第9話 白い世界
周りを見渡しても何もない。見えるのは白い空間だけだ。長いことここにいる気がする。全身の力が抜け、宙に浮いているようだ。とても気持ちがいい。自分が空気の一部になって漂っている。「このままここで生きていてもいい」とも思う。
いつの間にかある一点に何かを感じた。「うん?」とても懐かしい感じがする。とても大切な物なような気がする。それを手に取り、引きよせなければいけないと感じる。少しずつ近寄ってみると差し伸べられた手が見える。
力いっぱい腕を伸ばし、その手を握りしめた。このぬくもり、忘れるはずもない。しかし、その手は次第に薄くなりついには消えてしまった。
僕を救ってくれようとした、あのぬくもり。さおりのぬくもり。
「さおり、どこにいる?」
音もない世界に自分の声だけが響く。そうだ、さおりが待ってる。僕を待ってる。そうだ、行かなきゃ、さおりのところへ。
「さおり、さおり!」
あたりを見回すがさおりの姿はない。どのくらいの時間さおりを探したのだろうか。いくら探しても見つからない。
「光也・・・」
「間違いない、さおりの声だ」声がした方向に視線をやる。さおりが泣いている。今にも消えそうだ。「待って、さおり。何を泣いてる?僕はここにいるよ」どんなに声を張り上げてもさおりには聞こえていないようだ。
さおりの肩へ手を伸ばすが、届きそうで届かない。「さおり、聞こえないのか?僕の声が・・・」
今にも消えて無くなりそうなさおりの手に触れた。
「光也!光也、わかる?」
誰かが僕を呼んでいる。そんなに大声で呼ばなくても聞こえてるよ。だから・・・。
「先生、光也が!」
数人の人影が見える。みんなして僕を見ているようだ。何を見てるんだろ?ゆっくり目を開けるも、光が眩しすぎて頭がチクチクする。誰かが僕の手を握っているようだ。でも、自分の手に力が入んないや。
「光也、聞こえる?」
うん、聞こえる。聞こえるけど、声が出ない。どうやって声って出すんだっけ。ぼんやりしていた人影が少しずつ見えてくる。あ、姉ちゃんだ。姉ちゃんまで泣いてるの?ええと、あとは知らない人みたいだ。白衣を着てるのかな?
「光也、私の目を見て。わかる?真美よ」
やっぱり姉ちゃんなんだ。うん、聞こえる。でも、声を出せないんだ。
「わかるなら、頷いて!光也。ゆっくりでいいから」
僕は寝ているみたいだ。視線を下に向けると慌ただしく動いている白衣を着た人たち。ああ、看護師さんか。じゃあここは病院?
姉ちゃんと目線が合う。コクっと頭を動かした。その動作すらものすごい力を必要としたようだ。
しばらくすると自分の状況がわかってきた。僕は病院で寝ているんだな。だから天井が見え、姉ちゃんがいる。先生らしき人も。でも、どうして寝ているんだろ。とても喉が乾いている。「水を・・・」小さな声しか出ないが伝わったようだ。
「光也、帰ってきたのね・・・。あなた、いつまで寝てるのよ・・・」
姉ちゃんが泣きながら僕の手を力一杯握る。
「姉ちゃん、痛いよ」




