議な力でもあるのか?と、疑ってしまうほど彼女の支えは大きなものだった。
おかけで、何度も立ち上がって俺は、リハビリを耐え忍んだ。
リハビリを始めて3週間くらい経った頃だっただろうか。
俺は辛くて、泣いていたことがあった……。
心には、『諦め』の2文字が浮かんで、リハビリのやる気は、完全になくなっていた。
そんな時にでも、蘭華は俺を支えてくれた。
俺が病室で泣いていると、彼女は俺を慰めてくれた。
「剣也。ここで諦めたら駄目だよ。私は待ってる。剣也が元気に日常を送っている姿をもう1度見れるのを……。だから、絶対に諦めないで!」
彼女の声は、俺の心の奥で眠っていた思いを呼び起こした。
そうだ。俺はいつも送っている日常が好きだ。
蘭華と一緒に遊んだり、学校の友達とワイワイと喋ったり……。
楽しいことをもっとしたい。
俺は涙で濡れた顔をタオルで拭い、少しはまともになった顔を蘭華の方に向けた。
「悪いな。俺はなんにもしてやれないっていうのに、いつもいつも助けて貰って。俺は……。表現しきれないくらい、感謝しているよ」
この言葉を聞いてか、彼女の方から鼻をすする音が聞こえた。
どうやら彼女まで泣いてしまったようだ。
「って、何お前まで泣いてるだよ!」
俺がそう言うと、蘭華は尚更泣いてしまった。
「だって私、剣也には迷惑かけてばっかりで……。私にはこんなことくらいしか出来ないけど、それでも剣也は嬉しい?」
『こんなこと』。そう彼女は言う。
でも、それがどれほど俺を救ってくれたことか……。
「もちろん、俺は嬉しいよ。だから改めて言わせて欲しい。ありがとう、蘭華」
すると、彼女は涙を隠すために覆っていた手を膝について立ち上がった。
「どういたしまして!」
と笑顔で蘭華は答えた。
「私、ジュース買ってくるね!」
そう言って、病室を出ようとする。
……、だが蘭華の座っていた椅子にあるこれは、何?
「おい、財布忘れてるぞ!」
そう。椅子にあったのは、財布だった。
でも蘭華はその言葉を聞くことなく、ジュースを買いに行ってしまった。
本当に蘭華らしい出来事だ。
恐らく、『財布忘れちゃった』とか言って戻ってくるだろう。
病室を出て5分後、彼女は案の定、財布を取りに戻ってきた。
それから2週間後。
俺は無事、足が日常生活に支障が出ないほどまで回復した。
医師の見積もりでは、あと1ヶ月かかる予定だったらしい。
でも、リハビリを頑張ったから……、いや、蘭華が支えてくれたから早く復活することが出来た。
俺はあれから1年経った今も、鮮明に覚えている。
忘れるはずもない、苦くも甘い思い出だった……。
次回をお楽しみに!
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