私面接
面接というものが得意だと自信満々に胸を張りながら答えられる人間はいないと思う。
あんなもの誰だって苦手だし、不得手だし、受けなくてもいいのなら受けないでいたいものだし、もし仮に『俺何度も受けたことあるし、得意だぜ!』という人がいた場合、それはそれで不安なので(それはつまり落ちまくっているということじゃあ……)やっぱりみんな苦手なのだと思う。
小奇麗な建物の小奇麗な廊下に並べられた五つのパイプ椅子に、私は座っている。
他の四つのパイプ椅子にも人は座っていて、面接官が呼ぶまでの時間を、緊張と闘いながら今か今かと待ち構えている。
みな、緊張にかられてか同じような顔をしている。
いや、それは私も同じか。
「ナンバー1から5。入りなさい」
「は、はい!」
そうこうしていると私たちの目の前にあるドアの向こうからお呼びがかかった。
みんな同じような声を張り上げながら返事をする。
ナンバー1から5。ふむ、ということは並んでいる順から推測して私はナンバー「3」あたりだろうか。胸元を見てみると「3」とだけ書かれたネームプレートもついているし、間違いないだろう。
私が「3」だとすると「1」にあたる順番で並んでいた彼女が目の前にあるドアの前に立った。
ノックは二回。入る時のおじぎは十五度。
「1」がドアを開けて入ると、続いて「2」がドアの前に立った。
ノックは三回。入る時のおじぎは四十五度。
ドアはしまって、次は「3」。つまり私の番だ。
さて、どうやら入る時にはノックをして一礼をするのがマナーだということは分かった。
けど何回叩いてどれぐらいの角度でおじぎをするべきなのか分からない。
全く、二人揃って同じことをしてくれたら迷うことなかったのに、どうして違うことをするかなあ。二人とも同じなんだから、足並み揃えて同じことをすればいいのに。
そんな風に心中で愚痴ってみたけれど、早く入らないと何を言われるか分かったものではない。
とりあえず「1」のマネをすることにした。つまり、ノックは二回。おじぎは十五度だ。
しかし十五度のおじぎは頭を下げている気がしない。会釈としても不完全なのではないだろうか。
あれ、こっちの方が間違いだったかな。
ドアを開けた先にはこれまた小奇麗な部屋があった。
大きさは人を三十か四十ぐらい押し込めそうなぐらいで、普段は会議とかに使われているのか、大きめの横長机とかホワイトボードとかが部屋の端にどかされている。
唯一どかされていない横長の机には、三人の大人が座っていた。
両端には年齢性別不詳の、白衣を着た大人。
大人なのだから中性的だったり整形とかしていない限り、顔を見れば歳も性別も分かりそうなものだけれど、その顔はガスマスクをつけていて、覗けることができない。
シュコーシュコー、と息のする音が聞こえてきそうなガスマスクだ。
まあ、肩の張り具合とかそのふくよかな体型とかから推測するに、中年男性なのだろう。
その趣味の悪い男二人に挟まれるようにして、おそらく面接官なのだろう、スーツを着た女性は座っている。
両肘を机につけて、指を絡めるようにして組んでいる手にアゴを添えている。
その目はなにやら観察しているようで気持ち悪いけれど、面接官なのだから当然か。
そんな三人が並んでいる横長の机の前には、廊下に並んでいたとの同じようなパイプ椅子が並んでいて、一番左端に「1」が座っていた。
ん、あれ。確か私よりも先に「2」が入っていたはずなのに、どこにいったのだろうか。
とりあえず私は行方不明の「2」の場所をあけて、五つのパイプ椅子の真ん中にあるパイプ椅子に座った。
次は「4」が入ってきた。
ノックは三回。おじぎは四十五度。
失礼します、と声をあげて入ってきた「4」はドアを後ろ手で閉じた直後、部屋の四隅に隠れるように待機していた白衣を着たガスマスクの男(中肉中背の若そうな男だった)が飛び出してきて、「4」の首根っこを掴んだ。
