-0.5
時間というのは不思議なもので、刻む時間を少なく考えるほど長く感じる。
一年を長いと感じるのは一瞬だが、一時間を長いと感じ出すとその一時間は体感で二時間にも三時間にも思えて来る。更に小さくすると一秒も同じ。時計の秒針が止まっているんじゃないかと思うくらい一秒が長いときがある。
そんな持論を無視して、時間は平行に進んでいる。
だから放課後。
別に大事とは思っていないが、一応用事がある――にも関わらず、僕は教室にはいなかった。名誉のために言うとすっぽかしたわけではない。実際、これを話しても名誉という言葉が台なしになるだけなのだが、僕と桑原さんは何故か英語の小テストの追試をさせられていた。小テストなのに……。
教室に戻ると、その空間はがらんとしていた。帰りのホームルームが終わり、僕らがテストを受けてから戻って来るまでの約二十分の間で、クラスメイトは一人を除いて全員出ていったことになる。
「遅かったわね」
教室中央でスカートの丈など気にしていない様子で足を組む新見さんはどうやらご立腹のようだ。
「仕方ないじゃないですか」
一応、正当な理由があるわけだし。
「どういうことですか?」
桑原さんがこの状況に説明を求めて来る。どうやらこちらもご立腹のようだ。そりゃあ、友達いない同士みたいなこと言っておいて、この状態だったら明らかに裏切り行為みたいに見えてしまうのも無理はないか。
「えーと、なんていうかですね……」
説明しづらいな。
「あら、あんなこと言っておいて、しっかり女の子と仲良くなっているじゃない?」
新見さんが要らないことを言う。
「いや、桑原さんとは仲良くなったばかりで」
「ふーん。居たのね――」
何やら意味深なことを言われた気がして、少しドキッとした。
「ん?」
一応続きを聞いてみる……。
「友達」
ああ、そっちね。それも今日なったばかりだし。
「――そういえば二限目も仲良くサボってたわね」
事情を知らない人からしたら、仲良くサボっていたように見えて当然なのかも知れない。正確にはサボったからこそ仲良くなったんだが。
「別にそういうわけじゃないんですけ――」
「あー、もう固い。タメなんだから敬語とかいいから」
昨日のあの姿がまるで嘘のようだ。実際、学校では明るくて対人関係も良い新見さんだ。こっちの姿が本当の新見さんなんだろう。まったく羨ましいね。誰にでもそうやって自分を晒しだせるその性格。
「わかったよ」
従うことにしよう。
「あのー」
桑原さんがまだ状況を飲み込めていないままなのを忘れていた。
「ああ、えっとなんて言うかな」
僕は新見さんを横目で見た。
失恋した新見さんをたまたま見つけた。少し会話するうちに、誰かを想う心、すなわち恋愛を知らない僕にその感情を教授するという話しになり、待ち合わせていた。
そのまま話すとデリカシーに欠けるし、僕も恥ずかしい。
口ごもっていると、「あー、もう」と、ため息を吐いてから、新見さんが自らこの状況の意図を話した。自身の失敗も僕の恥ずかしいことも包み隠さず。まあ、桑原さんにならいいか。
「そうなんですか?」
僕のほうを向いて真意を確かめてきたので、一回だけ首を縦に動かした。
「桑原さんもどう? 私の思うに、あなたも和泉君と同じでしょ?」
左右の耳が確かなら、新見さんは桑原さんの心中を察した。
数少ない有能な読心術使いかこの人は……。
「えっ? ええ、まあ」
「類は友を呼ぶっていうし、端から見て似ているのよ」
僕の制服に盗聴器でも仕掛けられていたのではないだろうか。
「じゃ、じゃあ……」
圧倒されたのか、桑原さんも新見教授の講義に参加することになった。
しかし、それはレクチャーと言えるほど大層なものではないと前もって言っておこう。
僕と桑原さんは自分の席に座り、新見さんは僕の前、桑原さんの左隣の席を拝借した。
昨日では有り得ないこのトライアングルに、緊張しているというわけではないが、何故か少し胸が震えた。
「さて、何から話そうかしら」
