150話 《盾》。恐怖する
虐めたいわけじゃないけど。
どくんどくん。
「ルーデル公?」
側近に名を呼ばれる。
「どうかしましたか?」
聞かれて、
「いや……」
何といえばいいんだろうか。
胸騒ぎ?
そんな感覚……。
(ああ。昔。姉さんが心配で戦場に行った時にも感じたな)
それにしても何でそれを今感じるのだろうか……。
「……民の不安も感じているのかもしれませんね」
側近が告げる。
「民の不安?」
「ええ。――ルーデル卿が以前おっしゃってまして」
民が不安を抱えていると、それが感じられると――。
「なんで、姉……姉貴だけなんだ? 俺も象徴なのに」
「それはおそらく、内政と外政という役割ではないでしょうか」
一度言葉を切るので、続けていいと頷いて告げる。
「この戦いは不気味です」
「不気味?」
戦争はこういうモノではないだろうか。
「…………こんな終わり方が予測付かない戦争は初めてです」
「………」
それは姉さんも気にしてたな。ミレニアムヘヴンが分からないと――。
「ルーデル公」
名を呼ばれる。
「発言しても?」
今まで黙っていた別の側近が口を開く。
「――許す」
告げると、
「私はこの戦争を何者かが先導しているように思えるのです」
「………」
「そんなこと上手くいかないと思いますが、戦争というのはある意味巨大な生き物の様なものです。ですが、戦火を広めたものが……エーヴィヒを巻き込もうとしているように思えるのです」
「――その理由は?」
「根拠はありません。ですが、神地との交流で始まり、ラーセロに襲撃。そして、ミレニアムヘヴンの上層部が殺されていた場所に置かれていたムズィークの文字。共通しているのが」
「エーヴィヒの関係があるか……」
交流委関係を結んでいる神地――天都。
ラーセロとは俺が象徴であるマーレと友好関係がある。
そして、ムズィークの文字。
「民の噂をご存知ですか?」
「いや……」
噂。
「ルーデル卿なら噂を耳にされると思ったのかルーデル卿が留守の間に流れた噂があるのですが、それが、『ムズィークの亡霊』というモノです」
なんだそれは? 『ムズィークの亡霊』?
「もしかして……」
ふと、心当たりが浮かんだ。
「ええ。――ムズィークの王族。その生き残りが居るのかもしれません」
『おいてかないで』
手を伸ばした。
去っていく馬車。動けなくなって地面に倒れたまま必死に手を伸ばして。
『捨てないで。置いてかないで』
叫んだ。声がかれるまで。
存在が消えかかるあの絶望――。
「生きてたのか……」
もし。そいつが動いているのなら。
(俺は……)
その事実に体格は大きくなったのに幼い子供に戻されたような恐怖を覚える。
怖い。
いらないと切り捨てられた事実はいまだに俺に大きな傷をつけている。その事実が苦しくて辛い。
(姉さん……)
否定してくれる姉の存在が近くに居てもらいたかった。
リヒトのトラウマ。




