第16話 僕を想ってくれる人
僕はずるい男だな。春花さんの気持ちに対してはっきりとした答えを出させずにしばらく経ってしまった。春花さんはそのことには触れずにいてくれた。僕を待ってくれている。これ以上待たせてしまうのも申し訳ない。春花さんに思い切ってこれまでのことを話そうと思う。心の引っ掛かりを取り除きたい。単なる自己満足かもしれないけど、それで僕らの一つの答えを出したい。
「春花さん、仕事終わりって時間ありますか?」
「はい、大丈夫ですよ。私が少し遅くなるかもですけど」
ドキドキしていたのが顔に出てなければいいけど。
「じゃあ、先に出たらカフェで待っておきますね」
「はい、わかりました」
ちょうど作業もキリがよく終わり、片付けをする。こんな気持ちは久しく無かったように思う。誰かに自分の気持ちを伝えること。それはとても大事なことで同時にとても難しいことだと思う。
会社から少し離れたカフェでほっと一息入れる。明日は日曜日か・・・。周りを見ると店内も外も大勢の人が行き交い、結構騒がしい。毎日過ごす時間の中で曜日もわからないことも多いな。今の自分に余裕がないのかも。少し待っていると春花さんとすぐに合流できた。
「すみません、忙しいところ呼び出しちゃって」
「いえ、私もお話がしたかったからちょうどよかったんですよ」
テーブルの向かいに座る春花さん。しばらくコーヒーを飲みながら会話していた。
「光也さん、場所変えませんか?周りが気になっちゃって」
そうだな、これから話すことはもっと静かなところですべきだろうな。
「光也さん、最近ちゃんとご飯食べてますか?真美さんもなかなか作る時間が無いって聞きましたよ」
「いやぁ、姉ちゃんとは帰る時間も合わないし、コンビニ弁当か、スーパーの惣菜か、ってとこですよ」
そういえばずいぶんそんな暮らししてる。自炊も全くやってないしな・・・。
「それはだめですよ。今夜はうちで食べませんか?私作ります。光也さんさえ良ければ」
春花さんはアパートで一人暮らしをしているそうだ。確かにゆっくり話はできそうだが。
「でも、なんか悪いな・・・」
「私が作りたいんです。今日だけでも来てください」
「わかりました、お邪魔します」
春花さんの表情が明るくなったような気がする。
近くのスーパーで材料を調達し、春花さんのアパートへ向かった。
綺麗に片付いていて、居心地がいい部屋だ。僕の部屋とは大違い。
「すぐに作りますから座っててください」手際よく作り始める春花さん。
誰かにご飯を作ってもらうって久しぶりだ。
久々の手料理は格別だった。僕の胃袋を満たしてくれた。心も満たされたようだ。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
食器を重ねながら片付けを手伝う。
「いえ、時間もなかったので簡単にできるのを選んじゃいました」
一通り終わったところで向き合う。
「春花さん、僕が事故にあったこと知ってますよね?あの時僕はさおりと会う約束をしていて、その時にプロポーズをするつもりでした。でも結局会えずじまいでしたが。そのあと、僕が1年以上目が覚めないまま時間がすぎてしまったんです」
僕が目覚めたときのことを思い出すと、結構キツイな。
「そうだったんですか。詳しいことは聞いちゃいけないと思っていたので知りませんでした」
春花さんが僕の手を握ってきた。じっと僕を見ている。
「光也さんの辛い気持ちを私も一緒に受け止めたいです。少しずつでいいから私を見てくれますか?」
この言葉に思わず涙が出てきた。全てを知った上で僕を想ってくれる人が目の前にいる。そっと春花さんを抱きしめた。
「春花さんには感謝しています。過去のことばかり考えていた僕が、春花さんのおかげで前を向けるようになったんです」
気がつくと春花さんも涙を流している。お互いに見つめ合い、口付けをした。
「なんだか恥ずかしいですね」
クスッと二人笑い合った。
そして静かに部屋の明かりが消えた。
「ふたりの約束」を読んでいただきありがとうございます。光也にも新しい恋がはじまりました。ここまで長かったです。
これまでたくさんのアクセスがあり、本当に嬉しいです。ありがとうございます。
これからも「ふたりの約束」を宜しくお願いします。




