計画その3 子供に見せてもらう
俺は、あの雑誌を買って、店を後にする少年に目をつけた。
もう立ち読みをするのは諦めた。
スキンヘッドが見回りと本の整理を始めたからだ。
スキンヘッドが整理する本棚で立ち読みしている輩は、恐ろしくなっているのか、ドンドンスキンヘッドから離れて店を出て行ってしまう。
そんな戦場に、わざわざ出向くほど、俺は馬鹿ではない。
本屋の出入り口には、トイレがあって、ドアがあって、ドアの横には、二メートルくらいの針葉樹っぽい植木があった。
俺はその木の裏辺りに隠れていた。
一人の少年が、俺の存在に気付くことなく、本屋を出ようとしていた。
少年は目を輝やかせて雑誌を見つめている。俺の場所からでもその少年の表情が見て取れた。
その後、周りをキョロキョロと見ている。
俺は平和主義者だ。
暴力が無ければいいのにと思っているほどの喧嘩嫌いな人間である。
そのうえ、話術もとてつもなくレベルが低かった。
今、俺の言葉に矛盾を感じた読者は、頼むから黙ってろ。
計画では「ちょっと見せて」とでも言って見せてもらうつもりだったが、言葉で最後まで説得できるか自身が無かった。
かといって、少年に暴力を振るい、本を奪うのも、俺のポリシーに反しているので、絶対したくなかった。
そんな俺は最終手段を実行する。
「うっ!」
少年は小声で唸り声をあげたあと、トイレの中へ引きずり込まれた。
俺はというと、掌に少年の温かい吐息を感じながら、力任せに少年の身体をトイレに引きずり込んでいた。
「大人しくしろや。そして兄ちゃんにその本よこせや!」
ドスを効かせた声で、俺は少年を脅迫した。だが少年は一向に雑誌を離す気配はない。
「帰りたければ素直によこしんしゃい!」
そう言って俺は、銀色で鋭そうなナイフをポケットから取り出し、少年へ見せた。
……と言っても、それは先日開かれた、町内の祭りで買った、刃先が柄の中に引っ込む玩具である。
「!」
俺に口を押さえられ、声が出ないものの、身体をブルブルと震わせて、目に涙を溜めている。
少年は、ゆっくり雑誌を手放し、俺に授けた。
「よし。いい子やんけ。兄ちゃんが読み終わったら帰れるさかい、待ちんしゃい」
俺は少年にそう言うと、雑誌との涙の再会を成し遂げた。
さっき一瞬見た、最初のページを飛ばし、一番最初の漫画を開いた。
その漫画の一番最初には『忍者銃術』という題名と共に、黒い忍者装束を身に纏った男が、銃口をこちらに向けている絵が描かれていた。
「かっこええ~!」
俺はそう思い、逸る気持ちを緩めて、ゆっくりと未知なるページを開いた。
……だが、不幸はこんなにも続くのだろうか……。
「おい甲羅! われ、何やっとんじゃ!」
扉が開き、パンチパーマーに茶色のサングラス、派手なワイシャツの上に白いスーツを羽織ったやーさんが入ってきたのだ。
やーさんは、入ってくるなり大声で吼え、そして真っ赤に燃え上がった瞳で、俺を見つめた(睨んだ)。
俺は必死で言い訳を考えた。
「えっ、あ……。何ですか、この少年。僕がトイレで小便をしていたとき、急にこの子が入ってきたんです。人が入ってるときは入っちゃいけないなんて常識じゃないですか。だから僕が怒ったんです」
後ろを見ると、少年が泣きながら、首をフルフルと横に振っていた。
僕は、やーさんに見えないように、背中でナイフを見せると、少年は黙った。
「僕が怒るのなんて当たり前ですよね? それなのに、この子は泣き出してしまったのです。……まったく、親の顔が見てみたいですよ」
完璧だ!
俺はそう実感した。これならやーさんだって信じるだろう。
でも、一つだけ疑問がある。なぜやーさんはここまでキレた顔をしているんだろう。
……まさか……。
「そいつはわしの倅じゃ!」
その瞬間、俺は死を覚悟した。
俺は脳内にあるという、何とかリンとかいう物質を、いっぱい分泌させて、精一杯言い訳を考えた。
そのとき、俺の目に、自分が持っている(少年の)雑誌が映った。
それと同時に、俺はアイディアを考えた。
「やはり隠すわけにはいかないみたいですね。ちょっと待ってください」
そう言って、俺は雑誌の真ん中くらいを開いて、何かを掴むふりをした。
「何やってんじゃ……」
やーさんが吼えるのを宥めるように、口の前に、人差し指を立て『静かに』というジェスチャーをした。
「これが見えますか?」
俺は掴むふりをしている指を、やーさんに見せた。
やーさんがその指に目を近づけてきたので、指を自分の方へ引いた。
「近づくと危険ですよ!」
俺は大袈裟にそう言うと、やーさんは慌てて俺から離れた。
「ここには、少量ですが、身体に害を及ぼす毒が挟まっています。僕はその薬品を扱うために、最初から予防をしているので大丈夫ですが、普通の人がこれを吸ったりしたら大変なことになってしまうんです」
俺は、雑誌の中を指差した。どうやらやーさんは真面目に信じているようだ。
「……大変なことってなんだ?」
やーさんは怯えながらも俺に質問した。
「いいですか。この薬品を……そうですね、グラムで言ったら、コンマ1ミリグラム程度でしょう、それくらい吸ってしまっただけで、身体中の肌が爛れ始め、髪や体毛が抜け落ち、最後には……」
最後まで言わなくても、ヤーサンは俺の話を信じたらしく、顔を真っ青にし、身体をブルブル振るわせた。
「……一つ聞いていいか? その薬品というのは何なんだ?」
やーさんがまた質問した。
「炭疽菌です」
俺がそう言うと、やーさんはまた驚き、汗を流し始めた。
「そ……それなら昔、ニュースで名前を聞いたことがあるぞ! しかし、それがそんなに危険な薬物だとは!」
やーさんは少年のことなど忘れて、俺の話に聞き入っていた。
「しかし、何でそんなに詳しいのだ?」
「僕の家は、そういう薬物の研究所で、父はいろんな薬物を研究している学者です。僕も少し教えてもらったんですが、その雑誌から薬物独特の香りがしたんで、少年をここへ……」
やーさんは震えながら、俺に握手を求めてきた。
「助けてくれてありがとうな……」
俺は、やーさんの馬鹿力に翻弄されながら、笑顔でやーさんの手を握り返した。
「いえいえ、僕はこれが仕事でして」
俺は、ポケットからハンカチを出すと、雑誌から薬物を取るふりをして、その指をハンカチで拭った。
「もう取り除きました」
やーさんは、それを聞いて安心したのか、握手を求めてきた。俺はしょうがなく手を差し出した。
またこの阿呆は、手をまるで万力のように握ってくる。
「あ……」
「ど、どうした?」
「や……やばい。父との研究の時間だ! 早く帰ってこのことを報告しなくては! 本屋の雑誌に挟まっていたなんて異例の事なんで、学会で発表しなくては!」
そう言って、俺はトイレを出た。
「大変やな、気い付けろや! あと、ありがとな!」
後ろを振り向くと、トイレから顔を出したやーさんが、大きく手を振っている。
今思ったのだが……どうせなら、学会の発表のために雑誌を持っていきますとでも言っておけばよかった……。