足を組みながら、新見さんが口を切る。何度も言うが、スカートの丈を気にしていない。
世界には男と女しかいないわけなのだが、なぜ女性の魅力に男は反応してしまうのだろう? 丈の短いスカートで足を組むだけで、視線のやり場に困ってしまうのだ。これこそ男女差別じゃないか。男が短パンで足を組んでも、そこに視線が釘付けになることなど皆無なのに、女性の場合、ちょっとした仕種で、こういう言い方はしたくないが、発情してしまいそうになるのは何故だろう。
「何処見てんのよ」
足を崩すことなく、新見さんは僕を直視する。もちろん目を。
「えっ、いや……」
白くて綺麗なその足を。なんて変態みたいな発言をしたら、初めての友達すら無くしてしまう。
「桑原さん、気をつけたほうがいいわよ。この男、エロいわ」
目を細くして言うあたりが真顔。
「……」
憐れな人を見るような、そんな表情をされた。
「僕は別に」
「冗談よ。何マジになっているのよ。ほんと、女性免疫ゼロね。まあ、私の魅力にそういう感情が出るのは健全な証拠だわ」
新見さんは自分に自信があるようだ。僕みたいに自分大嫌いな人間とはまったく別の世界に生きている。そんな気がした。
「そういうのって普通、自分で言うか?」
「恋愛極意その一、自分に自信を持つこと」
おお、なんかそれっぽいことを言っている気がする。
「いい? 誰かに想いを伝える時、自分に自信が無いと想像上で失敗の結果が浮かんで来るわ。私なんか絶対無理。そう思ってたら、一生想いを伝えることなんて出来ないのよ」
まるで本物の教授にでもなったように新見さんは熱弁した。
言っていることは理解出来るが、僕の場合、一に行く前の段階で躓いている。
「想いを伝える前に、想いを伝える相手の探し方がわからないんだけどさ」
「そんなのフィーリングよ。桑原さんだって誰かを好きになったことあるでしょ?」
視線を左にずらす新見さん。急に振られて驚いたのか、桑原さんは「えっ」と目を丸くした。
「好きになった人、もしくは好きな人いない?」
少し戸惑ってから、恥ずかしそうに「まあ」と呟いた。
「でしょ? 和泉君のレベルが低すぎなのよ。高校生にもなって好きになるってどういうことだ、なんて質問を真面目にする人いないわよ」
ものすごく馬鹿にされた。
そもそも、人を好きになるのがフィーリングと言うのなら、僕に足りないのは感じる心だと言うのか。
「仕方ないじゃん」
「なんか無いの? 優しくされてドキッとしたとか、気がつくと同じ人ばっかり見ていたとかさ」
その言葉にドキッとした。そういえば、今日は桑原さんの存在が気になって仕方なかった。でもそれは友達になったからという意味であり、恋愛感情とかそういう意味では――。
「むむむ、あるね。あるんだねそういう経験が」
何かを感じ取られたらしい。これ以上、感じ取られてはならないと、桑原さんを極力見ないように心掛けることにした。幸い、あまりしゃべらないし。にしても、ごまかせる雰囲気でないことはわかった。
「まあ、無くはないけど、別に好きとかそういう感情じゃないと思う」
そう、例えて言うならば、携帯電話を初めて買った時みたいな症状だ。別に意味はないのに、ずっといじってしまう。そして、ある程度慣れたら、必要な時にしか見なくなる。そういう感じと似ている。
今、すごく失礼な例えをした気がする。
すみません。と心の中で桑原さんに謝罪する。
「じゃあさ、その人ともっとお近づきになりたいとか思わない? もっと話したいとか一緒にいたいとか思わない?」
そりゃあまあ――
「思うよ、友達になったばっかりだか……」
あっ。
友達になったばっかりとか言ってしまった。僕にはつい六、七時間前まで友達なんていなかったのに……。
見ないように心掛けていたはずの桑原さんを慌てて確認した。俯いている。見る限り、少し恥ずかしそうにしている気がする。
「ちょっと冗談。私、気持ち整理出来てないんだから」
何故か新見さんが笑う。
もしかして、この人勘違いしてる?
