167話 《盾》。その事件の裏を知る
でも、終わってない。
ヨーゼフ殿下の傍で隠れていれば、敵が動くと思うからしばらく政務を頼むなと姉さんは勝手に決めて動き出されたが、
「大丈夫だろうか……」
いや、自分よりもその手の事は強いから大丈夫なのは知っているが、それでも心配になる。
(姉さんは何でも出来る象徴だから……)
「…………」
溜息が出る。自分の弱さに。
――夢を見る。
去っていく馬車。
伸ばす手。
(置いてかないで!!)
縋る手。
あの時の……自分を生み出した存在達が自分を捨てて去っていくあの日の記憶。
「忘れたと思ったのにな……」
この国で象徴として仕事をしていて充実している日々を過ごしている。
まあ……育ての親というか姉に身内以上の想いを抱いている事を除けば幸せだろう。
――まるで幸せである事が罪であるように夢は続く。
「…………」
いや、幸せだが、今は過去に想いを馳せている場合じゃないな……。
――国の危機だ。
今の自分に課せられた役割は姉が政務をしないので政務に駆り出されて、玉座の主が戻るまでの国の安定を維持する事。
陛下を殺した者を探して、日々国政を維持するために働き詰めの立場だ。こんなところで自分の事で不安を覚えている暇はない。
………一番不安を抱えているのは民だ。
その民に不安はないと態度で示すのが《象徴》に課せられた役割だ。
「――ルーデル公」
考え事をしていたら声を掛けられる。
「これは…アルベルト殿下」
何故ここに?
いや、いてもおかしくないが……。
ふわっ
(甘い……香り……)
何だろう気持ち悪く……。
『リヒト』
幼い時の記憶。
『武器というのは一概に肉体を傷付ける用途に見えないモノも武器になる』
護るためには戦う術を知らないといけない。そう告げて教えてくれた。
『例えば毒』
姉の手にはありとあらゆる薬――いや、毒がある。
『口内接種。まあ、これはお約束だな。そして、注射型。経口摂取。……一番危険なのは鼻からの摂取だな』
一度認識したら対応が遅れる。
『なんで、対応が遅れるの?』
『異臭がする。そう思った時点で手遅れなんだ』
だから。
殺気に近い何かを宿し。姉は冷たく告げる。
『その場合の対応策は俺達《象徴》しかムリだ』
人は足手まといになってしまう。
『姉さん……』
『俺は、《護るために戦う剣》だ。犠牲を多くするような決断は出来ない。だから、その場合お前の負担を大きくしちまうけどな』
臭いがしたら人を逃がせ。
「殿下……」
その臭いはどこから――? 殿下から……?
「――なんだ」
にやりっ
「《象徴》には効かないのか」
笑い方がどこかいつものと違う。
毒を含んだ――。
「でっ、殿下……」
何で……。
「――それは分かっているだろう」
くすっ
「殿下……まさか……」
いや、分かっていた。
陛下が死に。第一王位継承者であるヨ-ゼフ殿下が捕らえられて誰が最初に得をするのか。
それは――。
「――君の予想は外れだよ」
不気味な笑みを浮かばながら。
「僕は家臣としてあるべき地位をあるべき方に返すためにしているんだ」
誇らしげに告げる声に、
「君も知っているんじゃないかな」
手が伸ばされる。差し出されるようなその手は、
ばぁん
飛び込んできた鳥がいなかったらこっちの手を掴んでいたかもしれない。
「《剣》の使いか」
忌々しそうに呟く。
「――貴方にも見張りを付けていたんですよ。王弟殿下」
フリューゲルが、ヨーゼフ殿下を連れて現れる。
「姉さんっ!!」
「夜目じゃ効かないと思ったよ」
「夜には夜専用な友がいるので」
フリューゲルの肩には重そうな梟。
「リヒト。ヨーゼフ殿下を頼めるか」
いや、それは決定事項だな。この言い方は。
「さて、アルベルト殿下」
フリューゲルの手には剣。
「――誰の指示ですか?」
冷たい声。
「誰とはひどいな。僕は、僕の意思で………意思で。イシで、イシで……」
目が虚ろになっていく。
「やはりかっ!!」
フリューゲルが動くより先にアルベルトは懐から護身用の剣を取り出して。
――それを自分の身体に刺した。
「アルベルトっ⁉」
「誰か医師を呼べ!!」
舌打ちをして、止血をする。フリューゲルの姿。
「リヒトっ!!」
医師が来たのを確認して、
「こっちに黒幕の関係者が来たはずだ。会ってないか?」
黒幕………?
「いえ、会ってないです」
ちりん
『――君は私の事を言わないだろ』
一瞬。何かを思い出した気がしたが、それはすぐに消えてしまう。
「こっちに…それらしい奴が来たのか?」
尋ねると、フリューゲルはこっちを窺う様な顔で見てきて。
「いや……もしかしたらそう見せかけたかもしれないな」
逃げられたか。
舌打ちをする姉を見て、
「でも、なんで陛下を……何者なんだ?」
そいつは。
「――さあな」
分からないと告げているつもりだが。その声が何かを隠しているという事は。
(バレバレだ。――姉さん)
でも、言わなかった。
常に肩に鳥を乗せているので、
フリューゲル「肩こりがひどい……」




