86話 《盾》。自分の事を振り返る
傍から見れば狂っていると言える
秘密裏に秘密裏に事が進んだ。
全く。あああいう虫が湧いてくるのが大変だ。
男の象徴であるというだけで、俺一人だけこの国の象徴だと崇める輩。
俺の意思を無視した奴らは消しても消しても湧いてくる。
いい加減うんざりだ。
俺を崇めるのに俺の意志は無視した行い。
あいつらが欲しているのは別にヒメル・グランディア・ルーデルという名前を持つ俺ではなく。《玉座》という名を持つ象徴にしか興味を持っていない。
参った……。
姉さんが居ない時で良かったという想いと姉さんが居ればいいのにと思う矛盾。
国はきちんと回っている。
こんな虫が出てくるが迅速に対応できたから平和だと言えるだろう。
だけど、
「寂しいか……」
戦場ではないから生死の危険はないと分かっている。
戦場に行っていつ帰ってくるのかと不安に苛まれる事はない。
『外の敵から国を守るのは俺の役割だからな』
と告げてさっさと戦場に行ってしまってないだけましだが、
「――ああ。違う」
血が流れないが今も戦場に居る。
国同士の同盟。
味方を作るための戦場。
絆を強化するために必要な事。
それは分かっている。
――分かっているのだが。
「会いたい」
ぼそりと漏れる弱音。
「………」
幼い頃から穴が開いていた。
伸ばしても届かない。
自分を置いて去っていく人々。
消えかけて、心が死んでいくのを感じていたあの時。
『生きたいか?』
あの声が届かなければ、自分はひっそりと誰にも看取られずに死んでいただろう。
――あの時現れた銀色の光。
死神だと思った。
自分を迎えに来た使者だと。
恐怖した事が、
「ふっ」
笑いが知らず知らずに零れる。
今では遠い昔の様だ。
あの時からすれば今の姉さんに対して思う事は違い過ぎる。
「ははっ」
誰もいない自室でよかった。
(こんなのバレたら威厳とかいろいろ文句言われそうだからな)
姉さんよりも外聞は気にするのでそこら辺を見られていたらと考えるだけで、羞恥で逃げたくなる。
思い出し笑いが出来るほど自分の中で姉という存在は大きくて、大切だった。
――必要とされていると思えるのだ。
俺を生み出した民は俺を捨てた。
象徴の自覚を最初なかったのは当然だ。
民が一人もいない象徴に意味など無かったから。
そんな俺を拾ったのは《剣》だった。
民に捨てられ消えかけていたのに《剣》は自分に《盾》という役割を与えて生き長らせた。
その時から自分の意味は《盾》であり、《玉座》を求める者だと俺の中では無用。
……そんな名前など、戦乱を巻き起こすだけのものでしかない。
生み出した民が《玉座》である俺をいらないというのなら俺もまた《玉座》などいらない。
拾った《剣》が《盾》を必要とするなら幾らでも《盾》として戦う。
内政の《盾》。
その立場を歯がゆく思っている輩の声など気にならない。
俺がそういう道を選んだのだ。
「ホント。愚かだな」
俺が姉さんを廃したいなどと本気で考えているのか。
俺にとっては姉さんが居る事に意味がある。
姉さんが居ないなら象徴である意味など見出せない。
最初に拾ったのは姉さんだから。
――刷り込み。
誰かがそういうかもしれないがそれでも良かった。
自分の価値をそういうところでしか埋められないから――。
リヒトの基準。
姉さんとワンセットが正解。
姉さんを排除するのは自分の敵。