「そりゃあ、昨日、友達になったばかりだけどさ。あっ、あんなこと言っておいて私を口説く気だったの? ちょっとやめてよね」
完全に勘違いしているようだ。
「違うからさ、だから――」
「嘘つき」
僕の否定を遮ったのは、桑原さんだった。
「友達いないって言ってたのに」
そこですか。今、そこですか。
僕の認識上ではいなかったのですけど、どうやら双方の行き違いがあったようで。
「新見さんとは友達ではなくて――」
「ちょっとそれひどくない?」
今度は新見さんが遮る。
あー、もう壊れそう。僕の脳内壊れそう。人と話すってこんなに難しいことなのか。恋とか愛とかの前に人と話すことすらまともに出来ないじゃないか。
「和泉君は私にとって初めての友達で……特別だと思ったのに」
桑原さんの瞳が潤む。
僕はこの二日間で、何度涙を見ればいいんだろうか。
「ちょっと、桑原さんもひどくない? 初めてって、私は友達だと思ってたのに」
思わぬ言葉に桑原さんは顔を上げて、新見さんを見る。
「なんか、私だけバカみたいじゃん。二人は友達だと思ってなかったのに私だけ勘違いしててさ。二人とも友達を重く考え過ぎだよ。もっと楽に生きれば?」
なんか話がごちゃごちゃしてきた。いつの間にか、恋愛の話しから友達の話しになり、最終的には楽に生きれば、と言われる始末。
確かに僕は友達という関係を重く見ていたのかも知れない。
友達になるには相手のことを良く知らなければならない。そう思っていたのは事実だ。だから、桑原さんは友達と呼べる存在になっていたが、新見さんを友達と認識していなかった。新見さんのことを僕は何も知らないから。それでも新見さんは、僕を友達だと思っていた。思ってくれていた。
「ごめん」
僕が呟くと後に続くように、桑原さんも「すみません」と謝罪した。
「煮え切らないわ、主に私が。じゃあこうしましょう。今から友達」
そう言いながらにっこりと笑った。
新見さんは逆に軽く考え過ぎじゃないか。
友達っていうのは自然に出来るものだと思っていたからこそ、あの時、桑原さんは僕に言いたいことがわかるかを問い、僕は『言うまでもないです』と返したというのに、新見さんは何の躊躇いもなく口に出した。
この人、すごいな、と素直に関心した時、新見さんは席から立ち上がり、桑原さんの耳元で何かを囁いた。
「えっ、そんな…………はい」
桑原さんの声だけ聞こえたが、何を話しているかまではわからない。
満足そうな表情で、新見さんはまた席に戻った。
「じゃあ仕切り直しましょう」
話しは恋愛に戻る。
「――まず好きになるっていうのがどういうことかってことでしょうね」
抽象的な話だが、わからないものはわからない。
「フィーリングとか言ってたけど、それだけでっていうのは僕には理解しがたいな」
「理解する必要はないのよ。どんとしんくふぃーるだよ」
有名な英語台詞をここまで崩して言うとそれはもう日本人の誰かが言ったのではないかと思ってしまう。
「でも、感じる前に意識するきっかけというのが大事なんじゃないですかね?」
桑原さんが問いかける。
「うーん、確かにそうね。簡単なところだと外見になるかしらね。可愛いとか美人とかイケメンとか」
外見ならば、可愛いや美人といった人はごまんといる。
「それじゃあひどい取り合いになりそうだな」
率直に思ったことを言っただけなのに、新見さんにため息を吐かれた。
「じゃあさ、すごい立派な家だけど超田舎とひどい家だけど超都会、どっちに住みたい?」
質問の関連性がまったくわからない。それに、考えてもその質問は曖昧過ぎて安直に答えを出せない。
「場合によるだろ。家が立派で田舎といっても、その田舎に勤めている人ならそっちを選ぶし、都会に勤めていても、いざ将来を考えたら家は良いほうがいい、かと言って超田舎も不便な部分が多い。双方に利点も欠点もある。一存では決められない」
