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 時が立てば人は変わる。毎日毎日、同じことを繰り返しているように見えて、その日々によって見るもの感じるものは異なっている。だから人間は進化出来る。今日見えない景色も一晩寝れば見えるようになるかも知れない。そうやって人間は変化していく。

 ただ変わったという自覚が必要なんだ。

 思うだけでいい。考えるだけでいい。昨日より今日、今日より明日。それだけで良いんだ。


「ぎゃー!」

 放課後、奇声をあげる女子。

 楽しく談笑していた僕と桑原さんは同時にその奇声の聞こえた方を向く。

 口を大きく開け、両手を高く挙げながら騒ぐ女子は周りの視線など気にせず、僕らの元へ近づいて来る。

 そして、その高く挙げた両手を、僕の机に向けて思い切り叩きつける。

 机に手を置いたまま、顔を伏せる姿に、教室中の時間が止まった。

「見せ付けてくれるじゃない」

 顔を上げた新見さんの表情は、まさに苦笑い。本人は笑っているつもりだろうが、完全に引き攣っている。

 自分が注目されていることに気がついたのか、周囲を見渡し、犬が吠えるように「うがー」と叫んでから、「全員退出!」と片手を扉のほうへ向け、教室から出ていくことを促す。

 それに従うクラスメイト達。毎度のことだが、なぜ従うのだろうか……。

 教室には僕と桑原さん、そして新見さんが残る。

「で、どうした?」

 僕が問う。

「……フラれだー!」

 両手でバシバシと僕の机を痛め付ける。いや、多分痛いのは新見さんの手だけど。

 そういえば、今朝から元気が無かった気がする。

「落ち着いて」

 桑原さんが新見さんの手を制止させると、落ち着いたのか、一息ついて顔を伏せる。

「前に告白した先輩にまたアタックしてみたの」

 前にと言うと、僕がフラれた直後に居合わせた時の人か。新見さんは結構一途のようだ。それにしても、あれからまだ一ヶ月足らずだというのに、関心するほどの行動力だ。

「早くない?」

「忘れられなかったの!」

 左様ですか。やはり一度想うと簡単に吹っ切ることは出来ないようだ。

「――今度は気軽にメールでしたんだけど、やっぱり新見は友達だって……」

 少し目が潤んでいる気がする。

 しかし、気軽にってどういう意味だ? 気軽に告白したのか、気軽に返事が出来るという意味なのか。まあ、後者だろう。

「気を落とさないで。新見さんモテるし、きっと良い人がいますよ」

 桑原さんが新見さんの背中を摩る。

「ダメなの。中途半端な気持ちじゃ相手に悪い。好きになった人と付き合いたい!」

 どうやら新見さんの場合、自分を好きになってくれる相手というのは眼中に無いらしい。その証拠に、今月で学年問わず三人に告白されたが、全員フっている。これは僕の情報網が増えたわけではなく、自分から自慢げに話しに来たから知っていることだった。

「妥協はしないってことか」

「そういうことよ。そりゃあ気持ちは嬉しいよ。付き合ったらその人を好きになるかも知れない。でもそれは自分の気持ちに嘘をついてる気がするの」

 自分の気持ちに正直な人だ。もし告白された相手と付き合って、その人を好きになっても、それは自分から好きになったわけではなく、好きにならされたと思ってしまうのかも知れない。

 しかし、それはもう大層……モテる人の悩みだ。

 恋愛において、自分に自信が無いといけないみたいなことを言っていたが、ありすぎるのも悩みの種なんじゃないだろうか。

 そんな気がしたが、新見さんは僕が思うより繊細なのかも知れない。それを証明するのは涙だった。

 霞んだ声で新見さんは呟いた。

「……やっぱりさ、恋って難しいと思わない?」

 最初に会った時、最初に交わした言葉。

 あの時の僕には答えることができなかったその質問。でも、今なら言える。

「難しいよ。自分がわからなくなる。どうしていいのかわからなくて、胸の痛さに耐える日々が苦しい。でも、その想いが届いた時、痛さとか苦しみもどっかに飛んでいくほど嬉しくなる。なんて言うか……高揚する。悩んでいた自分が嘘みたいに高く飛んでいるような気がした。難しいけど、恋をすると、変われる」

 想いを伝えることはデメリットだと思っていた自分が今はもういない。かと言って最高にポジティブになったわけではない。恋をしたことによって、否定も肯定も受け入れられるようになった。

 恋をして、僕は変われた。

「生意気」

 新見さんが呟くと、続くように桑原さんも、「ですね」と笑う。


 二人には感謝している。

 一人は僕に恋の仕方を教えてくれた。自分が変わるための方法。

 一人は僕に愛することを教えてくれた。自分を変えるための方法。


 目を瞑ると青い景色が広がった。見渡す限りの青い海。何も無い海の向こうで新見さんが手を振っている。

 左手を挙げてそれに答えた。

 右手には白い指先が強く握られている。

 あの夢で見えなかった顔が今なら見える。僕の隣にいるのは笑顔の桑原さんだ。

 僕ら手を取り合い、手を振った。

 僕は世界一の幸福者かも知れない……。


 目を開けて二人を確認する。

「新見さん」

 僕はまず新見さんに声をかけた。潤んだ目を擦りながら、不思議そうに「ん?」と首を傾げる。

「ありがとう」

 急な礼に頭に疑問符がつく新見さんを無視して、今度は桑原さんのほうを向く。

「桑原さん」

「はっ、はい」

 いつになく真剣な表情だった僕に緊張したのかも知れない。それでも僕は言葉を続けた。

「好きだよ」

 精一杯想いを詰めた。仮初なんかではなく、想い、想われるために胸の内から言葉にした。

「私も……です」

 想われている。そう思った。

 桑原さんの言葉を聞いて新見さんは微笑みながら立ち上がった。無言で教室を出る辺り、僕を試しているのかも知れないと思えた。


 僕らは見つめ合った。

 そういえばこういうシーンを最近、小説で読んだ気がする。

 見つめ合って、目を閉じて、唇を合わせる。

 唇を離し、目を開けると、扉を少しだけ開け、親指を立てる新見さんがいた。

 まったくあの人は……。


 『恋』というたった二文字は、人生を変える力を持っている。

 純粋な想いであり、時に荒波を起こすこの言葉は、まるで海のように広く、深く、そして未知なる可能性を秘めている。

 足を踏み入れたら、何が起こるかわからない。

 だから恋は――難しい。


 それでも人は恋を知る。

 それでも人は恋をする。


 例えそれがその時、その一時の想いだとしても、それがいつかに繋がる想いで、いつまでも残る想い。



 最後に僕が学んだことをまとめてみよう。


・雨の中、傘を差していない女の子は失恋をしている。

・類は友を呼ぶ。

・恋は切ない。

・恋愛は海に似ている。

・人の考えていることはわからない。

・恋は難しい。

・恋をすることで人生は変わる。


そして最後に――誰かを好きになる意味。胸がドキドキして、苦しくなる。

誰もが当たり前と思うことかも知れないけど、僕にとっては学んだこと。


 自分の胸の内を相手に伝える。ありのままを言葉にして、ありのままを口に出して、それを伝える。

 僕は、最初、恋をすること自体がデメリットだと思っていたのかも知れない。

 でも――それは違う。

 想い伝えることは、きっと幸せを得るための合言葉で、それが幸せを得るためのスタートなんだと思う。



ありがとございました。

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