乱雑に、それこそ思い入れのない人形を扱うがごとく、床で「4」の下半身をひきずりながら、隣の部屋に行ってしまった。
「え、え、え、なに、なに、何どうして待ってお願い痛いのヤダ折られる切られるの痛いの刃が痛い痛い痛いもがないで千切らないで腕が肉が痛いの痛いイタイイタイイタイイタイイタいいぃぃぃぃぃ……」
ドアの向こうからなにか固いものを断裁しているようなザクッ、ザクッという音と「4」の悲痛な叫び声が途切れ途切れに、次第に弱々しくなりながらも聞こえてきた。
なるほど「2」がいないのはああいうことか。
それを確認しているうちに「5」が入ってきた。
ノックは二回。おじぎは適当に十五度。連れ去られることはなかった。こうして「2」と「4」は脱落して、五つのパイプ椅子に一つ飛ばしで座っている「1」と「3」と「5」の三人で面接が始まった。
面接官だろう女性は、私たちを「1」から順番に一瞥していく。
「三人とも同じような面持ちだな。ここまで残っただけはある」
私たちは顔を見合わせる。
それはまるで鏡写しのようだと私は思った。
切れ目なところも同じ。鼻の形も同じ。小さな口も同じ。染めた茶髪も同じ。短めに切り揃えられてるのも同じ。長身なのも同じ。少し胸が残念なのも同じ。声も同じで顔つきも同じで面持ちも同じ。
同じで同じな私が一つ飛びの席に座っている。
それを確認してから絡めていた指を離して、机の上に置いてあったペンを適当に弄びながら、面接官は笑った。
「さて、これから一つずつ質問していく。一つ一つ、建前とか世間体とかそういうのは全く気にせずにバカ正直に答えてくれ。ああ、もちろんそれを気にして答えてもオーケーだ。なあに、そんなに固くなったりしなくてもいい。不合格になったら殺して分解して再出荷するだけだからさ」
***
それからは激闘につぐ激闘だった。
もちろん殴り合いなんかではなく、知的な心理戦。
何を言ってなにをしないのか、何を言わないでなにをするのかの醜く、筆舌にし難い口上戦は正しい答えも分からぬままに続いていった。
しかしその均衡は、十六番目の質問で崩れた。
どんな質問だったかは覚えていない。
なんらかの間違いをしてしまったのだろう。質問に答えるために開いていた「5」の口に、刃渡りの長い包丁が突き刺さった。
長々としたその刃物は「5」の喉奥を突き抜け、延髄がある辺り――うなじから刃先が飛びだした。
まるで口から柄が飛び出しているような、なんともマヌケな姿になった「5」は投げつけられた包丁の勢いに押されて、パイプ椅子を音を立てながら倒して、ひっくり返った。
私たちが呆然としていると、長机の両端にいたガスマスクの男はのそりと立ち上がった。
倒れたままうちつけた後頭部をおさえながらうずくまっている「5」のもとに向かうと、彼女を仰向けにして、柄の底を靴底で踏みつけた。
「5」は声になっていない悲鳴を上げた。
恐らく柄をおされたことで刃が更に深く突き刺さったのだろう。多分刃先は床に突き刺さっているのではないだろうか。
そう、それこそまな板の上のウナギのように。
まな板の上のウナギのその後は――捌かれるだけだ。
ザクッ、ザクッ、と小気味よい音がして何を言っているのか分からない悲鳴をあげながら私は死んでいった。
辺りには血の臭いが充満して、自分と同じ声の悲鳴を聞き、自分と同じ顔が黙々と捌かれるところをみるのはやっぱり精神的にくるものがあるようで「1」は顔をしかめていた。私も、顔をしかめた。
「じゃあ次の質問」
面接官は眉を動かすこともなく面接を続ける。
「5」は部屋の外に運び出されて、流れた血も丁寧に拭き取られた。
よほど鼻のいい人でない限り、ここで人が死んだのだと気づく人はいないだろう。まあ、目の前で殺されて否が応でも鼻に臭いがこびりついている私には毛頭関係のない話なんだけど。
「2」と「4」。そして「5」は死んだ。
残るは「1」と「3」。私と私の勝負だ。
ん、あれ。勝負?