何の関係があるんだ、と思いつつも真剣に答える。現実味の無い質問に決を取れない優柔不断な発想だが、それは許してもらいたい。
「そういうことよ」
新見さんがそれだけでこの質問の意図を理解させようとしたので、「どういうことだよ?」と自ら問いかけることになった。
やれやれという新見さんに変わり、桑原さんが口を開く。
「何にでも――誰にでも良いところや悪いところがあるってことですね。どんなに可愛くても、美人でも欠点というか、自分と合わない部分がありますから、容姿が良いっていうのもそれぞれが持つ多くのステータスの一つに過ぎないってことじゃないですかね」
なるほど、流石学級委員長。口を開けば巧な説明だ。
「へー、深いんだな」
「何言ってんの? 和泉君が浅すぎるのよ。子供用プールより浅いわ」
新見さんはたまにきついことを言う。それも真顔で。友達になった以上、こういう発言にも自ずと慣れていくのだろうか。
「恋愛は海よ」
新見さんはたまに意味のわからないことを言う。それも真顔で……。
流石にこの台詞はわからなかったのか、桑原さんも新見さんの次の言葉を呆然と待つ。
「――海は広くて深くて未知の部分があるわ。浅い部分から足に浸かり、徐々に沖に出る。そしてたどり着くのが、大海原。視界を遮るもの無く、地平線の向こうまで広がる海。まさに恋愛の境地」
まったく意味がわからなかった。
「今のじゃ説明になってな……」
苦笑いで桑原さんを見ると、うっとりしている。まさか今で『恋愛は海理論』を理解したというのか。そんな馬鹿な。
「すごいです。壮大です」
少し興奮した様子で桑原さんが新見さんに尊敬の眼差しを向ける。
「でしょ? 海に向かって一歩踏み出し足をつけ、勇気を出して沖に出る。沖には運命の人が待っていて――」
「出会い、結ばれ、更に進んで誰もいない大海原へ行くわけですね」
「そう。互いの視界にはその人しか映らない。そこはまさに二人だけの世界」
立ち上がる新見さん。そして拳を作りながら、「ザ・ワン・アンド・オンリー・ワールド」と発音など関係無いと言わんばかりに力強く言いながら、拳を天井に向かって翳す。
「唯一無二の世界」
何故かそのテンションについて行く桑原さんも立ち上がった。
新見さんは拳を崩し、桑原さんハイタッチを求める。それに答える桑原さん。二人の手の平が重なりパチンと乾いた音を奏でる。
「……」
呆然と二人を見つめる僕。
なんだこのコンビプレー。息がぴったり過ぎて僕の這い入る隙もない。
新見さんはともかく、桑原さんもこういうテンション持っているんだな、とか思っていると、「故に和泉君」と新見さんがキリッと首を動かし、僕の方を向く。
少し上体を反る。条件反射だ。首の回しが早すぎて驚いた。
「君は泳ぎ方を知らないのよ!」
右手の人差し指がその名前の指名を果たしている。即ち、新見さんに指を差された。まるでビシッという効果音が付くかのように迷い無く差されたその指を見る。
「僕、泳げるけど?」
「空気読みなさいよ! 今はクロールも平泳ぎもバタフライも関係ないの。恋愛という海では子供と同じ。しかも浮輪は使えない。だから和泉君は子供用プールなのよ」
力を抜くようにして、席に着く新見さん。それを見て桑原さんも着席する。
子供でも泳げる子は沢山いるんだが、ここでこれを言うとまたごちゃごちゃするので、言葉を飲む。
「結局は自分次第なのよ。そのプールから海へのステップアップは。本当なら小学生くらいで無意識のうちに上がっていると思うんだけどね」
自分次第。そう言われるのは辛い。自分のことなんて自分が一番良く知っている――自分しか知らないはずなのに、僕は自分のことすら成長させてやれない。
