171話 《盾》。弱さを乗り越えるのを見つめる
象徴は必ず残される立場なので何回も葬儀のシーンがあります
その日。車の爆発という悲劇で亡くなった若き王の葬儀が行われ、それを仕切っているのは王弟で葬儀が終わり次第継承式を行うと正式に発表があった。
象徴は王の葬儀には一切出れない。
それ故に――。
「姉さん……」
自宅の物置。
そこにフリューゲルは床に腰を降ろしている。
象徴は葬儀に参加も葬儀関係の手伝いも出来ないので自宅で休業するしかない。それはいつもの事なので、普段できない家の掃除をしっかりやらせてもらっていたが、姉さんはいつも物置でそっと王の死を悼む。
「そこも掃除したいんだけど……」
「ああ。そうか……」
悪いな。
謝る言葉はいつもより強いモノではない。
「珍しいな……」
姉さんが口を開く。
「何がだ?」
「お前。――物置までは掃除しないだろう」
今日みたいな日は。
「そうだな」
国葬の時は物置まで来ない。
「今日は特別だ」
そう。
「一人でいたくないだろう」
誰が? ――決まっている。
「………そういう時ばかり敏くなりやがって」
「そうしないと貴女の傍には居られないので」
弟として側に居たいと言う訳ではない。望むのは別の立ち位置。
でも、言えない。
「………護れなかった」
「ああ……」
「護るために居るのにな………」
ぼんやりと力ない声。
「姉さん……」
「……護れなかったのは二人目だ」
遠い目。
「二人目……」
「ああ……」
「その……誰か聞いても……?」
姉さんにとって傷だろうけど、つい気になってしまった。
自分の知らない事。
身勝手だけど、知らない事実が嫌だと自分本位な事を思ってしまったのだ。
――って、駄目だ。
姉さんに頼ってもらうようになるのに追い詰めてどうするんだ。
「すまないッ…今のは」
「………兄だ。《玉座》の名を持っていたムズィークの《象徴》。内乱で亡くなった」
過去に想いを馳せている遠い目。
「俺が、今の俺であるのはあの人が俺を守ってくれたからだ。でも、俺は護れなかった……」
「姉さん……」
「…………もう護れないのは嫌だと。必ず護ってみせると誓ったのになぁ~」
また護れなかった。
「……………姉さん。いや、フリューゲル」
そっと手を伸ばす。
「泣いても……死を悼んでもいいんだ」
ここは誰も来ない。
王だけ特別に見てはいけない。それゆえに王の葬儀にも……誰の葬儀にも参加できない《象徴》。だけど、ここなら。
「俺しかいない……」
だから、泣いてください。
「――だから、泣けないんだ」
みっともないとこ見せれないだろう。そう苦笑されるが、
「見せてもいいだろ……家族なんだから」
ずるいな。
弟でしか見てもらえないのが不満なのに小いう時は家族――姉弟と言わないのは僅かな我が儘だ――という大義名分を使う。
そんな自分に内心呆れるが、
「まっ、そうだよな」
そう納得されてくれる姉さんも姉さんだ。
ぼすっ
抱き付かれる。
そんなつもりはないんだろうけど、つい男としての本能が疼きだしそうになるのを必死に耐える。
柔らかい感触とか。甘い香りとか。ぬくもりとか耐えろというのが結構きついけど我慢だ我慢。
「……………」
肩に触れるぬくもり。濡れる感触。
声に出さずに泣いているのをそっと背中に手を回してそのままでいる。
どれくらいしていたのだろうか。
「――ダンケな」
姉さんは顔を上げて、手に持っていたモノを首に付ける。
「それって……」
妃殿下が姉さんの為に作ったガラス細工。
「――もう喪わない」
それは覚悟の眼差し。
「俺はこの日を忘れない。これは覚悟の形だ」
………いろんな物を代々の王や妃殿下は姉さんと俺に差し出したがどれもみんなこの倉庫にしまって置いてある。だけど、それを身に着けるというのは……。
「俺は、この飾りに掛けて誓う。もう、王を護るべき者を無残に殺させない!!」
その宣言に眩しいものを見る目になってしまう。
まだ、追いつけない。
――だけど。
(すぐに追いついて、追い抜いて見せる)
口に出さずに、その時同じ誓いを抱いた。
倉庫の中は美術的価値ある物ばっか……