おかしいな、どうして私はこの面接で選ばれるのが一人だけだと知っているのだろう。
というかだ。
そもそもこの面接は一体なんの面接なんだ? 私と私のなにを比べるというんだ。
「1」と「3」。ネームプレートで分けないと区別できないような私たちの一体何が違うというんだ?
なんてことも考えたりしてみたけれど、手がかりがなさすぎて答えは分からなかった。
ともかく「1」と「3」。私と私の勝負は二百五十六番目の質問で終わりを告げる。
確か質問はこうだった。
「お前は、なにものだ?」
「化物」
「人間」
「1」は串刺しになって死んだ。まるで標本にされた昆虫のようだった。
「紛れ込まなくてはならないのに、本当のことをいうバカがいるか……」
面接官は額に手を当てながら悩ましげに呟いた。
ん、本当のこと。ということは――本当のことを言った正直者だから失格になったということは、合格の私の答えは嘘――私は嘘つきということになって、つまり、私は人間ではない。ということ?
ふと、標本にされた「1」の方を見てみると、まるで肉塊を人間の形に整えてみたものの、うまく固定できずに四肢と頭がデロデロに伸びてしまったようになっていた。
なるほど、確かに彼女は嘘偽りなく化物だ。
それにそっくりで人間である、という主張が嘘である私の正体も、こういうものだったりするのだろうか。
「まったく、人間というものは不思議な生き物だ」
「1」を見ていると、不意に面接官が席をたった。
「同じものを同じように何十体もつくったはずなのに、どうしてか見た目の同じな違う物になってしまう。全く同じ物をつくろうとしたら、何十何百も造って、偶然、他人の空似に任せるしかない。おかしいよね、全部同じ製法のはずなのに」
愚痴を漏らしながら面接官は私のもとに近づいて来たかと思うと、呆然としている私の前でニコリと笑った。
「おめでとう。今日からあなたが『藤咲愛里』だ」
はあ……。
***
案内された別室にはイスの背もたれに腕を縛られ口をガムテープで縛られた私がいた。
いや、今回は藤咲愛里がいた。と言ったほうがいいのだろうか。
「これからあなたは、彼女の記憶をとる。それで完璧な彼女に『成り代わる』。やり方は分かる?」
私は曖昧に頷いて、私の口をふさいでいたガムテープをべりっと剥がした。遠慮もなく剥がしたものだから、口の周りが赤くなってしまった。
私は開放された口で嗚咽をもらした。目からは涙が滂沱として流れている。
「な、んで……?」
私は口を開いた。
震えた、負にまみれた声だった。
これからどうなるのか、なんとなく想像できているようだった。
うん。声も似てる似てる。
「なんで、私なのよおぉぉぉ……」
「みんないつしかこうなるよ」
私は彼女の記憶をみるために、私の脳みそを食べた。
***
「……りちゃん、愛里ちゃん?」
「――はっ!」
記憶が飛んでいた。
バス停でぼーっとしていた私は、隣にいた智恵美ちゃんに話しかけられて、意識を取り戻す。
「大丈夫? なんだかぼーっとしていたけど?」
「ああ、うん。大丈夫」
智恵美ちゃんは私が着ている制服と同じ服を着ている。
そうだ、私たちは今学校に行くべくバスを待っているんだった。
「頭が痛いのなら今日は休んだら?」
智恵美ちゃんは心配そうな顔で私の顔を覗き込む。彼女は人の心配ができる優しい子なのだ。私が「大丈夫」と伝えると、智恵美ちゃんは「体調が悪いと思ったらすぐ保健室にいくんだよ」と言ってくれた。優しい子だ。
そうこうしているとバス停の前を黒い車が通り過ぎた。中が見えないように徹底されたトラックのような車だ。
「あの車、最近よく見るけどなにを運んでるんだろうね」
「さあ」
私は肩をすくめた。
さきの車から私に睨まれたような気がしたけど、きっと気のせいだろう。