「散々だな僕は」
無残で鬱々しい。
「焦ることないと思いますけどね。和泉君は自分のペースで……」
桑原さんが慰めてくれる。それもまた散々だが、気持ちが楽になる。
「いえ、焦るべきだわ」
新見さんが台無しにしてくれる。飴と鞭とはこういうことか。
「……」
言葉も出やしない。
「和泉君はさ、告白する人をどう思う? 自分の気持ちを伝える人のことを客観的に見てどう思う?」
僕の机に肘を起きながら新見さんは顔を近づけてきた。
客観的になら――
「すごいことなんじゃないかな」
「なんで?」
「告白というか、別に違うことでも当て嵌まるけど、自分の想いを伝えるってすごく難しいじゃないか。気持ちっていう本来言葉で表せないものを伝えることもそうだし、それを伝えるために勇気も必要になるからさ」
「そういうことはわかっているのね」
こう答えられたのは、新見さんのおかげだ。これが昨日だったら、僕は迷わず「理解できない」とか言って恋愛に悩む世界、数億人を敵に回して、今後の人生、世間から追い風を受ける毎日を送っていただろう。
ありのままを伝えることがデメリットと思っているということは、ただ単に自分に自信が無いということ。それも桑原さんが先程教えてくれた。
「それがわかるなら、あとはきっかけだと思うんだよね、そういえば、さっきドキッとしたことあるって言ったよね」
今まさにまたドキッとした。
「……」
「和泉君って、私たち以外に友達……いないんだよね?」
昨日、今日で何度もいないと答えたが、友達の多い人に問われるとこんなにも精神的にきついものなのか。いや、それだけじゃない。ここでそれを肯定するということは……。
「いないんだよね?」
執拗な追求を友達の『少ない』僕は、逃れる術を知らなかった。
「……はい」
顔を反らしながら答えると、新見さんは「ふふん」と微笑した。なぜそうしたかは僕にもわかるし、多分、というか絶対桑原さんにもわかったはずだ。
「だからそれは恋とかじゃなくて、友達っていうのが初め……初めて友達と認識した人だから、黒板見る度に視界に入ったら見ちゃうだろ」
本当にそうなのだろうか? あの時はそう思っていたのだけど、今考えるとその行為が本当にそうなのか自信が持てない。
「そういうのが一歩なんじゃないかな、ねえ?」
新見さんが桑原さんのほうを向く。
「……」
何も言わずに視線を落とす桑原さん。
僕と桑原さんの間になんとも言い表せない空気が流れる。
それを知ってか、急に無口になる新見さんに悪意すら感じる。
恋愛経験はないけど、ドラマや小説では見たことある。こういう展開は「あの」とかの繋ぎ語が重なり更に微妙な空気を一瞬流し、雰囲気を作り出すのだ。しかし、それは盛り上げるための演出であり、人が人から見て面白いように作り上げた作品だ。ここで、僕の人生は僕が作り上げる作品だなんて考えを持っていたら、すぐに言葉も思い浮かぶのだろうが、あいにくそんな格好良い思想は持ち合わせていない。
まるで親が決めたお見合いのあとは若いもの同士タイムでシャイな二人なため、会話が無く、俯く僕ら。
それを堪能したのか呆れたのか、やっと第三者が取り巻く空気を濁してくれる。
「もどかしい!」
新見さんは僕と桑原さんの間、何も無い通路の部分に空手チョップを放った。まさに空気を切り裂くチョップだった。
「和泉君は桑原さんと仲良くなりたい?」
「えっ、まあ」
僕が答えると新見さんは首を九十度捻る。
「桑原さんは和泉君と仲良くなりたい?」
「はっ、はい」
桑原さんが答える。
「じゃあ、良いこと教えてあげる」
勿体振って少し溜めを作ってから、これがベストだ。という表情で新見さんはこう言った。
「お友達から始めよう」